エンニオ・モリコーネ、イタリア音楽とイタリア人の魅力。

THE TED TIMES 2023-04「エンニオ・モリコーネ」 1/23 編集長 大沢達男

 

エンニオ・モリコーネ、イタリア音楽とイタリア人の魅力。

 

1、映画『モリコーネ 映画が愛した音楽家

モリコーネといえば、ピーピピピーピ、ピピピピーの口笛で始まる映画『夕陽のガンマン』の音楽です。

そして『太陽の下の18歳』のテーマソングであるサンライト・ツイストのエジレジレバー♬です。

そのエンニオ・モリコーネドキュメンタリー映画モリコーネ 映画が恋した音楽家』( 原題「Ennio」 ジュゼッペ・トルナーレ監督 イタリア 2021)は近頃まれに楽しめる映画です。

なぜ楽しめるか。

見ている者全てを音楽の天才にしてしまうから、つまり自称音楽の天才(観客たち)をヨイショとおだてるからです。

映画の基本構成は、エンニオに映画監督から音楽の作曲の依頼が来る、エンニオがそれにどう答える、その繰り返しです。

たいてい映像だけを見せられ、どんな音楽いいだろうと相談されます。すると即座にエンニオがアイディアを言います。そして実際に自らの口でそのメロディを歌います。

その意表を突くアイディアがいい、そのメロディが申し分ない、そして映画の完成型が映写され、あっという間に芸術が誕生します。

つまり映画の観客は、自分が映画監督に呼ばれ、相談を受けているように感じ、そして自分がいいアイディアを言い、映画を作り上げ、天才芸術家になったように感じてしまいます。

アイディアのメロディを歌うエンニオの歌がしわぶき声で下手なのが、それに拍車をかけます。つまり俺(観客)の方がうまい。

157分と2時間を超す映画ですが、観客は自分がすべての音楽を作曲したかのように感激し、やっぱ自分は天才だと納得し、映画館を後にするという仕掛けになっています。

ちょうどあれと同じです。

映画『アマデウス』(ミロス・フォアマン監督 1984年 アメリカ)。モーツアルトからメロディを聞き出しそれを楽譜にしていくサリエリ、見ている観客もあたかも自分がメロディを言って自分がモーツアルトになってしまう幸せな映画でした。

 

2、ニーノ・ロータ

エンニオ・モリコーネ(1928~2020)は、ローマで生まれ国立サンタ・チェチーリア音楽院で学んだイタリアの人です。

学校は、16世紀にその起源である歴史があるもので、ぞこにイタリア音楽の本流を辿ることができます。

イタリア音楽の本流とはオペラです。オペラ王と呼ばれたジュゼッペ・ヴェルディ(1813~1901)です。

『椿姫』です。エンニオ・モリコーネも映画音楽のなかで、晩年はヴェルディを使っています。

イタリアにはもう一人音楽音楽の天才がいます。

映画『ゴッドファーザー』(フランシス・フォード・コッポラ監督 1972年~)の音楽を書いたニーノ・ロータ(1911~1979)です。

ニーノもローマのサンタ・チェチーリア音楽院卒で、エンニオの先輩にあたります。

ニーノに対して、クラシック音楽の指揮者でナポリ生まれのリッカルド・ムーティ(1941~)が、面白い話を紹介しています。

「私はニーノ・ロータに才能を発見された。ニーノは映画音楽だけではなくクラシック音楽の大家として評価されるべきだ」

そしてリッカルドは、ナポリには17世紀に4つの音楽院が存在し、モーツアルトの時代には「ナポリ学派」はヨーロッパ音楽の中心だった、と言います。

さらにリッカルドナポリ生まれの自分は「海の人間」で「南の男」であると誇らしげに語っています(『私の履歴書 リッカルド・ムーティ』 日経 12/1~30)。

「南の男」リッカルドの精神の根幹にも、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラが鳴り響くようになります。

そしてもう一人、『椿姫』に魅せられた映画監督に触れないわけにはいきません。

コッポラ監督、しかし娘の娘のソフィア・コッポラ監督です。

ソフィアはオペラ『椿姫』を演出しました。

そしてその舞台を映画にしました。それが映画『椿姫(La Traviata)』(ソフィア・コッポラ 2017年)です。バレンチノの豪華な衣装が忘れられません。

ソフィアはアメリカ生まれですが、フランシスの祖父は南イタリア・ベルナルダ出身、ソフィアにも南、海の血が流れています。

 

3、イタリア人

ベルディの『椿姫』は高級娼婦と旧家のお坊ちゃんの悲恋物語です。ワーグナーの『ニーベルングの指輪』のような神と英雄の格調高い物語ではありません。

そもそも椿姫の原題「La Traviata」とは「道を踏み外した女」、いいじゃありませんか。

これを芸術にしてしまう。これがイタリアです。ドイツ人と違います。

東京オリンピック(2020 TOKYO)の自転車競技の選手村ホテルにいたときの記憶がよみがえります。

英国、米国、ドイツ、フランス、中国、韓国・・・いろいろな国の選手がやってきます。

なんといっても目立つのは、イタリア選手です。

まずおしゃれ、赤、白、緑のトリコロールカラーのスニーカーなんか履いちゃって・・・。「チャオ!」、みんな明るい。

そしてイタリア人は英米人のアングロサクソンのように背高のっぽじゃない。親しみやすい。

そう!イタリア人は自分たちが世界の人気者であるように振る舞います。世界をハッピーにする使命を帯びているかのように。

日本のあるCM音楽プロデューサーから聞いた話があります。

日本人の彼が、世界的なイタリア人作曲家(ニーノ・ロータか、エンニオ・モリコーネのどちらか。すみません、忘れてしまいました)に、CM音楽の作曲を依頼しました。

ところがその作曲家は、依頼をやんわりと断りました。

「自分は、レコード会社、マネージメント会社・・・様々な契約に縛られている」

「まず許可を取るのが大変、それにOKが出ても、莫大な金額を請求されるようになる」

すかさず、音楽プロデューサーは作曲家に言います。

「あなたの名前を出さない」

「金はいまここに、USドルで用意してある。いま渡せる。どうだろうか」

作曲家は、「OK!」。

作曲は実現します。

これがイタリア人。ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した人)。

ニーノであり、エンニオです。

「ブラーボ!」

***

では問題を出題します。

「日本の音楽プロデューサーはアンダー・ザ・テーブルでいくら渡したでしょうか?」

答えを言うわけにはいきません。

いつかお酒を飲む機会があったら、こっそり教えましょう。

(fine)