THE TED TIMES 2022-18「ギデオン・ラックマン」 5/24 編集長 大沢達男
ギデオン・ラックマン、FTのひとりのジャーナリストですが、いつしか名前を覚えてしまいました。
1、ウクライナ
欧米を崇拝するわけではありませんが、フィナンシャル・タイムズ(FT)の論説は、日本の社説に比べて圧倒的に面白い。しかも質が高い。
私は特別の教育を受けた経済や国際政治の専門家でも、ジャーナリストを職業にしてきたわけではありませんが、そう思います。
そして素人の私の見解は、だれもが賛成してくれるでしょう。
なかでも私は、FTのギデオン・ラックマンのファンです。
ラックマンの記事を読むために、日経を購読しているようなものです。
まず、5月10日付(日経5/13)を紹介しましょう。タイトルが衝撃的です。「『ロシア弱体化』掲げる危険』。
1)5月9日の戦勝記念日でプーチンは、祝うべき勝利はなかった。軍と国民を鼓舞するだけで、大きな政策変更を発表できなかった。
2)プーチンはウクライナ政府を「ネオナチ」と呼んだ。ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアが「ヒットラー政権の恐ろしい犯罪」を繰り返していると非難した。双方ともナチスに絡む言葉を使っているが、「圧倒的な勝利」を治めることは不可能だと理解している。
3)ロシアが苦戦しているの見て西側は、「ロシアを世界の舞台から追い出し」、「ロシアが二度と進行できないように弱体化する」、とういうふうに、戦争目的を拡大しようとしている。
4)こうした政策にはリスクが伴う、まず核兵器使用などの危険性を高める。そして今回の戦争の原因はNATOにある、というロシアの主張に正当性を与える。さらにロシアの孤立を図ろうとする米国が国際的な支持を失うことになりかねない。
5)必要以上にロシアを追い詰めてはならない。結論。この戦争は容易には終わらない。
2、ハンガリーとフランス
次に、紹介した記事より前になりますが、4月5日付(日経4/8)「『非自由』加速のハンガリー」です。
1)ハンガリー議会選挙でオルバン首相の右派・与党が勝利した。オルバン氏は「プーチン氏を公然と支持するほぼ唯一の指導者」だと、ウクライナのゼレンスキー大統領は非難している。
2)オルバン氏はモスクワでプーチン氏と親しげに会談した。トランプ氏はオルバン氏のファンである。またオルバン氏は習近平氏とも特別の関係を築いている。
3)オルバン氏の主張は、「非自由・民主主義」である。裁判所に自らに味方する判事を送り込み選挙制度を改変した。報道の自由がない。選挙で野党候補は国営テレビで5分しか話せなかった。
4)オルバン氏はナショナリズムを強く主張する。難民や移民に強硬でEUと対立する。しかしEUの資金を取り巻きに横流し。EUというクラブに属し恩恵を享受しながら、反EU的なプーチン、習近平にすりよってきた。
5)いままでポーランドのドゥダ大統領はオルバン氏を支持してきたが、ハンガリーの対ロシア政策を批判するようになった。欧州はオルバン氏の挑戦を許すわけにはいかない。
論旨は明確です。オルバン首相に反対です。
そして、4月26日付(日経4/29)「マクロン氏、EU変えるか」です。
1)フランス大統領に再選したマクロン氏は、欧州変革に挑み、欧州連合(EU)を中国、米国に並ぶ地政学的存在に押し上げるだろう。
2)マクロン氏は新型コロナウィルス禍を前にEU共通債権の発行に成功した。EUは防衛費増大させることで、米国から「戦略的自立する」ことが可能になる。マクロン氏は、EU統合深化に向けて自らの主張を自身を深めて進めるだろう。
3)マクロン氏の壁は、まず短気で人を怒らせやすいこと、つぎに英政府はマクロン氏を英国に最も対立的なEU指導者と見ていること、そしてプーチン氏に気を使っていること、米国に敵対的ロシアと親和的であると見なされていることである。
4)ウクライナ危機でEU加盟国は、米国と英国を同席させることに意欲的で、マクロン氏の「欧州の戦略的自立」に懸念がある。
5)今後5年、マクロン氏は「欧州の構築」のチャンスを手に入れた、才気やエネルギーではなく、「忍耐」、「共感」が必要である。
この論旨も明確です。マクロン大統領支持です。
3、ギデオン・ラックマン(1963~)
ラックマンは、FTのチーフ・フォーレン・アフェアーズ・コメンテイター(国際関係解説委員長)です。ユダヤ系の南アフリカ人を父としてイギリスに生まれ、ケンブリッジ大学を卒業しました。
驚くのは、ウクライナ問題へのラックマンの見解です。
安易なプーチン独裁者説を取っていません。もちろんロシア帝国主義説でもありません。
読み方によっては、ロシアに親和的で、ロシアを敵視することにも反対、結論的にはロシアを追い詰めるな、です。
つぎのハンガリーでは冷静です。いかに選挙結果であるにせよ、オルバン首相を認めていません。欧州の理念では譲れないものがあるという主張があります。
そしてマクロン氏には大いに期待しています。EUvs.USAです。FTがある英国に対立的な大統領であるにもかかわらずです。
ラックマンの論説の特徴は以下の3点にあります。
まず、豊富な事実をもとに書かれています。事実の報道があります。つまり足で書いています。
つぎに、イデオロギッシュではありません。「自由」だとか「民主主義」だとか「普遍的価値」の演繹で、書かれていません。
そして必ず提案があります。ある意味で保守的、問題を具体的どう解決するか、視点で書かれています。説得力があります。
1)足で書く。2)イデオロギッシュにならない。3)具体的な提案をする。このことを日本の新聞は学ぶべきです。
4、FT
さらにもうひとつ、面白い論説をFTが掲載しました。「危ういEUの『価値観外交』」 (アラン・ビーティー)です(4/13付。日経5/4)
これはEUに疑問を投げかけています。
1)EUに好意的な人間は、貿易・規制政策で、米国にはない「価値観」があると主張する。価値観とは人権、労働基準、環境を重要視することである。
2)たとえば、カンボジアでは人権問題で貿易優遇措置を停止した。また、ブラジル産牛肉にフランス畜産農家がシェアを奪われる恐れがでてきたため、にわかにアマゾンの熱帯雨林破壊を問題にして、FTA(自由貿易協定)は締結されていない。
3)そして「欧州人の生活様式を守るため」に移民の流入を制限している。15~16年の難民危機ではトルコに資金を出し難民を受け入れてもらった。さらに、EUが難民申請を却下した人たちの帰還を認めない国に、貿易優遇措置を取り消すことを提案した。
4)最悪はウクライナを早期にEUに加盟させようとする欧州委員会の無謀な計画だ。法の支配が確立していない補助金目当ての国はまた加盟することになる。
5)かつての米国のように、EUは本音と建前を使い分けていくだろう。われわれは偽善の指摘をやめるべきではない。
明らかにラックマンのマクロン氏論と対立します。FTは面白い。
それに配慮して、一ヶ月掲載を遅らせた日経もまた、面白い。
(以上)