朝日新聞の終わりと始まり。

THE TED TIMES 2022-25「朝日新聞・鮫島浩」 7/15 編集長 大沢達男

 

朝日新聞の終わりと始まり。

 

1、石原慎太郎

<国会議員として過ごした25年もの長い殆ど空虚な時間の間に、私が出会った者たちはなんと存在感の薄い手合いばかりだったことだろうか>(『「私」という男の生涯』p.240 石原慎太郎 幻冬舎)。

石原は政治の世界では、知性を刺激啓発し、感性を刺激してくれる相手に巡り合えず、人生を揺さぶる出来事もなかった、政治家として私の人生とは一体なんだったのだろう、と言って回顧しています。

本音です。

石原は誰に気配りすることなく、政治家と政治の世界に関わる者たちを否定しました。

『「私」という男の生涯』は、石原夫妻がともに死んだら出版可能という条件で執筆された、多分に暴露的な色彩を持つ本としてベストセラーになりました。

 

石原は自らの仲間の政治家たちに、イベントで集めた資金をもとに、定例の餅代として200万円ずつを配ります。

その仲間たちと議会が休会中にゴルフをします。そのときいきなり、「鶴にしますか、亀にしますか」と、持ちかけられます。

1ホールにつき、鶴は千円、亀は一万円、「政治資金を元手」に賭けゴルフをしようというのです。

石原は憮然とします。

そして石原は他の派閥だったらどうなる? と暗澹たる思いになります。

ベット(賭け)悪い、などとケチなことを言っているのではありません。

シングルの腕前を持ち、ゴルフを愛する石原です。

議員の遊び方、スポーツの楽しみ方のレベルが低すぎる・・・。スポーツを愛していない・・・。

 

朝日新聞政治部』(鮫島浩 講談社)を読んでいて、似たような記述に出会い、石原と同じような思いを持ちました。

<K氏(筆者注:鮫島本では実名、自民党幹事長)は大牟田市内のスナックに夕刻から番記者を集め、記事への引用を一切禁じる「完オフ懇談」をする。まずは全員にマイクを回してカラオケを歌わせる。K氏が知らない流行歌を歌えば白ける。演歌限定だ。>(『朝日新聞政治部』p.94)。

こんなカラオケ大会をやっている仲間や会社を知りません。

まあいい。・・・だったら、K氏がご存知を曲を、あなたは誰よりも上手く歌い、信頼を勝ち取ればいい。

だいたい演歌縛りがバカげている(断じて、演歌がダメだと言っているのではない)。だから外交ができない。時代遅れになる。

それより音楽をバカにしている・・・。歌を愛していない・・・。

鮫島浩の文章は完全に俗に流れています。

些細な日常が、政治家とそれに群がる新聞記者の本質を、雄弁に語ります。

政治の世界のなんとつまらないこと、政治家のなんとレベルの低いこと、それに付き合う新聞記者も。

 

2、アノミー

1)新聞記者技術論

<駆け出し記者は特ダネをもらうのに必死だ。あの手この手で警察官にすり寄る。会食を重ねゴルフや麻雀に興じる。風俗店に一緒に行って秘密を共有する>(p.31)。

新聞記者の苦労を語っているのでしょうが、サービス業、接客業では当たり前のことです。

問題はその結果を論ずることです。

新聞記者が、警察官にすりよって、どんな特ダネをものして、社会に貢献したか。

<彼(筆者注:総理秘書官H氏。鮫島本では実名)は総理番を引き連れて「合宿」を催すことがあった。(中略)課題図書を示し、徹夜で大討論するのだ>(p.62~3)。

いいじゃないですか。問題は、なにを学んだか。

いやそれ以上に必要なのは、総理や秘書官の国家観を知ること、日本国をどうしたいかを知ることです。

<「梶山静六と飲んでいて『俺と小沢一郎とどっちが好きか』って、迫られたら、なんと答える?(中略)・・・正解はね、『どっちも嫌いです』なんだ」>(p.203)

いかにももっともらしい政治が論議ですが、笑うに笑えません。たんなる言葉の技術論です。

これが朝日新聞政治部の巨頭、曾我豪(朝日新聞編集委員)と鮫島浩との対話です。

ここにも理念やビジョンがありません。経済、安全保障、外交・・・議論は一切封鎖されています。

 

余談ですが、『文藝春秋』2020年8月号に二人の朝日の新聞記者、曽我豪(「岸田首相に『語る口』はあるか」)と樋田毅(「『左翼的』な気分は何処へ」)の文章が、偶然並べられて掲載されています。

宏池会論議キリスト教論議、良くも悪くも、朝日新聞記者の限界がよくわかります。

朝日新聞新聞記者・鮫島浩の話には、国際社会のなかで日本国をどうするのかの国家観、日本の社会をどうするかの社会観、日本人いかに生きるべきか人間観がありません。

論じられているのは、新聞記者の技術論、もっといえばサラリーマンの処世術です。

 

2)国際感覚

特徴的なのが、外務省で相手にされなかった話です。

<ワインをあけながら饒舌に話す外務官僚の話は、当時の私には机上の空論のように聞こえた。(中略)まるで大学の講義のようで、結局はアメリカに追随しているだけではないかと思うことが多かった。>(p.70)

外務官僚は1本2万円もするワインを平気であけ、鮫島浩(朝日新聞)に払わせた、といいます。

まず第1に、鮫島は国際経験が少なかっただけの話ではないのですか。

海外経験が豊かな官僚と全く話があわず、相手にされなかったのではないですか。ディベートどころではなかったのではないですか。

第2に、ワインのセレクションに意見を言えなかった。そしてワインを口にしてもその味について感想を言えなかった。

朝日の先輩は後輩にワインを教えることがなかった。鮫島はワインを知らなかっただけの話ではないですか。

第3に、もし自分のポケットマネーでワイン代2万円は払えないと主張すれば、そこからディベートが始まる。それこそがワインを飲むことです。

朝日の記者は国際感覚がない。外務省の通説になっているのではないですか。

鮫島は「なんでもOKする日本人」として扱われたのではないですか。

ともかく鮫島浩は外務省付きをお払い箱になります。

そして日本の政治家で一番国際感覚のない、菅直人民主党幹事長(のちの総理)のところに行き気に入られたのは、ことの成り行きでした。

サミット首脳の写真撮影で、だれとも交流できず、一人でニヤニヤ階段を降りてくる菅直人首相の姿を、思い出さずにいられません。

 

3)吉田証言、吉田調書、池上コラム

吉田証言とは、軍の命令で朝鮮の若い女性を従軍慰安婦にするために強制連行した、という吉田清治の1980年代の証言です。

朝日新聞はこれを事実として報道し、日韓の外交問題になりますが、1996年に吉田自身が強制連行はウソ、つまり創作であったと証言します。

朝日新聞は記事の訂正しませんでしたが、2014年になって、記事を取り消し謝罪します。

 

吉田調書とは、吉田昌郎福島第一原子力発電所所長(当時)への政府事故調による「聴取結果書」のことです。

非公開の吉田調書を朝日は入手し、平成23年3月15日朝に福島第1原発にいた約650人が吉田所長の待機命令に違反し第2原発に撤退した、というスクープを報じました。

しかしやがて他紙も吉田調書を入手し、朝日の「命令違反し撤退」は誤報、真っ向から否定する報道を行ったものです。

結論的に、朝日は誤報を認めます。

 

池上コラムとは、朝日新聞のコラム欄を担当していた評論家の池上彰が、従軍慰安婦問題の吉田証言が誤報であったのに朝日はなぜ32年間も謝罪しなかったと書いたが、上層部の命令で朝日新聞が掲載しなかったことです。

吉田証言、吉田調書、池上コラム問題は、2014年木村伊量朝日新聞社長時代に起こります。

鮫島浩は朝日新聞政治部の特別報道部のデスクとして吉田調書スクープの主役でした。これがもとで朝日を去らなければならなくなります。

 

吉田証言、吉田調書、池上コラム問題でも、国家観・社会観・人間観のない(朝日は反戦と反原発と言いたのでしょうが)、新聞記者の技術論だけで事件が語られています。

鮫島浩がデスクを務めた、調査報道に専従する特別報道部(特報チーム)は、何をやったのでしょうか。

特報チーム時代は、○2006年3月「スケート連盟 不透明支出」、○2006年7月「偽装請負 製造業で横行」、○2007年1月「校長ら60人『役得』台湾旅行」、

特別報道部時代は、○2012年7月の「線量計に鉛版、被曝隠し」、○2013年年明けの「手抜き汚染、横行」、○2014年の「命令違反、撤退」の吉田調書。

ずらっと見出しを並べただけで、絶望的な気持ちになりませんか。ここではそれぞれのテーマの批評をしませんが、どのテーマもつまらない。何の志もない。

いつから朝日新聞は天下のお目付役になったのでしょうか。「廊下を走るな、右側を歩け」の小学校の規律委員のようです。

ワインの話同様、国際感覚がありません。

原発問題はすべて国際問題になります。「悪い奴がいる」の報道では、「日本人は間抜けだ」と世界に恥を晒(さら)すだけの話です。

 

社会学では「社会的規範が失われ、社会が乱れ無統制になった状態」をアノミーといいます。

朝日新聞には役所以上に内向きで足を引っ張り合う官僚体質がある>。(p.116)

官僚制とは、規則万能、事なかれ主義、セクショナリズムです。

鮫島浩の語る、技術論だけで世界観のない朝日新聞は、官僚体質を持ちながらアノミー状態にあると言えます。

 

3、朝日新聞の再生

1)村山龍平(りょうへい 1850~1933)

1879年に創刊した朝日新聞は、村山龍平と上野理一の経営でスタートします。

実質的な創業者である村山龍平は、数寄者(すきしゃ=風流人)です。神道、茶道、そして芸術の人でした。

そしてそのDNAは孫娘である村山美知子に受け継がれました。

村山美知子(1920~2020)は朝日新聞の最後の社主として、朝日新聞を神棚に供えまず最初に皇祖と先祖にお読みいただくことを、日課にしていました。

そして香雪美術館(香雪とは村山龍平の号)を開き、大阪国際フェスティバルの運営にあたり、フェルベルト・フォン・カラヤンなどを日本に招聘しました(以上は、『最後の社主』 樋田毅 講談社を参考にしました)。

朝日新聞のタイトルのバックに桜の花があるのは、創業者DNAの象徴です。

しかし、戦後の朝日新聞は、創業者を否定する愚挙に出ます。

広岡知男(1907~2002)らによる創業の村山家を排除する路線です。

広岡は文化大革命に好意的な報道をする共産・中国派でした。

朝日新聞の官僚体質で無統制なアノミーを招いたのは、創業家の否定、村山龍平の否定でした。

そして最後の社主、村山美知子も2020年に亡くなりました。そのとき朝日新聞も死にました。

 

2)GHQの広報紙

昭和20年9月18日朝日新聞は48時間発刊停止処分を受けています。

この時以来、朝日はGHQに協力的な「平和と民主主義」の新聞に変身します。

変身後の朝日新聞に昭和22年6月から10月まで連載された、小説『青い山脈』(石坂洋次郎 新潮文庫)があります。

<新しい憲法も新しい法律もできて、日本の国も一応新しくなったなったもののようですが、しかしそれらの精神が日常生活の中にしみこむためには、五十年も百年もかかると思うんです>(『青い山脈』 p.30 )

<「いいですか。日本人のこれまでの暮し方の中で、一番間違っていたことは、全体のために個人の自由な意志や人格を犠牲にしておったということです」>(前掲  p.39)

恐ろしいことです。これ以来、自己犠牲、自利利他、滅私奉公は、美徳から悪徳になります。

もっと恐ろしいことは、小説と同じ内容をもった映画『青い山脈』が戦後のヒット作の一つになってしまったことです(ただし言っておきます。ヒットは、石坂洋次郎今井正の力ではなく、作詞家・西条八十と作曲家・服部良一の歌謡曲の力が大きかった)。

共産主義者今井正監督の映画は、GHQ共産主義者デヴィッド・コンデの検閲で世に出ました。

朝日新聞GHQの機関紙である」と、GHQ内部の「PPB(Press Pictorial & Broadcasting)日報で揶揄(やゆ)されるほどの、GHQの御用メディアでした(「占領期GHQによる検閲・宣伝工作の影響と現代日本」 p.102 久岡賢治 彦根論叢 滋賀大学経済学部編)。

村山美知子社主が亡くなった2020年の朝日新聞の元旦・社説が印象的です。

<人権、人間の尊厳、法の支配、民主主義ー(中略)これらの言葉は、西洋近代が打ち立てた普遍的な理念として、今日に生きる><(自民党改憲草案には)「和を尊び」「美しい国土を守り」(中略)日本の「固有の文化」や「良き伝統」へのこだわりが、前文を彩る><この草案にせよ、現政権のふるまい方にせよ、「普遍離れ」という点で、世界の憂うべき潮流と軌を一にしていることはまぎれもない>(朝日新聞2020年・令和2年元旦社説)。

西洋近代が打ち立てたいう普遍理念は、「白人帝国主義」(『サピエンス全史』 ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之訳 河出書房新社)、「リベラル帝国主義」(『ナショナリズムの美徳』(ヨラム・ハゾニー 庭田よう子訳 東洋経済)、「リベラル覇権主義」(J・ミアシャイマー 『文藝春秋』 p.152 2020.6)として、世界で、根本的に批判されています。

さらに『一神教の闇』(安田喜憲 ちくま新書)は、アメリカが<自由と民主主義という超越的秩序を世界に布教するために、アフガニスタン戦争さらにはイラク戦争を引き起こしている>(p.020)と明確に書いています。これがいまのウクライナにつながります。

にもかかわらず、朝日は西欧の白人キリスト教徒の真似をして、事なかれ主義で、処理しています。

いまだもって朝日新聞GHQの機関紙です。

 

3)中曽根康弘

朝日新聞の悪口を言っているだけではつまりません。

問題は日本をどうするかです。政治をどうする、世の中をどうするかです。

冒頭の石原慎太郎の発言に戻ります。

石原は政治家と政治の世界を評価しませんでしたが、ひとり中曽根康弘だけは違いました。

『永遠なれ、日本』(中曽根康弘 石原慎太郎 2001年 PHP)で二人は互いを批判しながら、思う存分語っています。

中曽根康弘は自分の思想や世界観の原点には故郷があると語ります。

一つは、赤城、榛名、妙義の上毛三山、その後ろの谷川岳浅間山、とくに浅間山の肩に落ちる夕日が中曽根は好きでした。

二つは、小学校の先生に褒められたこととその愛情。海軍将校の中曽根は、モーニングも持っていない貧しい小学校の先生に、結婚の仲人を頼んでいます。

三つは、中曽根はキザだと照れますが、母親の愛情をあげます。息子が試験の時に母はいつも近所の神社にお参りをしてくれていました。亡くなったあとも、母は夜空の星となって中曽根を見守ってくれていました。

ここには弁論技術も、処世術もありません。本物の政治家の姿があります。

そして中曽根康弘は思わぬ外交原則を披露します。

<1、自分の力以上のことをやるな。2、ギャンブリングで外交をするな。3、内政と外交を混同して利用し合うな。4、世界の正統的潮流に乗れ。)(『永遠なれ、日本』 p.125)。

 

朝日新聞は中曽根に学ぶべきではないでしょうか。

朝日の根本には創業者の村山龍平があります(まさかマッカーサーとはいわないでしょう)。

アノミーを克服するためには、創業者の「数寄者」の理念が必要です。

平和憲法の主張は、正義派ぶっていますが、日本の力以上を偉そうに語っています。

ここも中曽根に学ぶべきで、世界の正統的潮流に乗るべきです。

官僚体質は、リベラル、平和憲法、民主主義の「普遍」から生まれています。「普遍」である西欧近代への批判により、克服すべきです。

まさしく村山龍平に帰れです。

***

忘れていました。

ただ一つ、鮫島浩が書いた『朝日新聞政治部』には、朝日新聞にとっての救いがありました。

官邸キャップそして編集局長だった渡辺勉の存在です。渡辺はワシントンとソウルの特派員を経験している国際派です。

朝日新聞唯一の光でした。

朝日新聞政治部』のエンディングで、渡辺勉編集局長と失意の鮫島浩が、ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』について話すシーンがあります。

鮫島は、政治部を放逐され、やる気を失い、日比谷公園のベンチで、ドフトエフスキーを読む日々を過ごします。失意の鮫島に渡辺政治部長が声をかけます。政治部に戻らないか・・・。

<私(筆者注:鮫島浩)が『カラマーゾフの兄弟』を読む日々だったと、伝えると、彼(筆者注:渡辺勉)は一瞬表情を明るくして『旧訳? 新訳?』と尋ねた。この人はドフトエフスキーが心から好きなんだと思った。私が『旧訳です』と答えると、彼は『新訳もいいよ』と応じた>(p.160~161)

青臭いけれど、朝日新聞の記者らしい。

名文です。涙しました。いいシーンです。

 

朝日新聞の再生と日本政治の再生を願います。

 

以上。