クリエーティブ・ビジネス塾36「エルビス⑥」(2018.8.28)塾長・大沢達男
米国の市民社会の価値観をひっくり返したエルビス・プレスリー。
1、”Don't Be Cruel (シカトしないで '56)”Otis Blackwell 作詞 アオヤマゴロウ訳詞
♫知ってるだろう/ひとりぼっちのぼくを/来てくれないなら/電話してよ/シカトしないで ぼくはホンキ/
怒っているの/ぼくのせいなら/過去は忘れて/あしたがあるさ
シカトしないで/好きな娘は いない/きみだけを 思ってる
ぼくのこと 思いつづけて/悲しくさせないで/そばにおいで 好きと言って/ぼくの気持ち 知ってるくせに/シカトしないで/ぼくはホンキ/どうして別れるの/ホントに好きさ/心に誓って
教会に行こう/愛を誓おう/きみは分かる ぼくはきみのもの/ぼくは分かる きみはぼくのもの
シカトしないで/ぼくはホンキ/好きな娘は いない/きみだけを 思ってる
この歌にも、ヒーカップ、マンブリン、ホンキートン唱法の集大成があります。ロックンロールです。
2、米国社会の革命
エルビスの人気は、リズム&ブルースのラジオ放送局WHBQ(AM Radio Station in Memphis, Tennessee 1950)から火がつきました。これはとんでもないことでした。
第1。ラジオはクラッシック音楽に占領されていました。
米国のラジオ放送は1920年から始まっています。テレビ放送は1941年から始まっていますが、30年代はラジオの黄金時代でした。ラジオはクラシック音楽で米国の市民社会の根本を支えていました。
○(クラッシック音楽は)理性的な意見にたどり着く能力に長けた近代的市民を生み出す(『ラジオが夢見た市民社会』p.210 デイヴィッド・グッドマン 長崎励朗訳 岩波書店)。○クラッシック音楽は潜在的に「あらゆる人のための音楽(Music for Everybody)である(p.217) ○(クラッシックの作品は)国家間の対立を超えて全ての人類に訴えかけ、それゆえに世界市民的な理想を体現し、唱導する(p.221)。
第2。ポピュラー音楽は軽蔑されていました。
○(放送されている音楽は)圧倒的な量のジャズやダンス音楽、クルーナー唱法であり、そんなものはゴミ(p.237)○ジャズやスウィングは侵略的で中毒性があるもの(p.245)○白人によって書かれた楽譜は、彼らが旋律や和音の感覚において黒人より優れていることを示している(p.273)。
第3。そもそも黒人音楽の放送局はありませんでした。
1947年にWDIAが誕生します。黒人音楽を黒人のために送る黒人社会のラジオ局の誕生です。そしていままでの差別用語である「レース・ミュージック(黒人音楽)」に変わって、「Rhythm & Blues」が、ビルボード誌のライター、ジェリー・ウェクスラーのよって生み出されます。
エルビスがブレイクした"That's All Right”は、1954年のWHBQ。リズム&ブルースの放送局でした。伝統的なカントリーミュージックではなく、新発明のロックンロール(ロカビリー)で、黒人のように歌う白人として登場しました。エルビスは米国市民社会の既成の価値観をひっくり返す存在として登場しています。
忘れてはならない。もうひとつエルビスに味方した、メイド・イン・ジャパンのイノベーションがあります。
「トランジスタラジオ」です。1955年にソニー(当時は東京通信工業)がトランジスタラジオを発売し、米国への輸出を始めます。TR-55。8.9cm×14.1cm×3.9cmの小さなものです。「アメリカの若者はロックンロールを一人で聞きたいためにトランジスタラジオを購入しました」(『トランジスタラジオの社会的影響力』 水野紹大阪大学 Wed)。
エルビスはラジオを、白人と黒人の壁を、そして大人と子どもの境界線を壊し、若者の時代を始めます。
3、”Hound Dog.(ナンパ野郎 '56)”J.Leiber M.Stoller 作詞 アオヤマゴロウ訳詞
♫おまえは マジに ナンパ野郎/口説きまくり/お前は マジに ナンパ野郎/口説きまくり/そうさ お前にオンナは捕まらない/オイラの ダチでもねえ/みんなは 坊っちゃん 言うけれど/それはネエ/みんなは 坊っちゃん 言うけれど/ それはネエ/おまえに オンナは捕まらない/オイラの ダチでもねえ♫
ロックンロールの”国家”(ビリー諸川)シャウト唱法の”Hound Dog.(ナンパ野郎)”(OKはテイク31。ビリー諸川)と、ヒーカップ、マンブリン、ホンキートンク唱法の”Don't Be Cruel (シカトしないで)”(OKはテイク28。ビリー諸川)、この180度違う、ふたつの傑作は、1956年の7月の同じ日に録音されています。
エルビスの奇跡。信じられません。