モーツアルトの不思議な力。

コンテンツ・ビジネス塾「モーツァルト」(2008-05) 2/1 塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

セレンディピティ
怪我をして、仕事ができなくなり、長い間自宅で静養していたことがあります。朝夕に近所の池のある公園まで散歩をし、神社のまえで合掌し、昼間は読書と音楽という日々を過ごしていました。テレビは身体が拒否、音楽はモーツァルトだけ。ロック、ポップス、歌謡曲、さらにベートーベン、ドビッシーすべてのクラシックもだめ、モーツァルトしか聴けなかったのです。エッシェンバッハというピアニストのLPレコード4枚組ピアノソナタ曲集、そればかりを聴いていました。なかでもお気に入りはK331。イントロの4小節、ミファミソーソ、レミレファーファ、ドードレーレ、ミーソファミーレ、を聴いては涙を流していました。モーツァルトに出会ってしまったのです。
人生でたった一度の出会いを、脳科学の世界ではセレンディピティSerendipity 思いがけない発見・才能)と言います。脳の中にある1千億個のニューロン神経細胞)はシナプスで結びつき、ドーパミンなどの神経伝達物質を交換し、思考や感情を生み出しています。人との出会い、本や映画や音楽との出会い、ちょっとした間違いによる新たな思いつき、それによりニューロンニューロンの結びつきに革命的変化が起きます。それがセレンディピティです。脳の構造改革、脳の革命です。ノーベル賞的な発見や人類史を変えるような発明はこのセレンディピティから生まれています。
○天才の脳。
脳は新皮質(知的な人間の脳)、旧皮質(情動的なウマの脳)、古皮質(生物的なワニの脳)から構成されています。新皮質は大脳です。知的な精神活動は、前頭前野(ぜんとうぜんや)で行われます。旧皮質は、大脳辺縁系です。情です。好き嫌い、喜怒哀楽です。古皮質は生きる意思、食と性の欲です。映画「アマデウス」でわかるように、モーツァルトは「気品」や「品格」の芸術家ではありません。単なるエッチないたずら坊主です。天才と言うと知能指数・IQ ( Intelligence Quotient ) が問題にされます。モーツァルトは単なるIQの人ではなく、EQ ( Emotional Quotient ・感情指数)やSQ(Sexual Quotient 性欲指数)の人です(SQは筆者の造語)。
ではモーツァルトの音楽はどこから湧いてきたのでしょか。脳がする仕事は、側頭葉に記憶されているこれまでの音楽のデータベースをもとに、前頭前野がリズムとメロディとハーモニーの新しい組み合わせを考えることです。記憶ははじめ、旧皮質、大脳辺縁系の海馬(かいば)に短期記憶として蓄えられ、それがレム睡眠(浅い眠り)のときに新皮質の側頭葉に移され長期記憶になり、作曲のためのデータベースになります。なぜ傑作が生まれたか。他の作曲家にはないデータベースがあったから、音の組み合わせをどの作曲家より真剣に考えたからです。
「ぼくほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他に1人もいません。有名な巨匠の作品は、すべて念入りに研究しました」(モーツアルトの手紙から。 「すべては音楽から生まれる」茂木健一郎 PHP新書)。モーツァルトは天才、神童です。しかし神様ではありません。新・旧・古皮質のバランスがとれた脳の使い方をし、大量のインプットをもとに品質のアウトプットをした人間です。ひとことにすれば、知的に情的に性的に生き、学習をしながら仕事をした人です。
贈る言葉
凡夫のセレンディピティは、モーツアルトとの出会いでした。脳は、「耳をすます」ことを、マスターしました。それはやがて、万葉集や古典を読むこと、日本語に耳を傾けることに発展し、文章を書くことにつながっていきます。「『耳をすます』ことと、新しいことを『発想する』ことは、同義である」(茂木健一郎 同前)。自分の内面にも耳をすませ、考えることができるようになったのです。
春なのに別れの季節がやってきます。卒業する人、転勤する人、きょうでお別れの人。贈る言葉があります。それは「セレンディピティ(発見、才能)」です。学習していれば必ず、出会いがあります。どんな苦難に遭遇しようとも、その苦しみの中に、チャンスは必ずやってきます。脳が革命を起こすからです。そしてもうひとつは、新しい環境での過ごし方についてです。脳の新・旧・古皮質をバランスよく使うことです。まじめで知的なだけの人生なんてつまらない。泣いて笑って、おばかさんに歌って恋もするのです。