あの頃に帰って、『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック 青山南訳 河出書房新社 世界文学全集I-01)を読んでみました

TED TIMES 2021-22「On The Road」 5/28 編集長 大沢達男

           

あの頃に帰って、『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック 青山南訳 河出書房新社 世界文学全集I-01)を読んでみました

 

1、ニューヨーク→デンヴァー→サンフランシスコ→ロスアンゼルス→ニューヨーク

オン・ザ・ロード』は、1947年アメリカで始まる、サル・パラダイスとディーン・モリアーティの、二人の若者の物語です。

1部は、サルの一人旅、ヒッチハイクを基本とした旅物語です。ニューヨークからデンヴァー、そしてサンフランシスコ、ロス・アンゼルスでディーンに会い、ひとりでニューヨークに帰ってきます。

<やつはセックスが人生で唯一の神聖にして重要きわまりないもので、生活費稼ぎはしかたなく汗をかきかき呪いながらやるものだった>(p.9)。これが、もう一人の主人公ディーンの描写です。

作家であるサルの友達は、ディーン以外、知識人です。作中のカーロ・マルクスアレン・ギンズバーグ、オールド・ブル・リーはウイリアム・バロウズです。

<途中のどこかで女たちに、未来に、あらゆるものに会える、とわかっていた。途中のどこかできっと真珠がぼくに手渡される、とも。>(p18)。これが旅の理由です。

<1947年、バップはアメリカ中で荒れ狂っていた>(p.23)。バップとはビーバップ・ジャズで、チャーリー・パーカーマイルス・デイヴィスです。

<ディーンがカミール(注:彼女)と交戦中の下宿屋に着いた。(中略)壁にはディーンのヌードの絵があり、でっかいのがだらりと垂れていた。カミールが描いたものだ>(p.62~3)。

対照的なサルと女友達リタ・べトゥンコートとのベッド・ルームでの描写もあります。ちょっと、気取りすぎていますが・・・

<ふたり並んで仰向けに寝て、天井をながめながら、神はいったいどういうつもりで人生をこんなに悲しいものにしたんだろう、と考えていた。ぼくらはフリスコ(サンフランシスコ)で会う計画を漠然とたてた>(p.81)

そして、東部の人間の西海岸への憧れと優越感も描かれます。

<LAは、アメリカの都市ではいちばん孤独でいちばん野蛮なところだ。ニューヨークは、冬こそおそろしく寒いが、街のどこかに妙ちくりんな仲間意識がある。LAはジャングルだ>(p.119~20)。<LAの警官はみんなハンサムなジゴロのようで、まちがいなくかれらはそもそも映画にでるためにLAに来たのだった>(p.122)。

 

2、ニューヨーク→ニューオーリンズエルパソフレズノ→サンフランシスコ

2部は、1948年クリスマス、ディーンが東海岸にやってくることから始まります。

ディーンはクルマで、LAから東海岸をめざしいる途中突然、デンヴァーに住む最初の妻・メリールウに会いたくなり、驀進します。

<夕方にはデンヴァーに突っこんだ。メリールウを引っつかみ、ホテルに直行した。十時間、猛烈にやりまくった>(p.155)。

そんなメリールウですが、<メリールウがぼくに言い寄ってきた。(中略)「あたしたちとサンフランシスコに戻ろう。いっしょに暮らそう。あんたのいい子になるから」>(p.174)。まったくどうなっているのかわかりません。

<どこの隅っこでも、どこのベッドでもカウチでも、なにかをやっていたー乱交パーティーではなく、ただの新年パーティーなのに(後略)>(p.175)。激しい、羨ましい。

<「サル、頼みがある。(後略)」。メリールウとヤッてくれないか>(p.182)。ディーンの狙いは、ほかの男とヤルときのメリールウの様子を見たかっただけです。しょうもない。

ともかく、ディーン、メリールウ、サルの3人、そしてときどき誰かを加えて、カリフォルニアへの旅が、始まります。今度は南回り、まずニューオーリンズを目指します。

タダでガソリンを満タンにします。ディーンはタバコを1カートンこっそり調達してきます。<ガソリン、オイル、煙草、食料。こそ泥は反省しない>(p.218)。泥棒旅行です。

<「運転しても運転しても、つぎの日の夜になっても、まだテキサスだよ>(p.221)。

そして3人は、でたらめな運転をします。<大型トラックとすれちがった。高い運転席にいたドライバーは素っ裸の黄金の美女が素っ裸の男二人にはさまれて座っているのを目撃した。後ろの窓に消えていくトラックを見ると、車体が一瞬ぐらりとよろめくのがわかった>(p.224)。ほんとですか、と言いたくなります。オレも似たような経験をした!と言うは誰ですか。

そしてサンフランシスコに着いて、旅は終わります。やっぱりフリスコ、シスコは「夢のサンフランシスコ」です。

<フライパンで炒めた焼きそば(チャオメン)の香りがチャイナタウンからぼくの部屋にぷーんと流れてきて、ノースビーチから届くスパゲッティ・ソースとフィシャーマンズ・ワーフから届くソフトシェルの蟹と競い合ってる(後略)>(p.241)

しかしある日、サルはひとりでニューヨーク行きのバスに乗り、フリスコを離れます。

 

3、デンヴァー→サンフランシスコ→デンヴァー→シカゴ→ニューヨーク

3部は、1949年春、デンヴァーにいるたったひとりのサルから、始まります。

<黒人だったらいいのになあ、という気持ちになってきて、白人の世界がくれるものは、どんなベストのものでもエクスタシー得られない、元気になれない、楽しくない、わくわくできない、闇がない、音楽がない、夜が足りない、と思えた>(p.251)。

おセンチになっていたサルは、ディーンのいるサンフランシスコに向かう決断をします。

<業界で「バッド・グリーン」と呼ばれているものー緑のまま加工されていないマリファナーが手元に転がりこんできて、それを吸いすぎてしまった>(p.256)

パーティーが続き、ディーンはサルに、ニューヨークに行こうと提案します。文無しでだれかに車に乗せてもらう旅です。まずサクラメントへそしてデンヴァー

サルはいつもディーンのいいなりですが、ある日サルがディーンに怒りをぶつけると、ディーンは泣き出し、泣き続けます。やっぱ、ナイーブすぎるのです。

文無しの彼らに救いの神が現れます。キャディラックをシカゴまで運んで欲しい、という仕事です。時速110マイル(177Km)の旅が始まります。

そしてシカゴの酒場、ここがかっこいい。

<そこでブレズ(サックス吹きレスター・ヤングのあだ名)が登場した。ソバカスだらけにボクサーのようなその頑丈そうなハンサムなプロンドは、ロング・ドレープのシャークスキンの格子縞のスーツにきっちり身を包み、襟のボタンをはずし、ネクタイもシャープにさりげなくゆるめ、あせをかきながらサックスを持ちあげて悶えるように吹いたが、トーンはまさにレスター・ヤングそのものだった>(p.334~5)。

さらに、違う酒場ですが、ディーンが言います。<「サル、神さまのご降臨だ」/ぼくは見た。ジョージ・シアリング(注:ジャズ・ピアニスト>(p.338)。なんともお洒落です。

そしてバスでデトロイトへ。そしてたったの4ドルでニューヨークまで乗せて行ってくれる新車のクライスラーの世話になり、タイムズ・スクエアに到着する。

<ディーンは四人の子持ちとなり、文無しで、さらにいっそうのトラブルとエクスタシーとスピードの塊になった>(p.346)

かっこいい話の連続ですが、これが現実でした。

 

4、ニューヨーク→デンヴァーコロラドスプリングスサンアントニオ→ラレード→メキシコ・シティ

そして第4部。<ある朝、四十七丁目とマディソン街の角で、ぼくらは話しこんだ。>(中略)<(サル)「最後は老いぼれの浮浪者になるってことか?><(ディーン)「かもな。なりたきゃ、もちろんなれる。そういうことだ。そういう終わり方も悪くないよ。政治家とか金持ちとかといった他人どもが何を望もうが、そんなのとは関わりなしで一生生きる。だれも邪魔しない、すいすいと自分の道を進めるぞ>(p.350~1)。

サルはデンヴァーへ、そこへディーンがやってきて、メキシコを目指すことになります。こんどはフランス帰りのスタン・シェパードが同行します。

テキサスはアメリカではありませんでした。1836年までメキシコ領。その後テキサス共和国、1845年にアメリカ合衆国に併合されています。

<暗がりからいきなり車が飛び出したりして交通規制などないかのようだった>(p.380)。

ジョークですが、テキサスには運転免許がなかったという話を聞いたことがあります。「免許証を!」と言われたら、片腕を出して「テキサスライセンス!」と言えば、ポリスはOKするのです。この小説からはどうも本当の話のようです。

そしてメキシコに入ります。

<ぼくらの車輪が正式なメキシコの土の上を転がりはじめたとき、(中略)すべてが一変した>(p.383)。ここから描写は圧巻、メキシコ万歳です。

アメリカはぼくらの後ろにあって、人生について、路上(ロード)の人生についてディーンとぼくがいままで学んだことはぜんぶ、そっちにあった。いまやぼくらは道(ロード)の果てに魔法の地を見つけたのだ>(p.386)。

さらに読んでいるものはメキシコにノックアウトされます。

<生まれて初めて、気候というものが、ぼくに触れてくるものでも、ぼくを愛撫するものでも、震えあがらせたり汗をかかせたりするものでもなくなって、ぼくそのものになっていた>(p.410)

これこそが、ビート・ジェネレーションではないでしょうか。この感覚が、ヒッピーに発展し、ロックになって70年代の世界を変えていきました。青山南の翻訳もいい。この一行に出会えたことは至福でした。

 

5、『ルート66

まったく私は間抜けです。河出版の世界文学全集を編集した池澤夏樹もそうです。

テレビドラマ『ルート66』が小説『オン・ザ・ロード』をモチーフにしていたことを知らなかったからです。池澤は『ルート66』を見ていない。私は『ルート66』のすみからすみまで見ていたのに、『オン・ザ・ロード』を読んでいなかった。60年間の人生を無為に過ごしてきた、と言ってもいいほどの失敗でした。

テレビドラマ『ルート66』は、1960~4年まで116のエピソードが放送されています。私の高校時代です。

話は簡単。トッド・スタイルス(マーティン・ミルナー)とバズ・マードック(ジョージ・マハリス)が、シボレー・コルベットのコンヴァーティブルに乗って、旅をする話です。毎週毎週、アメリカの先々で事件に巻き込まれ、ストーリーが展開されます。

トッドはいいとこのお坊ちゃん、エール出身、髪をきれいに刈っています。日本で言うところのアイビーです。

対してバズは、トッドのパパの船で働いていた船員、孤児でした。まあ海の荒くれ男です。

トッドとはサルで、バズとはディーンです。

ドラマのタイトルソング『ルート66』とオープンカー(コンヴァーティブル)・コルベットはかっこよかった、憧れでした。二人は仕事を、冒険を、自分自身を探して、都市化、産業化、近代化するアメリカを旅しました。『オン・ザ・ロード』と違うのは、ドラッグとセックスがないことです(テレビドラマですから、当たり前)。

なぜ、私がヒッピー嗜好を持つのか、60年経ったいまわかりました。ビートジェネレーションをアイドルにして、高校時代を過ごしたからです。私のキャラクターの8割はバズのビートニク、残りの2割はトッドのアイビーです。

もし60年前に、しっかりと『オン・ザ・ロード』を読んでいたら、どうなっていたか。90%のビートになったのか。

確実に言えることがひとつあります。もし『オン・ザ・ロード』を60年前に読んでいたら、私は生きていなかった。

ディーンのモデルのニール・キャサディは、42歳で、町の外れの線路脇で死にます。野ざらしによる心臓衰弱です。サルのモデルのジャック・ケルアックも、47歳で、大量の血を吐き死んでいます。アルコール過剰摂取が原因でした。

長生きして、生き恥をさらすのが良いのか悪いのか。それはわかりません。