科学に憧れた『資本論』、そのもろくも美しい体系。

クリエーティブ・ビジネス塾34「資本論④」(2018.8.13)塾長・大沢達男

科学に憧れた『資本論』、そのもろくも美しい体系。

1、自然法
「近代社会の経済的運動法則(自然法則)を闡明(せんめい=明らかにする)することがこの著作の最後の究極目的である」(『資本論一』p.16 カール・マルクス エンゲルス篇  向坂逸郎訳 岩浪文庫)。
「(資本主義的生産の内在的法則の把握は、)天体の外観的運行が、その実際の、しかし感覚的には知覚されえない運動を知る者にのみ理解されうるのと、全く同じである。」(『資本論二』p.240)
「ひとたび一定の運動に投ぜられた天体が、たえず同じ運動を繰り返すのと全く同様に、社会的生産も、ひとたびかの交互的膨張と収縮の運動に投ぜられたならば、たえずこれを繰り返す。」(『資本論三』p.212)
マルクスは経済的運動法則を、自然法則のように、明らかにすることを目標にしました。そのために、
第1、『資本論』を、たった1つの商品の分析から、資本主義的生産様式を明らかにする、壮大な演繹体系にしました。第2、ユークリッド幾何学のように公理(のようなもの)を設けて、さまざまな定理を説明する、数学的な方法を採用しました。第3、仮説と実証、抽象と具象、上昇と下降、いわゆる弁証法で、科学的な叙述にしようとしました。
どんなに厳密に、哲学、弁証法、数学を使っても、経済法則は自然法則とは違います。無謀な試みです。
2、公理
1)公理(のようなもの)1。<商品の価値は労働から生まれる>・・・「商品の価値が、その生産の間に支出された労働力によって規定されるならば」(『資本論一』p.74)「(労働力というこの商品が )価値の源泉であり、しかもそれ自身がもつよりも、より多くの価値の源泉である」(『資本論二』p.35)
マルクスの労働価値説は哲学的です。証明できないドグマです。商品を買う者の満足度が価値を決める効用価値説、需要と供給で価格が決定する近代経済学のほうが理解しやすく、説得力があります。
2)公理(のようなもの)2。<資本家は剰余価値を搾取する>・・・「労働者が必要労働の限界をこえて労苦する労働過程の第二の期間は、かれの労働を、すなわち労働力の支出を要するには違いないが、しかし、彼のためには、何らの価値も形成しない。それは無からの創造の全魅力をもって、資本家に笑みかける剰余価値を形成する。」(『資本論二』p.70)。
労働者が必要な生活手段の価値を生産するのが必要労働時間。そして生産者が労働者から搾り上げる価値を生産するのが剰余労働時間。剰余価値は社会正義を語る文学です。もちろん論証できません。
3)公理(のようなもの)3。<機械は価値を生産しない>・・・「機械装置は、価値を創造しはしない」(『資本論二』p.249)。「機械装置は、そもそもの初めから、資本のもっとも固有なる搾取領域である人間的搾取材料を拡大するとともに、搾取度をも拡大するのである。」(『資本論二』p.363)「機械装置は、その導入時代および発展時代の恐怖の後に、ついには労働奴隷を減少させるのではなく、これを究極においては増加させるということである!」(『資本論二』p.447)
<機械は価値を創造しない>は、証明できないどころか、事実に反しています。イノベーションは生活と世の中を大きく変えています。マルクスは、工業化社会、産業化社会を否定しています。
3、革命
「生産手段の集中と労働の社会化とは、それらの資本主義的外被と調和しえなくなる一点に到達する。外被は爆破される。資本主義的私有の最後を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される。(『資本論三』p.415)。
天体運動の自然法則がわかれば、日食や月食を予測できるように、経済社会の自然法則を解明したマルクスは資本主義的生産様式の崩壊と社会革命を予言しました。しかしそれは間違えた自然法則による間違えた未来予測でした。まず、経済社会にニュートンの万有引のような自然法則はありません。しかも自然法則解明のために用意した、3つの公理(のようなもの)、労働価値、剰余価値、機械の価値無生産は、公理ではなくドグマした。美しい『資本論』の体系は崩壊していました。
「欧米に遅れて資本主義経済の発展がスタートしたわが国では、1981~98(明治24~31)年の平均寿命は男性43歳、女性44歳だったが、2017年にはそれぞれ81歳、87歳となった(厚生労働省生命表』)。これは紛れもなく資本主義の成果である。」(吉川洋 立正大学教授 日経8/8)。
マルクスの論文は面白い。しかしマルクスでいまだに、現代を論ずる人がいる、のは許せません。