THE TED TIMES 2025-11「映画『正体』」 3/12 編集長 大沢達男
映画『正体』と映画『敵』の共通する日本映画の内弁慶。
1、『正体』
映画『正体』(藤井道人監督 松竹)は、死刑囚・鏑木慶一(かぶらぎけいいち=横浜流星)が脱獄しさまざまな人に出会い世の中を知り、自らが18歳の時に犯したとされる殺人事件の真相を明らかにしていく、という物語です。
逃走は1年以上にわたります。
鏑木は、ライター、建築現場の作業員、介護士・・・などの仕事につき変装して逃走します。
横浜流星はその鏑木の七変化(五つの顔を持つ逃亡犯)を巧みに演じ、日本アカデミー賞主演男優賞を受賞します。
横浜流星はNHKの大河ドラマ『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)を演じる、日本を代表する男優になっています。
「横浜流星(よこはまりゅうせい)」が本名というもの驚きです。
横浜流星の七変化で、すぐに米映画のグレン・パウエルの映画『ヒットマン』を思い出しました。
『ヒットマン』はグラン・パウエル(ゲイリー)が、殺人依頼をされるおとり捜査官になり七変化をし依頼者(犯人)に接近し、逮捕する物語です。
映画の面白さは、ゲイリーと犯人のやりとりの会話を、捜査本部が盗聴していることです。
ゲイリー(グレン・パウエル)は違法スレスレ、プロの悪党以上の、C調なセリフをはき、抱腹絶倒の映画にしています。
その点『正体』は真面目です。横浜流星の美貌が目立つばかりで、お笑いはありません。
グレン・パウエルとは言わないまでも、山田洋次監督のような笑いがあったほうがいい・・・。
2、冤罪(えんざい)
と、ここまで書いて、別の映画館で映画『正体』のパンフレットを入手しました。
新書版のように活字が並ぶ読み物でした。
そのなかでスタッフもキャストも、みなさん自画自賛、映画制作に酔っていました。
違うんじゃない?
そこで改めて映画を考え直しました。
映画のテーマは冤罪です。
不完全の人が不完全の人を裁くからには必ず間違いがあるという、主張です。
そしてもう一つは、人を信じるという、人間性の主張です。
殺人犯とされた鏑木がイイ奴です。そして彼を追う警視庁の刑事も好漢です。
なぜ冤罪が行われたか。
警察や検察の捜査が強引だったという主張はありません。
たった一人の生存者の目撃証言があったからです。
ただ疑問は残ります。
目撃証言を裏付ける科学的な証拠を、なぜ弁護人は請求しなかったか、です。
警察が突入してきたとき犯人とされた鏑木は、殺人に使われたカマ(鎌)を持っていました。しかし被害者は複数でした。
犯人に付着していた血液型は複数であるはずです。しかし鏑木には一つの血液型しか付着していないはずです。
そして鏑木は学校からの帰り道に、犯行後の事件現場に、遭遇しています。
下校時間と友人たちの証言を集めれば、犯行時間に犯行現場に行くことができない、アリバイが証明できるはずです。
問題にしなければいけないのは、間違いを起こす人間ではなく、弁護人の無能ということになります。
細かいことを言って映画にケチをつけようとしているのではありません。
『ヒットマン』に比べて、『正体』はリアリティがないことを指摘したいのです。
高校時代に死刑囚になり、逃走した男がライターとして通用するでしょうか。文章を書くとはそれほど甘いものでしょうか。
工事現場で骨折した男に治療費が支払われないでしょうか。絵に描いたような違法を描くことで工事現場の本当の矛盾を見逃しているとしか思えません。
パワハラはもちろんですが、工事現場には外国人労働者が溢れています。
『正体』は世間知らず、リアリティがなく、社会を告発していません。
対して『ヒットマン』は実在の潜入捜査官の記事をもとに作られた映画です。
リアリティがあるから、そんなパカな、と笑えるのです。
3、『敵』と『正体』
東京国際映画祭グランプリ『敵』、日本アカデミー賞優秀作品賞『正体』に共通することあります。
ともに内弁慶の映画です。
『敵』は、かつてフランス文学を研究していた年老いた学者の物語です。映画は山手の目白あたりを舞台にしていますが、外国人の登場者はいません。
フランス、ヨーロッパ、NATOは全く問題にならず、サルトルやカミユすらも。教え子の女子学生とイチャイチャし、死んで行く映画です。
『正体』も同じです。大阪、東京、そして長野県諏訪、舞台はいろいろ変わりますが、外国人がドラマに絡んでくることはありません。
現実の工事現場とさまざま職場には外国人労働者が溢れています。
いま日本で起きて問題の全てはグローバルな問題なのに鎖国し、国内では西欧流のリベラリズム思想で人間性を語る、内弁慶がいやなのです。
笑われるの覚悟で言います。
木村拓哉の映画『グランメゾン・パリ』ではグローバルサウスへの熱いメッセージがありました。アカデミー賞ではなく国民栄誉賞がふさわしい映画です。
さらに笑われるの覚悟で言えば、
冤罪を扱うのなら「東京裁判」(極東国際軍事裁判)を取り上げるべきです。あれから日本の歴史は滅茶苦茶になりました。あれこそ米英と世界に向けて冤罪、再審を請求すべきです。
『敵』と『正体』は鎖国しています。これでは日本は滅びます。
4、横浜流星
横浜流星様
誤解のないように言っておきます。
流星さん、あなたの演技は日本アカデミー賞主演男優賞の受賞に値します。
告白します。
実は映画『春に散る』を見ています。
沢木耕太郎さんのファンで、小説『春に散る』も読んでいます(自称・「沢木がライバル」。沢木さんは横浜国立大学、私は横浜市立大の同世代)。
それ以上に、かつてはボクシングの熱烈なファンでした。
ところが映画は全く気に入らず、あなたの芝居を全く覚えていません。
あなたがボクシング・ライセンスをとるほどの猛練習したことも見抜けませんでした。
申し訳ありません。私の映画とボクシングを見る目は節穴です。
ところで流星さん、『若者たちのすべて』(ルキノ・ヴィスコンティ監督)をご覧になりましたか。
昨年亡くなられたアラン・ドロンがボクシングをする映画です。
私はあの映画を昨年のベストワン・ムービーに選びました。1960年の作品で2024年のベストに選ぶのはルール違反ですが、アラン・ドロンを偲んで再上映されたからです。
『若者たちのすべて』(フランス語 Rocco et ses frères = ロッコとその兄弟)は映画の中の映画です。
題名はフランス語で覚えてください。でないと外国の映画人と話すときに通用しません。
アラン・ドロンのボクシングはなかなかいいです。
横浜流星さん、世界に雄飛してください。ご活躍をお祈りします。