THE TED TIMES 2023-02「エマニュエル・トッド」 1/8 編集長 大沢達男
『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』を読む、英米・リベラリズムの終焉。
1、歴史人口学(historical demography)
『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上下』(エマニュエル・トッド 堀茂樹訳 文藝春秋)は、「歴史人口学」という全く知らない分野の本だということもあって、久々に知的な興奮を覚えました。
歴史人口学は人間社会の動態を研究する学問ですが、社会学の社会変動論やマルクスの社会運動の歴史法則とも違います。そこが厄介です。
まずトッドはフロイトの局所論(場所論)、心の三層構造を引用し、人間社会の動態、構造を解明しようとします。
1)社会の意識・・・経済、政治。50年単位で動く。2)社会の下意識・・・教育(学歴)、下意識は意識と遠くない。500年単位で動く。3)社会の無意識・・・家族と宗教の複合的な相互関係。5000年単位で機能する。
そこで社会の無意識である家族類型が問題になります。
1)核家族(イギリス、アメリカ など 父系性レベル0 )・・・1組のカップルとその子供たち。子供たちは10代後半から親から遠ざかり、結婚し自律的な家庭を築く。遺言の内容は自由。遺産配分は自分の意のまま。純然たる核家族、絶対家族、平等主義核家族、一時的同居を伴う核家族などがある。
自由の理想は、核家族を伝統とする地域で開花する。核家族における世代間の関係は(中略)もともとリベラルなのだ(上巻 p.41)。
2)直系家族(日本、ドイツ、韓国、父系性レベル1)・・・跡継ぎを一人だけに絞る。長男のカップルは親の両親と同居する。息子がいない場合は娘が家督を継ぐ。後継でない息子たちは娘たちと同様に遇される。日本は直系家族の国であり、武家と農民を問わず、相続人を一人に絞ってきた。
3)外婚性共同体家族(中国、ロシア、家父長性家族、父系性レベル2)・・・兄弟の対等性、男性優位、グループの外に配偶者を見つける。遺産は兄弟で平等。ロシアでは女性のステータスが高い。
共産主義体制の分布図は、ロシア、中国、ベトナム、ユーゴスラビア、アルバニア。親子は権威主義的で兄弟は平等というのは、権威と平等という共産主義イデオロギーの核と一致する。
その他1)内婚生共同体家族(アラブ、ペルシャ、父系性レベル3)・・・二人の兄弟の子供同士の結婚。
その他2)インド南部の家族型(タミル・ナードゥ州、カルナータ州)・・・兄弟と姉妹の子供の結婚。兄弟の子供・姉妹の子供同士の結婚を禁ずる。男性とその姉の娘の異世代間結婚。
問題になるのは、核家族、直系家族、外婚制共同体家族(父権制)です。歴史のシークエンスは父系性レベル0から、3に移ります。
2、リベラリズムの終焉
トッドは、本の帯のキャッチコピー「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」にあるように、英国・米国の「核家族」をターゲットに上げて攻撃します。
トッド本の叙述の順番を無視して、まずわかりやすい問題として、ドナルド・トランプを取り上げます。
トッドは、「トランプの当選は本書の二つのテーゼの例証になる。1)教育の階層化が政治的・経済的な衝突を起こす、2)民主制には他者の存在(外国人恐怖症=フォビア)が必要である(下巻 p.100からの要約)」と、高らかに宣言します。
米国は完璧な学歴社会です。
「2010年、「高学歴」グループが人口の半分以上を占めている。(中略)「高学歴」グループのちょうど半分、すなわち同世代全人口の27%が完全な高等教育(BA=大卒ディグリー、あるいはそれ以上)を享受しているが、残りの半分は、大学に入学したものの、学部は卒業していない(p.32)」。
そして歴史人口学の本領を発揮します。
「中等教育を完全または不完全な形で受けた白人男性層では、71%がトランプに投票し、クリントン票はわずかに23%にとどまった。(中略)最高学歴層において(大卒、修士、博士)は58%がクリントンに投票し、トランプ投票はわずかに37%にとどまった(p.109の要約)」。
学歴がない人が、トランプ、高学歴がクリントンとはっきりしています。
さらに続けます。
「大学(中略)をめぐる古い表象から自由になるために、その全体を『アカデミア』と呼ぶことにしよう」、「(中略)アカデミックな世界の公式イデオロギーは『リベラル』、つまり進歩主義であり、左翼である。しかも勿論、大学の序列の中で上位にランクされている大学になればなるほど、そのイデオロギーを声高に主張する。しかし、それでいて、アカデミアが客観的に果たしている機能は、むしろ平等の破壊なのだ。(中略)権威と不平等、これこそがアカデミアの秘密のスローガンだ(p.60~61)」。
加えて、「アカデミアは今や、人々を選別する、一大マシンと化している。アカデミアこそが、不平等を社会的に通用させているのだ(p.111)」。「LGBTの有権者でトランプは14%だが、クリントンは77%(p.111の要約)」とデータを添えます。
では何がトランプ政権を誕生させたのでしょうか。
「アン・ケースとアンガス・ディートンの共著論文が1999年から2013年までに、45歳から54歳までの年齢の白人住民の死亡率が上昇していることを明らかにした。主な死亡原因は、麻薬中毒、アルコール中毒、自殺。したがって、自由貿易と規制緩和の効用についての議論は、もはや「これにて終了!」である。この死亡率の上昇がドナルド・トランプの大統領の誕生させた(下巻 p.13の要約)。奇しくもかつて私が、1970年~1974年のソ連の乳幼児死亡率の上昇に注目した結果、早くも1976年の時点で、ソ連システムの崩壊を予想することができたように(p.103~104の要約)」。
黒人問題でも歴史人口学は威力を発揮します。
黒人は白人と結婚できません。そして望まぬ妊娠をさせれています。
「最近結婚した黒人男性の24パーセントは、自分と同じ人種カテゴリーには属さない相手と結婚したが、その率は黒人女性では9%でしかない。(中略)2008年に、未婚の母の誕生の割合が黒人女性では71.8%に達していたが、これが白人に分類される女性のうちでは40.6%、ヒスパニックと見做される女性のうちでは52.6%であった(下巻 p.79~80)。」
さらに黒人は犯罪者にされています。
「クリントンは、歴代大統領のうちでも、任期中に黒人若者の投獄の数を最大幅で増加させた大統領であった(下巻 p.83~84)」、「1965年から1969年までの間に生まれて、白人に分類されている男子にとっては、刑務所行きを経験するリスクは2.9%でしかなかった。その人物が高等教育の受益者でない場合は、その率は上がって5.3%に達したが、(大学卒であれ、大学中途退学であれ)高等教育を受けた人物であったなら、0.7%までに下がるのだった。同世代の黒人の場合、全体として見たときの刑務所行きの可能性は20.5%だった。大学に進学しなかった黒人ならそのリスクが30.2%にまでに上がるが、大学入学または卒業の学歴のある場合には4.9%に下がるのであった(下巻 p.89~90)」など、恐ろしいデータが並べられます。
歴史人口学恐るべしです。
そして民主制への結論が出されます。
「民主制がその源泉においては普遍主義的な性質のものではないことを教えてくれる。(中略)奴隷たちを排除し、国内の「外人」を排除し、ギリシャの他の都市国家の市民たちを排除し、異邦人を排除することによってだった。(中略)民主制、それは結局、自らの領土において、自らのために自らを組織化する特定の人民のことだ(p.124~5)」、「アメリカが近代民主制を発明したのは、白人住民のほとんどが読み書きできるようになっていて、教育上の具体的な平等主義が市民の平等を十分に考え得るものしていたからである(中略)その一方でアメリカは、無さか容赦のない野蛮人(米国独立宣言のインディアンを評した言葉)、または黒人奴隷という、外見的にも異質の印象の強い「他者」を排除し、その「他者」との対立において定義される集団への生き生きとした帰属感情を見出し、培った(p.35)」。
結論が出されます。「第11章 民主制はつねに原始的である」、「個人主義的・民主主義的、自由主義的イデオロギーが、ユーラシア大陸の周辺部に、歴史の短い諸地域位に位置していることである。逆に、反個人主義的で権威主義的なイデオロギーーナチズム、共産主義、イスラム原理主義ーは、ユーラシア大陸のより中心的な地理ポジション、より長い歴史を持つ諸地域を占めている(下巻 p.10~11)」。
3、ドイツと日本、そしてヨーロッパとロシア
なぜ日本(そしてドイツ)は少子化に悩んでいるのでしょうか。トッドが答えてくれます。
「(核家族型社会の価値観である)個人主義的で、自由主義的で、女権拡張的な価値観(中略)、この価値観に適応しようとしたからこそ、ドイツと日本の直系型家族社会は人口面で機能不全を来し始めたのではないだろうか(p.175)」、
子供を生み出す力がドイツと日本で弱いのは、(中略)アメリカ的近代に対する直系家族型社会の反動なのではないのか(p.175)」。
というのは、直系家族の価値観は「子供たちが不平等であるとなれば(中略)子供たちは不平等だ、人間も不平等だ、人民も不平等だ、したがって普遍的人間など存在しない(p.30)」というものだからです。
実際にドイツでは「フルタイムで子供の面倒をみるのが母親の道徳的義務だという感覚が優勢である(p.166)」のです。
日本には救いの手を差し伸べてくれます。
「日本の差異、内向性、内婚制は、直系家族自体も含めて、せいぜい15世紀から20世紀までの間に展開した新しい歴史の所産なのである(p.197)」。
日本は徳川以前に戻ればいいのです。
最後にヨーロッパとロシアについてまとめておきます。
「(ヨーロッパは自由で平等なネイションの集まり)という捉え方はすでに失効している。今日では、権威と不平等こそが、欧州システムを描出するのに適切な二つの概念になっている。(中略)EUの現状は悲惨な失敗の証しだと結論しないわけにはいかない(p.233)」、「大陸ヨーロッパでは、オランダ、ベルギー、フランスとデンマークを別にすると、自由主義的かつ民主主義的であったことが一度もない(p.235)」、つまりトッドはEUそしてNATOに対して懐疑的です。
逆にロシアについては好意的です。
「あらゆるイニシアチブが上から降りてくることに慣れきっているこの国が、将来いつか、国家主導の社会主義という冒険的な道を歩み始め、ヨーロッパの最も民主主義的な諸国に追いつき、追い抜くことがあるとしても、それは驚くべきことではあるまい」(『ロシア皇帝の帝国とロシア人』(1997~8 アナトール・ルロア=ボーリュー)。(p.244~5)
「(外婚制共同体家族の)ロシアを支配している権威主義的民主制は、一人の人物とその一派の陰謀の結果であるよりも、むしろロシア人民の政治的体質の表現であるように思われる(p.249)。
つまりプーチンを独裁者などといって批判していません。
4、日本と日本人
歴史人口学を学んで2022年12月からまだ2ヶ月しか経っていません。
慣れない概念ばかりです。ですから理解もいい加減です。
まあこれから長い戦いになります。
日本は1945年にそれまでの歴史と伝統を否定され、「日本国憲法」に代表されるGHQのリベラリズム教育に洗脳されてきました。
日本には歴史と伝統があります。日本人には日本人としての学び方と生き方があります。
トッドにならって言えば、日本社会の無意識には天皇と皇室があり、宗教には神道・仏教・儒教があります。これが5000年単位で機能します。
日本人の下意識、教育は複雑です。神道の経典はありませんが、古事記、日本書紀、万葉集を学び、仏典、四書五経を学びます。これが500年単位で機能しています。
さらに経済は日本の特殊性があります。トッドは、社会の意識たる経済は50年単位で機能する、とありますが、日本には世界にもまれな100年企業数多くあります。直系型家族の影響です。
日本と日本人をまとめてみます。
1)日本には、万世一系の天皇が、直系家族の総本家としてあります。
2)日本人は、神社仏閣に参拝し、皇祖先祖を敬い、全ての存在に神を感じ、生きとし生けるものすべてに仏を感じ、自然とともに生きてきました。
3)日本人は、祭りに参加し、家族の中での役割を果たし、全体の中の分を守り、向こう三軒両隣を支える地域共同体の中で暮らしてきました。
4)日本人は、「三方よし」の精神で企業を起こし、世のため人のため、自利利他、忘己利他の精神で経営を続けてきました。
5)日本人は、万葉集や百人一首を学び日本文芸に親しみ和歌を読み、年に一度の歌会始で皇室ともにありました。
GHQの説く「民主制、自由、平等」に上記の日本の国がありますか。日本人がいますか。
なんとフランスの学者が「民主制、自由、平等」を批判してくれました。まさしく革命的ではありませんか。
歴史人口学は日本を守る存在になってくれそうです。