Eiichi vs. Elvis(大滝詠一vs.エルヴィス・プレスリー)

TED TIMES 2020-2 エルヴィス⑫ 1/6 編集長 大沢達男

 

Eiichi vs Elvis(大滝詠一 vs エルヴィス・プレスリー

 

1、亀渕昭信

ラジオのパーソナリティ「カメちゃん」と知られていた亀淵昭信は、1970年に大滝詠一さんに会っています。そしてカメちゃんは、6歳年下の大滝さんととても気が合い、共通点も多くすぐに仲良しになった、と回顧しています(『Eiichi Ohtaki’s Juke Box』のライナーノーツ)。 

なぜでしょう。二人は歳も違い、育った環境も全く違います。カメちゃんは生まれこそ北海道ですが、3歳で東京に移り住み、千代田区麹町中学校に通っています。麹町中学校は日本で一番有名な中学校です。日比谷高校、東大とつながる日本のエリートが通う学校だからです。事実カメちゃんその後東京・駒場東邦高校、早稲田大学政治経済学部に通った「お坊ちゃん」エリートで、ニッポン放送に入社します。それからもすごい。1966年から1年間、サンフランシスコの大学で学び、1969年からオールナイトニッポンのDJをやり、最後はニッポン放送の社長にまでなっています。

対して我らが大滝詠一さんは、岩手県江刺市生まれ、花巻北高校から釜石南高校卒、早稲田大学第二文学部(夜間)を中退した、カントリー・ボーイです。1942年生まれで東京育ちでアメリカ留学のカメちゃん。1949年生まれで岩手育ち海外経験なしの大滝さん。生まれも育ちも全く違う二人がなぜ意気投合したのでしょうか。それが今日のテーマです。

 

2、『Stuck On You』

結論を先に言います。二人を結びつけたもの、それはエルヴィス・プレスリー。60年代のアメリカン・ポップ・ミュージック。ここにある一冊の本、『ビルボード・トップ10ヒッツ’58~68』に書いてあるヒットシングです。

大滝さんは、59年(11歳)に聞いた『カラーに口紅(Lipstick On Your Collar)に衝撃を受けた、回顧していますが、大滝さんが中学校に入った1960年まで広げて、FEN(Far East Network 極東放送)の番組「トップ20」を振り返ります。

”Let’s review top20 popular song from BILLBOARD MAGAZINE”

毎週土曜夜8時30分から放送されていました。 

まず1曲目は、『Stuck On You』(本命はお前だ)。これは1960年4月25日から5月16日まで4週連続、ビルボードチャートで1位になっている曲です。日本で使われている「本名はお前だ」のタイトルは、いい翻訳ではありません。私は『Stuck On You』を、『きみにベタ惚れ』にしました。

エルヴィスは何を歌っているのでしょうか。

 

『きみにベタ惚れ』

りんごを振り落とせても 木から振り落とすように

きみはなんでも振るけれど ぼくを振れないよ

あーあ 止めてよムリさ あーあ

ぼくはベタベタ 

ベタベタ きみにベタ惚れさ

 

キッチンに隠れても お部屋に隠れても

何もできない うまく行かないさ

いちど捕まえたら キスしちゃう

だれが来たって ぼくたち離せない

 

ぼくはきみを奪う いとしいパパから

愛は強いよ ぼくたちを離せない

あーあ あーあ そーだよ あーあ 

ぼくはベタベタ 

ベタベタ きみにベタ惚れさ

 

3、「トップ20]

『Stuck On You』がヒットしていた当時どんな曲が流行っていたでしょうか。

『夏の日の恋』(パーシー・ファイス・オーケストラ)、『Cradle of Love(恋のゆりかご)』(ジョニー・プレストン)、『グッド・タイミング』(ジミー・ジョーンズ)。

そして余談になりますが、悲劇の1曲があります。『グリーン・フィールズ』(ブラザーズ・フォー)。ブラザーズ・フォー最大のヒット曲にもかかわらず、エルヴィスの『Stuck On You』に邪魔をされて、とうとうチャートの2位のままでしか昇れませんでした。

『恋のゆりかご』、『グッド・タイミング』・・・そのリズムとノリは早くも大滝ワールドを彷彿とさせます。なぜカメちゃんと大滝さんは、意気投合したか。知っている音楽が全く同じだったから・・・同じラジオ番組を聴いていたからです。FENの「トップ20」(「トップ40」になるのは70年から)を聞いていたからです。FENは、現在のAFN(Armed Force Network)。そこに奇跡があります。

まず第1、大滝さんは中学校に入るとラジオクラブに入ります。鉱石ラジオを作りました(想像です)。そして家族に邪魔されず、ひとりでラジオ放送を楽しむようになります。

第2、大滝さんの住む岩手には、三沢からFENの電波が届いていました。FENを聴ける場所は日本でも限られていました。東京、岩国、佐世保、沖縄、そして三沢でした。大滝さんはFENの「トップ20」を聴いていました。

第3、当時ラジカセ、テープレコーダーはありませんでした。もちろん、レコードなど手に入りません。ですから、1回聞いただけで、どんな曲かを覚えなければなりません。ヒットソングは連続してチャートインしますから数回は聞けますが、限られています。大滝さんは頭の中に優れたメモリー装置を持っていました。そして大滝さんは豪語します。

「1962年から66年までにビルボードでチャートインした曲は全て覚えている」

62年とは中学2年13歳、66年とは高校3年18歳です。つまり上京するまで、中学、高校とアメリカン・ポップ・ミュージックをしっかり勉強していたことになります。

なんと、おませな中学生。もちろん全部英語の放送です。何を言っているのかわかりません。それを覚えてしまいました。才能です。

 

4、『It’s Now Or Never 』

次は、エルヴィスの『It’s Now Or Never 』を聞きます。

この曲は、1960年8月15日から9月12日まで5週連続1位になっています。

 

『今でしょう』

今でしょう

ぼくを抱きしめて

ねえ きみ キスして

今夜ぼくのもの

あしたじゃ遅い

今でしょう もう 待てない

 

初めて会ったとき

笑顔が素敵だった

心引きつけられ

ぼくはイカれた

もう待ってられない

きみはここにいる そのときが来た

 

ヒューヒュー柳のように

海に向かって泣いている

もし叶わないなら

報われないなら

くちびる重ね

抱けないなら

ぼくたち再びいつ会えるのだろう

 

今でしょう

ぼくを抱きしめて

ねえ きみ キスして

今夜ぼくのもの

あしたじゃ遅い

今でしょう もう 待てない

 

5、はっぴいえんど

1960年8月流行っていたのは、『ビキニスタイルのお嬢さん』(プレイアン・ハイランド)、『Walk Don’t Run』(ベンチャーズ)、『I’m Sorry』(ブレンダー・リー)、『ザ・ツイスト』(チェビー・チェッカー)、『Only The Lonly』(ロイ・オービソン)です。大滝ワールドそのままの曲が並んでします。

大滝さんが所属していた、日本語でロックをやるバンド「はっぴいえんど」は、69年の「エイプリル・フール」、「ヴァレンタイン・ブルー」を経て70年4月に結成されます。この「はっぴいえんど」に大滝さんが加わっているのも奇跡です。

なぜなら他の3人は、3人とも東京のバリバリのお坊ちゃん、シティー・ボーイだからです。

1947年7月9日港区白金生まれで立教大学出身の細野晴臣、1949年7月16日港区青山生まれで慶應大学出身の松本隆、1951年12月20日世田谷区生まれで青山学院大学出身の鈴木茂。その仲間に1948年7月28日岩手県江刺郡染川村生まれ早稲田大学第2文学部(夜間)中退の大滝詠一が加わりました。奇跡ではありませんか。

しかし大滝詠一は大歓迎で迎えられたはずです。東京のお坊ちゃんといえども、中学、高校時代に「FEN」を聴いていたのはクラスで数人と限られていました。

62年から66年までの全米のヒット曲を知っていた大滝詠一は、中学・高校と米国に留学していた、アメリカン・ボーイように尊敬され迎えられたはずです。

 

6、『Good Luck Charm』

次はエルヴィスの『グッドラックチャーム』を聞きます。この曲は1962年4月21日と28日に全米ナンバーワンになってます。

 

『Good Luck Charm』(愛のお守り)

四つ葉のクローバーなんていらない

古い蹄鉄もいらない

キスしてよ きみを離さない

きみは愛のお守りさ

 

さあ おいできみ 愛のお守りになって

きみはステキだ

ぼくは愛のお守りが欲しい

ぼくの腕にかけて 

抱きしめるのさ 今夜

 

銀貨なんていらない

ウサギのお守りも

ぼくの幸せと温もりは

ウサギじゃ満たされない

 

さあ おいできみ 愛のお守りになって

きみはステキだ

ぼくは愛のお守りが欲しい

ぼくの腕にかけて 

抱きしめるのさ 今夜

 

もし幸せのコイン見つけても

海に捨てちゃうさ

きみがすべて この世の金貨全てよりも

ぼくは言ってのける

 

7、『アパッチ』

1962年4月21日のチャートは面白い。

1位は『グッドラックチャーム』、以下『ジョニー・エンジェル』(シェリー・フェブレー)、『マッシュ・ポテト・タイム』(ディー・ディー・シャープ)、『スロー・ツイスト』(チャビー・チェッカー)、『ヤング・ワールド』(リック・ネルソン)と続いているからです。ここにも大滝ワールドがあります。

いままでビルボードFENを中心に大滝ワールドを散歩してきましたが、忘れてはならないことがあります。イギリスのヒットソング、全英チャートです。やれやれ・・・。

でもこれは簡単です。3人だけ知っていればいいのです。

まず61年のヒット『Jhonny Remember Me(霧の中のジョニー)』(ジョン・レイトン)です。

次は同じく61年のヒット『Don’t treat me like a child(子供じゃないの)』、『You don’t know(

悲しき片想い)』(ヘレン・シャピロ)です。そして63年の『Summer Holiday』(クリフ・リチャード)です。

大滝ワールドに最も影響を与えたのは、みなさまご承知のように、『Jhonny Remember Me(霧の中のジョニー)』(ジョン・レイトン)です。

ビルボード全米ヒット話に戻ります。

『It’s Now Or Never』の1年後、『Good Luck Charm』の1年前、1961年3月エルヴィスの『サレンダー』が全米1位だったときに、『アパッチ』(ヨルゲン・イングマン)という奇妙なエレキギターの曲がチャートインしてきます。『悲しき街角』(デル・シャノン)がヒットしていた、あの頃です。

ヨルゲン・イングマン。聞いたこともないギタリストの名前。しかしギターは耳に残りました。テッテケテッチ、テッテケテッテ、テーテレン、ヒューヒューヒュー。それから3年後、全米チャートは『抱きしめたい』を手始めにビートルズに独占されるようになります。その当時、思ったものでした。

『アパッチ』は、ビートルズ出現のプロローグだった。

この直感は正しかった。今回それがわかりました。

『アパッチ』の原曲は、全英チャートで60年に5週連続1位になったヒットソングでした。演奏していたのThe Shadowsは、 クリフ・リチャードのバックバンドです。そしてこのシャドウズのギター演奏が、ビートルズを始めとするUKロックに大きな影響を与えたのでした。

『アパッチ』はまさしくビートルズ出現のプロローグでした。ちなみに、全米ヒットの『アパッチ』を弾いてるいたヨルゲン・イングマンはデンマーク出身のジャズギタリストでした。

ではお聞きください。シャドウズの「アパッチ」です。

『アパッチ』

 

8、『いかすぜ、この恋』

クリフ・リチャードとシャドウズが、その登場を準備したビートルズの出現は強烈でした。『抱きしめたい』が1964年2月1日にナンバーワンになって以来、『シー・ラブズ・ユー』、『キャント・バイ・ミー・ラブ』、の3曲で14週間連続、全米1位を独占してしまいます。

時代は変わります。エルヴィスからビートルズへ。そして全米チャートが日本と世界のポップ・ミュージックを支配する時代は終わります。

どなたか大滝さんが『アパッチ』について話した記憶をお持ちではありませんか。叶わぬ夢ながら、大滝さんと『アパッチ』ついて話せたらなあ・・・、と涙ぐんでしまいます。

最後に、今日ご紹介したエルヴィスの歌についてお話しします。

『Stuck On You』は、エルヴィスのロックンロール唱法の頂点を示すもののひとつです。ロックンロール唱法とはどもるように歌う「マングリング唱法」と、声をひっくり返して歌う「ヒーカップ唱法」です。

『It’s Now Or Never』は、オペラ歌手のように歌う「ベルカント唱法」です。

そして『Good Luck Charm』は、アメリカン・ポップ・ミュージック伝統の「クルーナー唱法」です。

エルヴィスのように多彩な魅力を持った歌手は他にいません。

ビートルズ登場までの60年代、ちろん50年代後半も、エルヴィスは全米チャートの中心になって走り続けてきました。エルヴィスという巨大な星の周りには、きらめくようなたくさんの星が誕生し、消えていく、ポップ・ミュージックの大星雲がありました。

カントリー・ボーイの大滝さんが、スーパービジネスパーソンである「カメちゃん」こと亀渕昭信氏と意気投合できたのも、シティ・ボーイの「はっぴいえんど」のメンバーとコラボレーションできたのも、60年代ポップ・ミュージックの大星雲のおかげでした。彼らは同じ星空に住んでいたのです。