THE TED TIMES 2026-29「ザ・ロング・ウォーク」7/19 編集長 大沢達男
映画「ザ・ロング・ウォーク」は、今年の話題作、なんともヘンテコリンな映画です。
1、ワン・シーン
映画「ザ・ロング・ウォーク」(フランシス・ローレンス監督 2025年 アメリカ)はなんとも変わった映画です。
まず、基本的にワン・シーンで構成されている映画で、映画に挑戦し、映画を発明しています。
つぎに、プロットが変わっています。原作はスティーブン・キング(1947~)、若者数十人が歩き始め、最後のひとりになるまで、歩き続ける映画です。
ロング・ウォークにはルールがあります。
1)時速4.8キロで歩く 2)速度が下回ると警告を受ける 3)3つの警告で射殺 4)コースを逃げても射殺 5)最後の一人なるまで歩き続ける 6)勝者には賞金。そしてどんな夢でも叶えてくれる
ロング・ウォークをする若者たちには、戦車と兵士が監視していて、さらに総司令官としての少佐がいます。
時代は、アメリカ合衆国の近未来という設定。小説は1979年作、ベトナム戦争が終わった(1975年)頃に書かれた小説でした。
そして映像が残酷です。例えとして適切ではありませんが、パゾリーニの映画を思い出させるほどです。
トイレ休憩、食事休憩、睡眠休憩はなし、自由に受けることができるの給水と朝に一度の栄養チューブだけで、ロング・ウォークの参加した若者が、ひとりまたひとり、最後のひとりになるまで、頭部が射殺される映画です。
2、生きる目的
この映画の魅力とは何でしょうか。それはロング・ウォークの最中に交わされる若者たちの会話にあります。
人生の目的は何のか、何のために生きているのか、を問うているからです。
哲学的な論議をしているのではありません。極めて具体的に今ここで何をすべきかを問うています。
立ち止まったら射殺される、私は何を目的に歩いているのだろう。
ロング・ウォークの体験を小説にしたい、そしてベスト・セラー作家になりたい。
歩き通して、ママに再会したい。
落伍する他人を助けることは、ロング・ウォークの勝負に負けることを意味する、だけど他人の力になりたい。
僕の夢もあるけれど、あいつの夢の方が潔い、勝つべきはあいつだ。
私は創作の夢がある。私は会いたい人がいる。私は他人のために役に立ちたい・・・だから生きたい。
ところで、映画を観ている・・・自分はこんな生き方でいいのだろうか。映画を観ているひとりひとりが、自問自答を始めぜるを得ないからです。
3、ニヒリズム
原作にも映画にもニヒリズムがあります。
ニヒリズム(虚無主義)とは、今生きている世界にも、生きている人間存在にも意義、目的、真理、価値がないという、哲学的立場です。
アルベーユ・カミユは、自殺こそが哲学の最大の課題であると、『シジフォスの神話』を書きました。さらにジャン・ポール・サルトルは、人間存在はそこらにある石ころと同じで何も意味もない、と言い切りました。
全くその通りですが、これでは夢も希望もありません。私たちは生きるための嘘がなければ生きていけません。
ニヒリズムそのもの映画のようですが、映画「ザ・ロング・ウォーク」は、最後にひと筋の希望を与えてくれます。
さて映画「ザ・ロング・ウォーク」をどう評価すべきでしょうか。
私は、映画「シラート」(オリベル・ラッシュ脚本・監督 スペイン・フランス合作映画)を思い出させました。ともに、傑作で、もう一度観ようとは思わせない、ヘンテコリンな映画です。
「ニヒリズムは、ヨーロッパにもアメリカにも存在し、西洋全体に偏在している」(『西洋の敗北』 p.173 エマニュエル・トッド 文藝春秋)。
米国と欧州は自滅した、『西洋の敗北』の歴史人口学者エマニュエル・トッドの予言は、当たっています。