THE TED TIMES 2024-35「石破茂」 9/3 編集長 大沢達男
岸田総理に辞任を決断させた、倉重篤郎の『保守政治家 石破茂』という本。
1、倉重篤郎の結論
「もう、この男しかいない」。
8月7日に出版された『保守政治家 石破茂』(倉重篤郎編 講談社)という本の帯には、このキャッチコピーが踊っています。
まるで1週間後の8月14日の岸田首相の自民党総裁選不出馬宣言を予告したかのように。
なぜ、石破茂なのか。
それに対して倉重篤郎(毎日新聞 元政治部長・元論説委員長)はこの本の締めくくりで、以下のように説明しています。
1)安倍政治がまだ終焉しない。
まず経済でのアベノミクス、異次元的金融緩和政策を終わらせたい。そして外交・安保での主体性の喪失を終わらせ「対米自立」にしたい。石破茂ならできる。
2)石破茂を総理に、という世論が根強い。
石破自身が、「次期総理」調査で1位になることを説明している。安倍は太陽、石破は月。安倍政治批判できるの石破しかいない。
3)石破茂を軸に本格的政治改革政権を樹立したい。
成立した政治資金規正法改正案は一歩前進だが、石破は、国民的共感を得られるものではない、としている。石破ならカネがかからない政治を制度化ができる。
4)安倍政治のアンチだけでない、石破政治オリジナルを期待したい。
戦後保守の2系列があり、保守本流が石橋湛山、吉田茂、田中角栄、大平正芳、宮澤喜一、自民党本流が、岸信介、福田赳夫、安倍晋三である。
保守本流は、あの戦争を膨張主義的国策と否定し、小日本主義的生き様を志向し、軽軍備、通商重視、憲法第9条では、護憲、軍縮的で、対米関係では同盟基軸でも一定の距離感を持ち、経済では自由経済がベースである。
対して自民党本流は、戦中の国策を全面否定せず、大アジア主義的・膨張主義的志向を残し、外交・安保では改憲・軍拡的で、対米では日米一体論的従来主義、経済では統制色、計画色である。
倉重篤郎の結論は、改憲論者である点を除けば石破茂は保守本流である、だから「もう、この男しかいない」というものです。
朝日新聞と毎日新聞は、「平和と民主主義」、「人権・自由・平等のリベラリズム」の論調で戦後社会を、リードしてきました。
にもかかわらず倉重篤郎は、自由民主党総裁に石破茂を、具体的な提案として指名しました。
リベラリズムの論調を終わりを宣言する、毎日新聞の革命です。
2、田中角栄
次の総理の世論調査では石破茂が必ずトップになるが、私たちは石破茂をよく知らない。
そこで石破茂の伝記的ヒューマン・ヒストリーをつくれないか、ということで本の企画がスタートしました。
倉重篤郎は、2023年暮れから2024年春にかけて、石破茂を何度もインタビューしました。
倉重には、40年以上永田町を見てきた経験があり、さらに「サンデー毎日」のコラムで、2017年から7年間石破茂に1回1~2時間のインタヴューを20回してきた、実績がありました。
『保守政治家 石破茂』は、石破茂著 倉重篤郎編になっていますが、文章にしたのは倉重でしょう。
大変読みやすい、読み物として面白い。
そして野口博のポートレート写真がいい、さらにブックデザインがいい、いい本に仕上がっています。
読み物としての圧巻は、田中角栄が登場するパートです。
「田中角栄なかりせば、いまの政治家としての今の石破茂はなかったのです」(p.60)
ネタバレになりますが、一部ご紹介します。
1)1981年9月16日に石破茂の父・石破二郎は亡くなります。鈴木善幸政権の自治大臣、国家公安委員長でした。もちろん田中派です。
鳥取の柿畑の真ん中に「石破二郎 和子の墓」とその横に「越山 田中角栄」と書かれた墓があります。
田中派葬のあと、24歳で三井銀行の会社員だった石破茂が、目白の田中角栄にお礼の挨拶に行きます。
すると突然田中は、選挙に出ろ、と言います。
「君は県民葬に来てくれた鳥取の3500人全員に、名刺持参で会葬御礼に回れ。それが選挙の基本だ」(p.70)
石破茂は、父の遺言で政治家になっていけない、と言われているという辞退の返事をします。
「何が銀行だ。遺言だ。君は代議士になるんだ。(中略)君は自分さえよければいいのか。そんなことでは石破二郎の倅とはいえないよ」(p.70)
これで石破茂の人生は決まりです。
いろいろありますが、83年に石破茂は、三井銀行を退職し、田中派(木曜クラブ)の事務局員として政治の世界に飛び込みます。
2)木曜クラブでのある日、石破茂は角栄先生に呼ばれます。
「君は嫁がいないじゃないか。(中略)いいのがいるぞ」
「も、申し訳ありません。じ、実は大学の同級生で一緒になりたいと思っている人がおりまして」
「何だ、それは。どこに勤めているんだ」
「ま、丸紅です」(注:ロッキード事件渦中の会社)
「馬鹿者・・・待て、その子の親はどこの出身だ」
「ご出身は新潟です」
「そうか、それならいい」
石破茂は角栄先生に仲人をお願いします。
角栄先生は断ります。そして言います。
「何を言っているんだ。(中略)俺は、お前の親父さんの代わりにお前のお袋さんの横に立ってやりたいんだ」
・・・・・・
涙、涙です。
田中角栄とはなんという人なんでしょうか。
そして披露宴では、スピーチで新婦が丸紅であることに触れ、丸紅はいい会社だ、私のことがなければもっとい会社だと、丸紅の人を笑わせました。
3)84年9月16日、父の命日に石破茂は衆院選への出馬を表明、86年の選挙までに5万2000軒歩いて、5万6534票獲得して当選します。
歩いた数、握った手の数しか、票はでない。
田中角栄の言う通りになりました。
でもこれは、「なぜ石破か」とは関係の薄い「昭和」の美談、というべきでしょう。
4)田中角栄に学ぶべきことがあります。
「昭和20年代おける政治家・田中角栄の国会活動は、議員立法を中心としたものであった。8年間に26件もの議員立法に提案者として参画した事実はわが国の議会史に例を見ない」(『政治家 田中角栄』 p.91 早坂茂三 集英社文庫)。
さらに立案・構想に参加した法律を含めるとその数は、田中本人の言によれば73件に、加えて閣僚として関わったとなるとその数は数100件になると早坂茂三は振り返っています。
公営住宅法、道路法、電源開発促進法、原子力基本法、住宅金融公庫法、建築基準法、国土総合開発法、日本道路公団法、空港整備法、高速自動車国道法、都市計画法・・・。
敗戦の焦土から日本を再建し繁栄に導いたのは田中角栄です。
石破は田中の議員立法に学ぶべきです。
もう一つは反面教師。
1972年9月の日中共同声明は、同年2月のニクソン訪中に遅れを取らなかった、田中角栄の電撃外交として歴史に残っています。
田中は外交でも偉大でしたが、結論としてキッシンジャーの怒りを買い、ロッキード事件で葬り去られます。
後述しますが、安倍晋三の外交の方が、田中角栄より一枚上手です。
石破は外交を田中より安倍に学ぶべきです。
3、安倍晋三
さてこれからが本論です。
倉重は「なぜ石破茂か」の問いに、安倍政治からの脱却できるから、としています。
しかし毎日新聞(そして朝日新聞)が、なぜ安倍政治を否定するのか、がわかりません。
戦前の東條英機内閣の商工大臣岸信介の孫だからというのが、その理由でしょうか。
教育基本法を改正し、憲法改正を狙ったからでしょうか。
政治の素人が、日本を代表する政治ジャーナリストに反抗するのは100年早い。しかし思い切って言います。
GHQの機関紙と言われてきた「朝日・毎日」が変わらなけば、日本が滅びるからです。
1945年9月18日に朝日新聞は GHQにより発刊停止処分をうけ、GHQに忖度する自己検閲の新聞になりました。毎日新聞もそれに従っています。
まず安倍晋三の外交。
倉重は主体性がないと指摘しますが、安倍晋三は国際基準の政治感覚で、各国首脳と付き合っています(以下は、『安倍晋三回顧録』中央公論新社から)。
1)洗練されたコミュニケーター(communicator=信頼関係が築ける人)
まず、プーチンとの出会い。
2014年2月のロシア・ソチ五輪の開会式を、性的マイノリティへのロシアの姿勢で、アメリカ・オバマ、フランス・オランド・・・がボイコットします。
それをチャンスと見た安倍は開会式に出席し、プーチンとの会談するチャンスをつかみます。
プーチンは秋田県知事から贈られた秋田犬「ゆめ」を連れてきて、ふたりの間には一挙に信頼関係が築かれます(『安倍晋三回顧録』中央公論新社 p.182~3)。
その後北方領土問題を新しいアプローチで解決する合意ができます。
つぎに、トランプ大統領。
トランプ米大統領とは電話が来ると1時間も話します。でも本題は15分だけ、あとはゴルフ、各国首脳の悪口。
なぜトランプとここまで親しいのか。
トランプが選挙で勝つと就任前にトランプ・タワーを訪れて、面談しているから。安部のセンスがトランプを信用させています。
そしてトランプは皇居で安倍に、シンゾウはいつも上着のボタンを閉めているが天皇の前では私もしたほうがいいか、とアドバイスを求めるほどの信頼関係を築いています(p.348)。
2)卓越したネゴシエーター(negotiator=交渉人)
その1。米大統領オバマが、焼き鳥屋「すきやばし次郎」で、安倍に言います。
「ここに来るまで、アメリカ車を見ていない。輸入して欲しい」
安倍はオバマを店の外に連れ出し通りを見ます。
ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン・・・外車はいくらでもいます。しかしアメリカ車は来ません。
安倍が解説します。
「みんな右ハンドルに変えて輸入されています。ところがアメリカ車は右ハンドルを日本人に押し付けています。これでは売れません」
オバマは黙ります(p.131)。
その2。メルケルドイツ首相は、中国重視のくせに、口先だけ中国の膨張政策を批判します。
そこで安倍は議論はぶつけます。
「ところで、ドイツのエンジンメーカーは、中国にディーゼル・エンジンを売っていますね。
中国海軍は、ドイツ製のエンジンを駆逐艦や潜水艦に搭載している。これは、いったいどういうことですか」。
メルケルは「え?そうなの?」と言って、後方に控えている官僚の方を振り向いて聞きました(p.189)。
やり手のメルケルが安倍に1本取られています。
3)優れたプレゼンター(presenter=提案ができる人)
第1。安倍は、2013年ブエノスアイレスでのIOC総会での2020東京の招致プレゼンテーションで、勝利しています。
練習、練習、練習で、アイコンタクト、ワンセンテンス・ワンパースン、ワンバイワンの「国際基準のコニュニケーション」に、成功したからです(p.118)。
第2。インド訪問時の「二つの海の交わり」のスピーチに始まる、「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」の提案をしています。
インド洋と太平洋は、自由と繁栄の海としてダイナミックな結合をもたらしている、ということを日本からまずインドへ、そしてオーストラリア、米国に呼びかけました。
インド・太平洋を大きな経済圏としてこの海洋の権益を守っていこうというものです(p.159)。
安倍は、国際基準のコミュニケーター、ネゴシエーション、プレゼンターとして、外交を展開してきました。
4、アベノミクス
つぎに安倍内閣の経済。
『日本の死に至る病 アベノミクスの罪と罰』(倉重篤郎 河出書房新社 2016年)があります。
登場するのは伊東光晴、金子勝、吉川洋など、反対派の人だけ、「サンデー毎日」に連載された安倍政権反対のプロバガンダです。
アベノミクスを構想した学者・賛同者は登場しません。
経済政策を建設的に議論しようというものではありません。本のタイトル通り「日本の死に至る病」、初めに結論ありきです。
アベノミクスの理論を支えるのは、浜田宏一(1936~)イエール大学名誉教授、元内閣官房参与です。
<アベノミクスのベースとなる考え方は、経済学の世界では「リフレ」と呼ばれるものだということです。私もその「リフレ派」学者の一人とされています」(『アベノミクスとTPPが創る日本』(浜田宏一 講談社 p.3)。
そして浜田は安倍政権の前の民主党政権を批判します。
総理の菅直人「増税すれば経済は成長する」、官房長官の枝野幸男「利上げすれば景気が回復する」、総理の野田佳彦「金融に訴えるのは世界の非常識」・・・浜田はこれらの発言を狂気であり、金融緩和という正しい薬をもって登場したの安倍総理だとしています(p.27~9)
アベノミクスは民主党政権の悪夢から生まれました。
アベノミクスの実行役は、岩田規久男(1942~)元学習院大学教授、元日銀副総裁です。
<マニタリーベースというのは、金融政策の緩和度を見るうえで重要な変数です。リーマンショック後、各国・地域の中央銀行が、どのくらいマネタリー・ベースを増やしたかを見てみましょう。最も増えたのがイギリスで4倍、アメリカは3倍(中略)、ところが日本銀行は東日本大震災前までほとんど増やしていません。(中略)日銀以外の各国の中央銀行は(デフレ回避の)超金融緩和政策をとったのです。それに対して日本はデフレに襲われ・・・>(『リフレは正しい』 p.36~7 岩田規久男 PHP)。
アベノミックスは、日銀の無策から生まれました。
アベノミクスの実行役のもうひとりは、本田悦郎(1955~)静岡県立大学教授・内閣官房参与がいます。
<アベノミックスがやろうとしているのは、長年凍り付いたデフレ予想を溶かし、2%程度の緩やかなインフレ予想を醸成して、それを現実のものにする、ただそれだけのことです(p.134)>
<アベノミックスに反対する人は「現状をどうすればよいのか」という建設的な提言をしようとしません>(『アベノミクスの真実』 p.135 本田悦朗 幻冬舎)
<ハーバード大学の故サミュエル・ハッチントン教授が喝破した通り、日本は「一国で一文明」を担う極めてユニークな国です>(p.219)
海外駐在の長い本田は、世界を知ればするほど、日本を知らなかった自分を反省しています。
アベノミクスを評価した米国の学者が、デール・ジョルゲンソン ハーバード大学教授(1933~2022)・元アメリカ経済学会会長です。
教授は、2012年にスタートしたアベノミクスが成果を上げていると評価し、5年後2017年に第2ステージへの提言をしています。
非製造業の生産性(とくに卸し・小売り)、これらは国内市場志向の分野の生産性が上がれば、日米の生産性格差は縮まる(日経 2017.11.30)。
アベノミクスを絶賛しているのではありません。
経済政策には功罪があります。ブループリント(青図)通りの結果はでません。
所得倍増計画、日本列島改造計画・・・そしてアベノミクス。
政策に名前がつき、失われた20年からの脱出、リーマンショックからの回避、デフレの終わり、国民に明るい期待感を持たせただけでも成功です。
では『日本の死に至る病:アベノミクスの罪と罰』から、アベノミクスへの経済学者の伊東光晴、金子勝、吉川洋の反対意見を紹介します。
まず伊東光晴(1927~ 一橋大学卒)。
安倍総理は<「祖父(岸信介元首相)を神様のように思っている。思い込みが激しい。改憲とやりたがっている・・・」>(『日本の死に至る病:アベノミクスの罪と罰』 p.88)。
<「思い込みの激しさが、(中略)五輪招致の際の福島原発汚染水の『アンダーコントロール』(完全制御)だ」>(p.89)。
浜田宏一について<「あの人は法学部から経済に転科した人。アベノミクスの中心は(岩田規久男)日銀総裁ですよ。ぼくはアカデミズムにおいて全く評価しない」>(p.92)
日銀黒田総裁のについて<「だめですね。なにもわからないんだから」>(p.91)。
筆者が大学時代(60年前)の伊東光晴はかっこよかった、しかしいまやその発言は、「下品」なだけです。
伊東光晴は、浜田宏一、岩田規久男、黒田東彦のだれと比べても、学歴と経験で格下です。
フリードマン云々には鼻白みます。
先方はノーベル経済学賞、コチトラは田舎学者・・・。
あきれたのは、安倍総理の2013年五輪招致プレゼンテーション批判です。
安倍はプレゼンで「原発汚染水の完全制御」などと言っていません。
「Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage in Tokyo.」
(フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。)
プレゼンの文案は安倍晋三の「思い込み」ではありません。
フクシマについての1行は、日本の頭脳の集積とイギリス人のプレゼンの専門家の知恵が生み出したものです(『世界を動かすプレゼン力』 p.116~130 ニック・バーリー 佐久間裕美子訳 NHK出版)。
国際舞台で仕事をしていない「田舎学者」の伊東光晴はプレゼンのむずかしさを知りません。
安倍のプレゼンを誤解しています。「サンデー毎日」は誤報しています。
次は金子勝(1952~東京大学)。
アベノミクスのどこを批判したいのか、金子は何を提案したいのか、さっぱりわかりません。
大言壮語の最後に金子は、若者の非正規と失業に対しては安倍政権は無策である、として以下のように言います。
<ナチスですよ。第1次大戦後の大恐慌と過大な賠償でナショナリズムが台頭する。ナチスがやったのはアウトバーン(高速道路)を作ってフォルクスワーゲンを開発し、1家に1台持たせたこと。だから圧倒的に若者の支持を受けてしまった>(p.143~4)。
逆に質問します。だれが、ヒトラーへの道を開いたのですか、残念ながらヴァイマル共和国の民主主義のリベラルです。
<(理性主義のリベラルは)理論については過激、行動では遅疑逡巡、反対するときは強硬、権力を握れば無力、机上においては正しく、政治おいては無能である>(『産業人の未来』 p.190~1 P.F.ドラッカー ダイアモンド社)。
ドラッカーは、オーストリー生まれユダヤ人として民主主義からヒトラーが誕生するのを目撃し、イギリスからアメリカに移住しています。
『産業人の未来』は1942年に刊行されましたが、まるで80年後の金子勝の登場を予言しているかのようです。
次に吉川洋(1951~ 東京大学・イエール大学)
2016年時点で吉川はアベノミクスは「現在完了で失敗」としています。
<アベノミクスを支えるリフレ説、つまり物価動向は市場に出回る貨幣量で決まる、としたフリードマンらの経済学説自体が正しくなかった>(p.75~6)としています。
吉川は小泉、福田政権を支えてきた経験があるだけに、余計なことを言いません。
しかし世界の誰が、伊東光晴や吉川洋のフリードマン批判に耳を傾けるでしょうか。
フリードマン(1912~2006)とは、どんな経済学者なのか。
1)フリードマンは、恐慌(1929年)からアメリカ経済と世界経済を救いました。
フリードマンは<恐慌は連邦準備制度理事会が起こした>と指摘しました。
1930年代の大不況は、中央銀行がお金を出すべきときに、お金の発行を減らしてしまったことにありました。
2)フリードマンは、レーガン政権とサッチャー政権に貢献しました。
ケネディ大統領の「ニュー・エコノミックス」、ジョンソン大統領の「偉大な社会」、ケインズ的な財政政策で経済成長が図られ、完全雇用を達成します。
その時代にフリードマンはケインズ政策を批判していました。
現実はフリードマンの予測通りになります。スタグフレーション。つまり、スタグネーション(停滞)とインフレーション(物価上昇)が同時に起こる、「不況下のインフレ」になります。
フリードマンは、ケインズ的総需要管理政策への対立軸として、貨幣供給量により経済成長とインフレをコントロールすることを目指しました。いわゆるマネタリストの政策です。
1980年にフリードマンの市場規制の緩和を掲げるロナルド・レーガン大統領が当選、1979年にはフリードマンの「小さな政府」のサッチャー政権が登場、
反ケインズ派の勝利、新自由主義政策、フリードマンが世界を席巻します。
3)フリードマンはアダム・スミス、ハイエクの直系の古典派経済学者です。
基本は自由競争、権力からの自由です。国家の財政政策、国家による福祉政策を否定します。
「機会の平等」はいいが、「結果の平等」を求めるのは間違い。それでは平等も自由も達成できないからです。
(『選択の自由』 M&R・フリードマン 西山千明訳 日本経済新聞社)。
倉重篤郎は本書の中で、アカデミズムからのアベノミクスへの異論が少ないと嘆いていますが、真正面からフリードマンと対決し、浜田、岩田、本田とディベートできる学者がいないからです。
そして、安倍内閣の安全保障。
外交、経済に続いて安倍総理の「安全保障」をとりあげなければなりませんが、ここでは省略します。
前国家安全保障局長・北村滋の「追想・安倍晋三内閣総理大臣」(『文藝春秋』2022.9)あるから十分です。
ただ北村茂のひとつの証言を紹介しておきましょう。
<安倍総理はインテリジェンス・ブリーフ(諜報報告)に多くの時間を割き、情勢認識を事実で検証していました>。
安倍はあの柔和な笑顔の下で、外交上に仕掛けれられた地雷を巧みに避け、遅れて立ちながらも先手を取る「後の先(ごのせん)」の政治家であったということです。
最後に人間・安倍晋三の評価をまとめておきます。
御厨貴(東大名誉教授)は、『安倍晋三回顧録』という本を通じて、安倍晋三を評価しました。
<『安倍晋三回顧録』は、「闘争の記録」で、最後には政治家安倍の人間そのものを見出してホッと安堵した気持ちになる>と評しました(日経2023、3/25)。
これ以上の賛辞はありません。
つぎに前国家安全保障局長・北村滋は、安倍晋三元総理は「国士」だ、比喩的に讃えました。
「国士」とは憂国の士で、国のために尽くし、国のために、自らの命を差し出す人のことで、ふつう在野の人の形容です。
しかし安倍晋三はまさしく「国士」でした(『文藝春秋』2022.9)。
そして幻冬舎・見城徹。
「とにかく安倍さんは信義、義理、忠義、仁義なと『義』の付くものを守り抜く人でした」(『Numero Tokyo』 160 p.170)。
安倍晋三は「義人」(自分の利害を考えず他人の苦しみを救う人)、義の人でした。
安部政治の話が長くなりなりました、石破茂に戻ります。
5、小室直樹
『保守政治家 石破茂』で注目しなければならないことがあります。
それは石破茂が、「小室直樹の著作からは大きな影響を受けました」、と述べていることです(p.200)。小室直樹とは何者なのでしょうか。
まず、小室直樹のGHQの教育基本法批判。
小室は、<日本の教育から徹底して民族教育の要素を除去する。「非アメリカ的」(カギカッコは筆者)な教育をすることによって、日本がふたたび強国になる道を塞(ふさ)ごうというのである>(『日本国憲法の問題点』 小室直樹 集英社インターナショナル p.168)と主張します。
つまり民族国家においては祖国愛を育てることが教育の目的で、その意味で「大日本国帝国憲法」と「教育勅語」こそが民主主義的アメリカ的教育であった、と逆説的に説いています。
安倍晋三は、教育基本法の改正をしました。
「新教育基本法」の(教育目標)第二条の5には「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」が書き加えられました。
わずかですが、小室批判に安倍は応えました。
つぎに、小室直樹のGHQの日本人洗脳計画批判。
<日本人はGHQによって、日本人の誇りを奪われた>、
<日本人が「南京大虐殺」をやったと脳裏に叩きこまれたからである>、
<日本の歴史は間違いだった、日本軍は大虐殺をやった、日本人は悪い人間である>。
GHQは言論統制と検閲で、日本人をマインドコトロールし、日本人をアノミー状態(無規範、無連帯)にしました(『日本国民に告ぐ』 小室直樹 ワック株式会社 p.271~2)。
安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」を掲げますが、まさに「日本人洗脳計画」からの脱却です。
そして、そして小室直樹のGHQ製の「象徴天皇」批判。
<日本人とユダヤ人とは神によって土地を約束された>、<天照大神は、「葦原の瑞穂の国は王(きみ)たるべき地(くに)なり」と皇孫瓊瓊杵尊(ににぎのおみこと)に神勅を下された>(『「天皇」の原理』 p.11 小室直樹 文藝春秋)。
<伊藤博文の慧眼によって、立憲政治国家・大日本帝国を作りあげるために(中略)「天皇」は、キリスト教的な神になった>(『奇蹟の今上天皇』 p.95 小室直樹 PHP )。
実は、小室直樹は「日本国憲法第一章天皇」を、議論のテーマにしません(回避しています)。
そのかわりと言っては何ですが、三島由紀夫の日本国憲法第一章の改正案に触れています。
<第一条 天皇は国体である。第二条 天皇は神聖である。第三条 神勅を奉じ祭祀を司る>(『三島由紀夫が復活する』 小室直樹 毎日ワンズ p.187)。
三島由紀夫の憲法改正案を小室直樹は支持しています。
『保守政治家 石破茂』で石破茂は、<寒風吹きすさぶ中、若き昭和天皇は、微動だにせず観閲されていた。それに凄く感激した。こんな立派な人がいるのかと思った>(p.116)という感想を持った父・石破二郎を、偲んでします。
そして自らも皇室崇拝者であると記しています。
さらに、小室直樹の東京地検特捜部批判。
1983年(昭和58年)検察官は被告人・田中角栄に、受託収賄罪と外為法違反の罪で懲役5年、追徴金5億円を求刑します。
テレビは朝日の番組に出演した小室直樹は、スタジオで絶叫します。
<「田中を起訴した検察官が憎ーいッ!」(中略)
「あの四人の検事を殺せッ!まとめて殺せッ!ぶっ殺せェーーーッ!」>
「田中に五兆円をやって無罪にしろッ!!>(『評伝 小室直樹』 下 p.81)。
また翌日のテレビ朝日の別の番組で、小室は怪気炎を吐いています。
<政治家は賄賂をとってもよいし、汚職をしてもよろしい。それで国民が豊かになればよいのです。政治家の道義と小市民的道義とはまったく違います>(p.85)。
全くその通りです。
「奇人」小室直樹が生きていれば、「森友問題」、「加計問題」、「桜を見る会」は、小市民的道義の問題と却下するに違いありません。
小室直樹(1932~2010)は、京大、東大、阪大で学び、アメリカに渡りました。
ミシガン大学で計量経済学、マサチューセッツ工科大学でポール・サミュエルソン、ハーバード大学でケネス・アロー、さらに社会学のタルコット・パースンズに学んだ天才学者です。
デビユーの「社会動学の一般理論構築の試み」(「思想」 岩波書店 1966年)は、数学的な社会変動論で、その抽象度の高さに日本の社会学会は騒然となりました。
有名にしたのは、『ソビエト帝国の崩壊』(小室直樹 光文社カッパブックス 1980年)、世界で初めてソ連の崩壊を予言しました。
歴史は1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年のソ連邦の崩壊と、小室直樹の予言通りになりました。
しかし石破茂が小室直樹のどこに影響を受けたのかよくわかりません。
小室直樹は結論は衝撃的ですが、すべて議論をアカデミックな方法論から出発させています。
たとえば前出の『「天皇」の原理』は、<日本人とユダヤ人とは神によって土地を約束された>ように訳のわからないことから始まり、本の三分の二はユダヤ人とユダヤ教の神の話で天皇なんか出てきません。
東大出身の社会学の先生は、橋爪大三郎、宮台真司、大澤真幸以下すべて、自主講座「小室直樹ゼミ」で学んでいます。。
怪気炎の「奇人」ですが、その理論は、社会科学の難解な基礎理論に溢れています。
石破茂が小室直樹の本をどこまで理解していたかはわかりません。
石破茂は「兵器オタク」、そして小室直樹も「兵器オタク」、そこだけの影響でなければいいのですが。
6、戦後レジームからの脱却
冒頭に倉重篤郎が、「もう、この男しかいない」と具体的に石破茂の名をあげたのは、まさに清水の舞台から飛び降りるような「快挙」と評価しました。
なぜこれが毎日新聞の革命になるかを説明します。
<安倍の葬式はうちで出す>。
かつて朝日新聞は、こう言明しました。
朝日新聞の論説主幹であった若宮啓文(わかみやよしぶみ)は、「朝日はなぜ安倍を叩く、いいところはきちんと認めろ」との文芸評論家・小沢榮太郎の問いに対して、「できません」と答えました。
さらに「何故だ」の問いに、「社是です」と答えました(『約束の日 安倍晋三試論』 p.3~4 の要約 小沢榮太郎 幻冬舎)。
<安倍の葬式はうちで出す>。
この姿勢はおそらく毎日新聞も同じです。
大東亜戦争を主導した東條英機内閣の商工大臣岸信介の孫・安倍晋三は、戦前を全否定する「平和と民主主義」の敵で、「人権・平等・自由のリベラリズム」の敵だったからです。
GHQの機関紙としては許せないからです。
安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」を掲げていました。
「戦後レジーム」とは、日本国憲法、「太平洋戦争」論、東京裁判で、日本が米国に復讐できないようにしたものでした。
「戦後レジーム」とは、戦後になって米国が日本に仕掛けてきた、戦前の日本を全否定し、日本の歴史と伝統を破壊する「文化の戦争」でした。
「戦後レジーム」とは、「超ドメ(極端に内向き)官庁」(『国家の罠』 佐藤優 新潮文庫)の東京地検特捜部です。田中・ロッキード、ホリエモン、カルロス・ゴーン、東京五輪事件で、国益を全く考えない起訴をして、世界に恥をさらしています。
「戦後レジーム」とは、護憲、反原発、靖国参拝批判、「天皇制ファッシズム」批判の論調です。朝日・毎日も「超ドメ新聞」になっています。
「戦後レジーム」とは、「ハーメルンの笛吹き男」に導かれて海に没して行ったネズミのように、リベラリズムのメロディで日本民族を滅ぼそうとするものです。
歴史人口学者のエマニュエル・トッドは、少子化で悩む日本とドイツが米・英の核家族のリベラリズムの価値観に対応しようとして直系型家族の価値観に機能不全を起こしている、と衝撃的な議論を展開しています(『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』 下 p.175 エマニュエル・トッド 文藝春秋)。
<歴史と伝統がある君たち日本人に、新参者のアングロ・サクソンのリベラリズは似合わないよ>。
トホホホ!!日本人がフランス人からアドバイスを受けるなんて・・・・・・なんともみっともない。恥ずかしい。
さらに少子化に対しては<戦後GHQが仕掛けた人口戦に日本が敗北したもの>(『日本の少子 百年の迷走 人工をめぐる「静かなる戦争」』 河合雅司 新朝選書)>(『保守政治家 石破茂』 p.245)という研究が私たちを驚かしています。
ポツダム宣言の10に「我々は日本人民族を奴隷化したり、国民を滅亡させる意図を有さないが・・・」(We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation.)とあります。
<日本人を民族として奴隷にする(be enslaved as a race)><日本国民を滅亡させる(destroyed as a nation)>。
化けの皮がはがれたな、白人帝国主義者ども。<本来なら、黄色人種の日本人は奴隷か、皆殺し>・・・・・・よくわかったぜ。これが占領政策の基本なんだね。
結論。
自由民主党の立党宣言「党の使命」には、<占領政策の方向が、主としてわが国の弱体化に置かれていたため、憲法を始め教育制度その他の諸制度改革に当たり、不当に国家観念と愛国心を抑圧し、また国権を過度に分裂弱化させたものが少なくない>とあります。
ひとことで言うなら占領時の諸政策は、日本を分裂・弱体化するためのものでした。ですから「党の政綱」には<現行の憲法の自主的改正>があります。
「もう、この男しかいない」の『保守政治家 石破茂』という本を朝日・毎日の記者はどう受け止めるでしょうか。
倉重篤郎の石破茂支持は、戦後レジームからの脱却し、GHQの機関紙を返上する、毎日新聞(そして朝日新聞を巻き込む)の革命になりました。
倉重篤郎がバッシングを受けるようでしたら日本はまだまだ、支持されるようでしたら日本の未来に光です。
End