母親は死んだ。

コンテンツ・ビジネス塾「女性の品格」(2007-50)12/18塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

○だれが、なぜ、「女性の品格」を買ったのでしょうか。
230万部突破、2007年でいちばん売れた本は、坂東真理子昭和女子大学長が書いた「女性の品格」(PHP新書)です。何が書かれているか。「装いから生き方まで。強く、優しく、美しい女性になるための66の法則」(本の帯から)です。たとえば、1)礼状をこまめに書く。パーティーに参加したら、電話やメールではなく、手紙を書きましょう。2)地位の低いものにも丁寧なことばを使うべきです。「整理しておいて・・・」「電話して・・・」ではなく、「整理しておいてもらえますか」「電話しておいてもらえますか」などというふうに。3)それは商品やサービスの売り手に対してもです。「いいわよ、来てちょうだい」では、ないのです。「恐れ入ります、ご足労かけますが、どうぞいらしてください」と言うべきなのです。4)無料のものをやたらもらわない。宣伝付きのポケットティッシュです。5)さらに、コミュンケーションでいちばん大切なのは、聞くこと。傾聴することです。6)そして相手をほめること。セールスの名人はほめ上手。ほめることが相手の心のドアを開く鍵なのです。こんな感じで66の法則が語られています。著者も言っていますが、女性の品格とは人間の品格、とりわけ女性限定というものはないのです。女性のおしゃべりのように平易に書かれた文章のうまさが際立ちます。
それにしてもだれが、なぜ、この本を買ったのかを想像してみたくなります。衣食足りて礼節を知るというのですから、最近富裕層の仲間入りをし、上品さを気にし始めた成金でしょうか。仕事で実績をあげて、こんどは自分自身のブランド力のアップを狙っているキャリア・レディでしょうか。焼き鳥と居酒屋のオヤジギャルへの反省からでしょうか。
○「品格」という言葉のむずかしさといやらしさ。
坂東先生は「女性の品格」を、昨年のベストセラー「国家の品格」(藤原正彦 新潮新書)の各論と位置づけています。「国家の品格」のテーマは、アメリカ化によって国柄を失った日本への警告と提案です。それにしても「品格」という言葉はわかりにくい。品格とは、品位、気品。品位とは人に自然とそなわっている人格的価値。気品とはどことなく感じられる上品さ。では品とは、風格、人がらです(広辞苑 岩波書店)。堂々巡りです。藤原先生は、「金銭至上主義に取り憑かれた日本人」は、卑怯で下品だと断罪します。坂東先生も、「勝てば官軍」「稼ぐが勝ち」というような生き方は卑(いや)しいと言います。しかし「市場原理主義者」や「稼ぐが勝ち」と信じている日本人が本当にいるのでしょうか。経済学の初心者でも、自由と統制のミックスチャーを知っています。マーケティングの教科書の冒頭には、顧客満足(CS)が書いてあります。ひとりひとりが夢を追求する時代です。ボランティアをしたい、クリエイティブな仕事をしたい、国際貢献をしたい。そんななかで、おカネ儲けを目標に掲げる若者がいても不思議ではありません。それより問題なのは、マネーゲームには縁がない下流の人々、徹夜でバイトしなければ学校に通えない学生がいることなのではないでしょうか。「品格」はいやらしい。満ち足りたもの、エリート、勝ち組の話題としか思えません。
論語は明解。
「母親が子ども思うことほど利他の心はない。ここに道徳の根源をおくべきである」(「道徳 梅原猛の授業」梅原猛 朝日新聞)。残念です。坂東先生は母を忘れています。女性の品格で母は語られていません。日本の女性たちは、子どもを産みません。母を忘れようとしています。
国家の品格も、残念です。藤原先生は中国を忘れています。欧米に武士道を説いてまわれ、世界を救うのは日本だと言います。しかし武士道の根幹にあるのは論語です。論語とは、いまから2500年前に中国に生きた孔子の教えを、弟子たちが文字にして残したものです。1)「利に放(よ)りて行えば、怨み多し」(放於利而行、怨多。自分の利益だけを優先して行動していると、人の怨みを買う)。2)「己れの欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ」(己所不欲、勿施於人。自分がしてほしくないことは、他人にもしないことだ「心にひびく論語」中村信幸監修 永岡書店)。
2冊の本をたったの2行で片付けてしまいます。論語を読めば、「品格」という題名がついた本を手にする自分が、下品に思えてきます。「品格」という言葉に、退場してもらいたくなります。
(坂東先生は新著「親の品格」を発表しました。そこでの「母親」は、もはや死んでいます。)