「三島由紀夫」のようには誰も書けませんが、将来のAIなら書けます。

THE TED TIMES 2024-13「三島由紀夫」 3/29 編集長 大沢達男

 

三島由紀夫」のようには誰も書けませんが、将来のAIなら書けます。

 

1、モテない男たち

三島由紀夫の代表作といわれる小説『金閣寺』を読んでの感想は、あまり情けないので言うのをためらいます。

思い切って言えば、これはモテない男たちの話で、さらにあまりにも失礼ですが、女を知らない男たちの話です。

私は三島が亡くなった時の倍に近づいている高齢というだけで、ドンファン、ジゴロ、プレイボーイでもありません。

偉そうにオンナを語れるオトコではありませんが、年寄りの戯事(ざれごと)として、ご容赦ください。

1)失恋

まず『金閣寺』は、吃りの主人公溝口の有為子(ういこ)への失恋物語です。

中学生の溝口は、近所に住む舞鶴海軍病院の特志看護婦(従軍看護婦)で、目が大きく澄んでいる有為子を好きになります。

ある晩、有為子の体を思って、暗鬱な空想に耽って、ろくに眠れなくなり、ストーカーのような行動に走ります。

しかし溝口は有為子に拒否されます。

有為子は死んでしまいますが、溝口の中に有為子は永遠の存在として生き残ります。

それは小説の終章近くになって有為子が思い出が登場することでもわかります。

溝口は、遊郭街五番町でまり子という娼婦と同衾しますが、心では有為子のことを考えていました。

「(有為子と)、もっと烈しい、もっと身のしびれる官能の悦びをすでに味わっているような気がする」(p.290)。

そして金閣寺への放火を決行する、完全に失恋物語、溝口は有為子だけのために生きました。

オンナにモテなかった男の失恋物話です。

2)恋愛

溝口が関係した有為子の他の女性は、下宿の娘、生花のお師匠さん、五番町の娼婦まり子だけです。

素人の二人はともに、友人の柏木によって溝口にあてがわれたものです。

柏木はモテたようですが、違います。自らの身体障害をネタに女を手に入れています。

好きとか嫌いとか、愛だとか情だとか、言える筋合いのものではありません。

恋愛ではありません。柏木も溝口もモテたわけではありません。

さらに遊郭街五番町で、溝口はまり子と知り合いますが、これは商売女です。

加えて、鹿苑寺の老師も五番町の馴染みの客でした。

老師と芸妓の同行を溝口が目撃したことから、溝口と老師の関係も複雑になっていきます。

有り余る鹿苑寺の資金で老師は遊んだ、当たり前のようですが、嘘があります。

老師はモテなかったからです。

モテない男が遊郭で遊ぶ、それはいまも昔も変わりません。

つまり『金閣寺』はモテない男たちのそろい踏みの話です。

3)官能

金閣寺』の主人公である溝口は女と交わると、快楽、官能、満足を必ず口にします。

それは誤解。

恋と愛がなければ、やさしさとおもいやりがなければ、満足は訪れません。

性とは、「和を以て貴しとする」(強姦ではなく和姦)、「客よし店よし世間よしの三方よし」(彼女満足、僕満足、過度なSMは避ける)、「滅私奉公」(よがらせること)です。

性とは、「コミュニケーション(愛の交信)」、「プレゼンテーション(性技の提案)」、「ネゴシエーション(恋の駆け引き)」、「カスターマーズ・サティスファクション(よがらせること)」です。

身を粉にして相手に尽くさなければ、抱擁、愛撫、性交は、快楽、官能、満足に、直結しません。

溝口は中学時代の有為子との関係(ただ見つめていただけ)で、身のしびれる官能の悦びがあったと、回顧しています。

それも誤解。

性は一人で楽しむものではありません。

・・・では、『金閣寺』の全体を読み直してみましょう。

 

2、小説『金閣寺』の再読

第1章

私(溝口)は舞鶴の岬にある寺の住職の子として生まれた。

中学校に、舞鶴海軍機関学校の生徒が遊びに来たとき、私は仲間に加われなかった。

吃りだったからだ。

近所の有為子(ういこ)を心を惹かれ、ストーカーのようなことをし、嫌われた。

「私は今まであれほど拒否にあふれた顔を見たことがない。私は自分の顔を、世界から拒まれた顔だと思っている。」(p.19)

しかし彼女はある事件で突然死ぬ。

春休み。病の父は私を住職に紹介するために、金閣寺を訪問する計画を立てる。

金閣寺は美しくなければ、ならなかった。

「私はまた、その屋根の頂に、永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰を思った。この神秘的な金いろの鳥は、時もつくらず、羽ばたきもせず、自分が鳥であることを忘れてしまっているにちがいなかった。しかしそれが飛ばないようにみえるのはまちがいだ。ほかの鳥が空間を飛ぶのに、この金の鳳凰はかがやく翼をあげて、永遠に、時間のなかを飛んでいるのだ。」(p.27)。

しかしその旅は物悲しかった。

金閣を美しい、と思うことはできなかった。

父は住職に「この子をな、・・・・・・」と頼んでくれた。

自宅に帰り、金閣はだんだん私の心に、実在するようになり、金閣の全貌が鳴りひびくようになる。

「地上でもっとも美しいものは金閣だ、お父さんが言われたのは本当です」(p.39)。

しかし父は死ぬ。

中学時代の溝口が、学校に遊びに来た先輩の舞鶴陸軍機関学校学生の短剣の柄に、傷をつけるシーン、そしてもうひとつ海軍の脱走兵が溝口が愛した有為子と死ぬシーンがあります。

何かを暗示する海軍に対する象徴的な出来事ですが、概念的すぎる、なんとなく作り話のような気がしました。

しかし鳳凰が時間の中を飛んでいるという一連の描写の名文には驚くだけです。

 

第2章

父の遺言通り、私は金閣の徒弟になる。

金閣は、戦争の暗い状態を餌にして、いきいきと輝いているように見えた。

米軍はサイパンに上陸していた。

やがて本土空襲、金閣が灰になることは確実になった、という考えが私に生まれた。

寺の同僚に鶴川という東京近郊の裕福な寺の子弟がいた。

鶴川は吃りの私をからかわなった。

「『だって僕、そんなことはちっとも気にならない性質(たち)なんだよ』」(p.56)

「私は愕(おどろ)いた。田舎の荒っぽい環境で育った私は、この種のやさしさを知らなかった。

私という存在から吃り差し引いて、なお私でありうるという発見を、鶴川のやさしさが私に教えた。」(p.56)

終戦までの1年間、私は金閣の美に溺れた。

「私を焼き滅ぼす火は、金閣をもまた焼き滅ぼすだろうという考えは、私をほんどんど酔わせたのである。」(p.59~60)。

私と鶴川は南禅寺で思わぬ光景を目撃する。

長振袖の女と若い軍服の陸軍士官の男。女は自らの乳を搾り茶に入れ、男に飲ませたのだった。

金閣の美に溺れた、とありますがその気持ちは、無教養な私には近づけるものではありません。

そして陸軍士官と乳を搾り飲ませる女、印象的ですが、作り話が過ぎると思いました。

しかし私も金閣も焼き滅ぼされるという美学的テーマがここで提示され小説は走り始めます。

そして「私」という主語の度重なる使用は、翻訳、つまりノーベル文学賞を狙っていると思わせました。

 

第3章

父の一周忌。

舞鶴中学校1年の夏休み帰省したときの思い出がある。

母と縁者の男、父と私の4人が同じ蚊帳の中で寝た。私が夜中に目を覚ました時、私の目は父の手で覆われた。蚊帳の中で私が見てはならないことが起こっていたのだ。

母が鹿苑寺に来た。

「彼(鶴川)は私のまことに善意の通訳者、私の言葉を現世の言葉に翻訳してくれる、かけがえのない友であった。(中略)私は写真の陰画、彼は陽画であった。」(p.72)。

母は私に言った。

「ええか。もうおまえの寺はないのやぜ。先はもう、この金閣寺の住職様になるほかないのやぜ・・・」(p.76)。

戦争が終わった。

金閣は音楽の怖しい休止のように、鳴りひびく沈黙のように、そこに存在し、屹立していたのである。『金閣と私の関係は断たれたんだ』と私は考えた」(p.81)

老師の講話があった。南泉斬錨(なんせんざんみょう)である。

敗戦は開放ではなかった。仏教的な時間の復活だった。17歳の私は決意していた。

『世間の人たちが、生活と行動で悪を味あうなら、私は内界の悪に、できるだけ深く沈んでやろう』(p.88)

金閣の見物はおいおい数を増した。

外人兵が娼婦を連れて見物に来た。

女を雪の上に仰向けに倒し、私に踏めと命じた。

私は実行した。

外人兵は外国煙草を2カートン私にくれた。

私は2カートンのチェスターフィールドを老師に差し出した。

「卒業次第、大谷大学へやろうと思っている。」(p.101)と、老師は私に告げた。

蚊帳の中での母の性行動の意味はよくわかりません。

さらに妊婦を踏みつけるシーンは、歌舞伎からの引用だそうですが、作り話にしか思えません。

しかし小説は「起承転結」の「承」の部分に入ります。

終戦により、滅びの金閣と滅びの私の関係は断たれ、金閣は永遠、私は破滅向かって疾走し始めます

 

第4章

娼婦が鹿苑寺に来た。私は流産した。金を貰いたい。老師は渡す。

私は何も知らされず、老師は不問に附した。私は籠に捕まえられた小鳥のようになった。

私は鶴川と大学に進む。

私に柏木という内翻足(ないほんそく)の友人ができる。

「君が俺に何故話かけてくるのか。ちゃんとわかっているんだぞ。溝口って言ったな、君。片端同士で友だちになろうっていうのもいいが、君は俺に比べて自分の吃りを、そんな大事だと思っているのか」(p.118)。

柏木は女の話をした。神戸の女学校を出た裕福な家庭の娘に愛された話、老いた寡婦の話、エロティシズムの論理の発明の話をした。

柏木と私は授業を怠けて、大学の外に散歩に出た。

そのとき一人の女が向こうから歩いてきた。

内翻足の柏木にどう感情移入すればいいのか、わかりません。

しかし読者は柏木に付き合わされます。

 

第5章

柏木は女が歩いてくる突先に崩折れた。

そして女に向かって、俺を置いてゆくのか、君のためにこんなざまになったんだぞ、薬ぐらいないというのか、と怒鳴り散らした。

私は柏木を令嬢の家の門に放置して逃げた。

金閣に向かい、私の心は和み、恐怖は消えた。

あくる日、柏木と学校で会った。「怪我だって?」、と彼はとぼけていた。

鶴川は、私と柏木の交渉を、快く思っていなかった。

5月、柏木と令嬢、柏木の下宿の娘と私は、嵐山に出かけた。

行きの電車の中で下宿の娘が、とんでもない話をした。

生花のお師匠さんに陸軍の将校の恋人がいた。親の許さね仲だったが子供ができた。

しかし死産。将校さんは戦地に行くことになり、お別れに母親のお前の乳を呑みたいと言った。

そこで薄茶に乳をしぼって入れ、飲ませた。その恋人は戦死した。

私と鶴川が南禅寺で見た光景である。私は黙って聞いていた。

嵐山で昼になった。令嬢持参の豪華な昼食になった。

柏木が突然、痛い!と叫び始めた。嘘だった。でも令嬢は脛をだき、接吻した。柏木は治ったと驚いていた。

二組は別れ、別行動になった。

下宿の娘は柏木と関係があると告白した。

私と娘は接吻した。私は手を女の裾のほうに辷(すべ)らせた。

そのとき金閣が現れた。

下宿の娘は塵のように飛び去り、私は幻の金閣に抱擁されていた(p.160~1の要約)。

鶴川が死んだ。又、私の孤独がはじまった。

私の金閣に対する感情も微妙に変化していた。

柏木とのプロットはあまり好きではありません。

 

第6章

孤独なある日、柏木が二菅の尺八を持ってやってきた。一つは自分用、もう一つは私へのプレゼントだった。

柏木は小曲を吹いた。そのたくみさに私はおどろいた。

「音楽ほど生命に似たものはなく、同じ美でありながら、金閣ほど生命から遠く、生を侮蔑して見える美もなかった。」(p.177)。

その後私は毎夜尺八の上達にいそしんだ。

尺八のお礼に寺の花を持って(盗み)柏木の下宿を訪れた。

令嬢はどうした?と柏木に聞いた。彼女は結婚したと答えた。

柏木は花を活け、そして生花の師匠は、子供を流産し夫を戦地で失い、男道楽をしている軍人の未亡人であることを明かす。

私は錯乱した。あの白い乳房に、すでに柏木の手が、触れているのだ。

やがてその彼女が下宿にやってくる。

しかし・・・柏木は、もうあなたに教わることは何もない、と女に手をあげ部屋から追い出す。

そして私に、女を追いかけてそして慰めろ、と促す。

私は女の家に上がり、私が南禅寺での出来事を話す。

女は驚き、なんという奇縁どっしゃろ、と心も体も許す。

乳房が金閣に変貌する。

「何故なら金閣そのものが、丹念に構築され造型された虚無に他ならなかったから。そのように目前の乳房も、おもては明るく肉の耀きを放ってこそおれ、内部はおなじ闇でつまっていた。」(p.194)。

「深い恍惚感は私を去らず、しばらく痺れたように、その露わな乳房と対座していた。」(p.194)。

そして金閣に帰った。

「いつかきっとお前を支配してやる」(p.196)

起承転結の「転」の部分が始まります。

陸軍士官と永遠の誓いと転生を願った女は、士官が戦死した後、未亡人として柏木の手に落ちていました。

海軍機関学校の生徒の短剣の柄に傷をつけた溝口にも天罰が加わろうとしていました。

愛や誓いなどに永遠などない、永遠は金閣の美だけに独占されていました。

 

第7章

「女と私の間、人生と私の間に金閣が立ちあらわれる。」(p.199)。

昭和24年の正月のことであった。

新京極で老師(住職)と芸妓(げいぎ)と思しき二人連れに出会う。しばらくしてまた二人に出会う。

「馬鹿者!私を追跡(つ)ける気か」(p.205)。

その叱咤で老師に間違いないことがわかった。しかし寺に帰ってからの老師はそのことに無言だった。

老師の無言はのしかかる不安になった。

私は祇園で、葉書大のその芸妓の写真を見つけ買い、新聞に挟み老師に届けた。

何の反応もなし、写真は私の机の抽斗に戻されていた。私は写真を切り刻んで捨てた。

その年の11月、私は出奔した。

一つは後継にするつもりはない、と老師に告げられたこと。

一つには学校の成績が悪く欠席が多いこと、を老師に叱責されたこと。

老師は写真の件も娼婦の強請(ゆすり)の件も触れなかった。

出奔の前日の朝、老師に呼び出された。

「亡くなったお父さんはどない悲しんでいられるやろ・・・・・」(p.222)。

柏木に3000円を借りた。条件は月々1割の利息だった。

10日の朝、神隠しにあったかのように、私は出奔した。

列車の中の禿頭の老人たち話が聞こえてきた。

金閣の年間収入は500万円。経費は、電気代、水道代・・・20万円。余った金は和尚が毎晩祇園で使っている。

訪れた舞鶴湾はすべてが変わっていた。

連合艦隊はすでになく、英語の交通標識があり、米国兵の往来(ゆきき)していた。

私は由良川の川口に向かった。

荒凉たる土地だった。

「そのとき何かの意味が私の心にひらめいた。」(p.240)。

金閣を焼かなければならぬ』(p.243)。

なんと師(住職)までも、花街の客でした。まあ小説だからいいのでしょうか。

溝口の転落も加速します。

さらに海軍機関学校があった故郷の舞鶴も米国兵に占領されていました。

永遠の金閣は虚無にしか過ぎない。

焼かなければならない、という結論に達します。

 

 

第8章

由良館に宿を取った。

なぜ金閣を焼こうと思ったのか。

「人間のようにモータルのものは根絶することができないのだ。そして金閣のように不滅のものは消滅させることができるのだ・・・」(p.246)。

内儀の通報で警察官がやってきて、連れ戻されることになる。

鹿苑寺では母が出迎えた。

「不幸者(ふこうもん)!恩知らず!」。母は私をうった。

冬が来た。

金閣がいずれ焼けると思うと、耐えがたい物事も耐えやすくなった。」(p.254)。

昭和25年3月17日に大谷大学予科を終了した。19日に満21歳になった。

5月のある日、柏木に会った。

「5000円だぞ」と彼は言った。

「・・・どうあっても、とるだけのものはとってみせる・・・」。

そして6月10日、柏木は老師のもとを訪れる。

老師は、金を柏木に返し、私にはもう寺におけん、と言う。

私の部屋に立ち寄った柏木は、鶴川の形見だといい、鶴川から柏木への数通の手紙を出す。

そして鶴川は失恋がもとの自殺であった告げる。

二人は親しい議論のやりとりをする。

「・・・美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ」、

私は言った。

溝口の没落の描写は見事です。

出奔した溝口の警察による保護、母の叱責、柏木による借金の最速、そして老師による溝口への破門の通告。

交響曲の最終楽章が始まるかの如きです。

 

第9章

柏木が金を取りに来た5日後に老師は、授業料、通学電車賃、文房具購入代として、私に4000円ちょっとをくれた。

授業料を使い果たせばいい。

6月18日、北新地の五番町に行った。この一角に有為子が生きていると信じていた。

まり子という女だった。

「私はたしかに快楽に到達していたが・・・」(p.288)。

「(有為子と)、もっと烈しい、もっと身のしびれる官能の悦びをすでに味わっているような気がする」(p.290)。

二度目は自堕落な満足だった。

「新聞に僕のことが大きく出ると思う」(p.293)

まり子は笑い出した。

6月25日朝鮮に動乱が勃発した。世界が確実に没落し破滅する。

金を娼婦に使い果たし破滅する、いかにも小説的です。

しかしその虚構は朝鮮動乱のひとことで現実に転化されます。

 

第10章

私はカルチモンと小刀を買った。

その日が来た。昭和25年7月1日である。

「細部の美はそれ自体不安に充たされていた。それは完全を夢みながら完結を知らず、次の美、未知の美にそそのかされていた。そして予兆は予兆につながり、一つ一つここには存在しない美の予兆が、金閣の主題をなした。そうした予兆は、虚無の兆しだったのである。虚無がこの美の構造だったのだ。」(p.321~2)。

「それにしても金閣の美しさは絶える時がなかった!その美はつねにどこかしらで鳴り響いていた。」(p.322)。

火は藁の堆積の複雑な影をえがき出し、その明るい枯野の色をうかべて、こまやかに四方へ伝わった。

私は駆けた。左大文字山の頂きまで来たのだった。

はるか谷間の金閣の方を眺め下ろした。異様な音がそこからひびいて来た。(中略)金閣の空は金砂子を撒いたようである。

小刀とカルチモンを谷底に投げ捨てた。

生きようと私は思った。

*

金閣は虚構の美。だから焼き滅ばさねばならない。難解です。

しかしその美は絶えず、鳴り響いている。これも難解。

しかし自らも滅びることを覚悟でいた溝口は最後に生を選ぶ、三島由紀夫は考えに考え抜きました。これが結論、これも難解です。

 

3、三島由紀夫

1)ピカソ

絵画はパブロ・ピカソで終わった、という話があります。

なぜなら、ピカソほどだれも上手く絵が描けないからです。

それでマルセル・デユッシャンは、便器を展示し、『泉』という作品にしたと言われています。

三島由紀夫も日本の小説界のピカソです。

三島の文章を読んだらお終い。自分には小説は書けない、だれもそう思ってしまいます。

さらに三島は『金閣寺』で自覚的にピカソを目指しています。

ノーベル文学賞のために、ザイン(現実)ではなくゾルレン(理想)へ文体の変革を、しています。

「私は愕(おどろ)いた。田舎の荒っぽい環境で育った私は、この種のやさしさを知らなかった。

私という存在から吃り差し引いて、なお私でありうるという発見を、鶴川のやさしさが私に教えた。」(p.56)

この二つの文章での「私」の多用はなんでしょう。

そして恐るべきは、ギリシャバロックロココアールヌーボー、西欧の美学の粋を集めた邸宅に、三島はスティール製の事務机を配置し、そこで小説を書いていたことです。

書くことは、観念を事務的に処理する、仕事でしかありませんでした。

2)共感

金閣寺』の構成は見事です。全10章が整然と並び、交響曲のように起承転結があります。

三島由紀夫という人の頭脳はどう構成されているのだろうかと思うほどです。

しかし登場人物には誰一人感情移入できる人がいません。やはり観念で作られた人物だからです。

たとえば『人間失格』(太宰治)の主人公には、これは僕だ、私の秘密が書かれている、と感情移入ができました。

溝口、鶴川、柏木、老師、だれもが小説の中だけのよそよそしい人としか思えませんでした。

そして冒頭の「モテない男の小説」という結論になってしまったわけです。

3)モテる男

三島由紀夫太宰治に対して、私はあなたの文学が嫌い、と言ったと伝えられています。

その通りです。

太宰治は、モテる男の文学、だったからです。

もうひとりモテる男がいます。

谷崎潤一郎です。

対して永井荷風はフランスへ行っても女を買っていました。その自慢話を読んでいて悲しくなってきました。

日本で、よほどモテなかった。

対して谷崎はいい男、モテモテでした。

さらにモテモテの石原慎太郎がいます。

石原は三島の才能を尊敬していましたが、いつも(肉体と行動を)からかっていました。

将来、三島の素晴らしい文章はAIが書けるようになります。

なぜなら三島の文章は卓越した頭脳の産物でしかないからです。

しかし石原の悪文はAIには無理。石原の文章には一度限りの行動の裏付けがあるからです。

AIにモテる男の小説は書けません。私はモテる男の文学が好きです。

 

End