世界に影響力のある山中教授です。

コンテンツ・ビジネス塾「山中伸弥教授」(2008-18) 5/14塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

5/2発売の米誌タイムが、「世界で最も影響力のある100人」を発表。その中の日本人2人、京都大の山中伸弥教授(45)と現代美術作家の村上隆氏(46)について2週連続で学習します。
1、万能細胞。
昨年の11月20日のことです。画期的な万能細胞をヒトでも成功させたというニュースが世界を駆け巡りました。細胞の名前は「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」=新型万能細胞、成功させたのは京都大学山中伸弥教授(45)です。万能細胞とは何か、人間を再生する細胞のことです。
挿し木(さしき)をしたことがありますか。木の枝を折って土にさしておけば、再び根を張ってもとの木のように育ってしまいます。小川に住む両生類のイモリを知っていますか。イモリは脚や尾を切断しても数ヶ月後には元通りに再生します。
ヒトの体はどうでしょうか。ある程度までの傷は治り再生しますが、その能力は極めて限られています。片腕からもうひとりの人間が誕生したり、交通事故で失われた片足がまた生えてくる、というようなことはあり得ません。ヒトは再生に関してはダメな生物なのでしょうか。
しかしよく考えてみると、ヒトも再生能力を取り戻すことが可能、だと分かります。ヒトはもともとたったひとつの細胞が60兆にも分裂してできているものです。手足も脳も目も心臓も、もともとひとつの細胞が分裂してできたものです。ですからいまある細胞を分裂する前の昔に戻すことができれば、つまり「初期化」することができればその細胞は、手足にも脳にも目にも心臓にもなれる、万能細胞になることができるのです。山中教授はこのアイディアをヒトで初めて成功させたのです。
2、クローン羊。
新型の万能細胞にはそれに先駆ける2つの重要な研究成果があります。
ひとつは、いまから11年前の1997年、イギリスのウィルマット博士が成功した、クローン羊ドリーです。ドリーはメスの羊3頭により誕生しました。卵子だけを提供するメスB、細胞を提供するメスA、卵子の核を取り出し細胞の核を移植し電気刺激で細胞分裂を始めさせ、代理母のメスCの子宮に入れて出産する。こうして誕生したドリーは、細胞の核を提供したメスAとまったく同じ遺伝情報を持って生まれたのです。つまりメスAの細胞は完全に「初期化」されたのです。
もうひとつは、1988年にアメリカのトムソン教授が成功したヒトのES細胞(胚性幹細胞)です。ES細胞は初期化ではなく、文字通り妊娠初期の万能(全能)細胞を使う方法です。不妊治療では10個ぐらいの卵子を試験管で人工授精させ初期胚にまで育て、1~2個を子宮に戻し妊娠が試されます。ヒトES細胞はこのとき余った「余剰胚(よじょうはい)」を試験管の中で育てた万能細胞です。しかしES細胞にはふたつの大きな問題がありました。ひとつは倫理、赤ちゃんのもとである「胚」を使っていいものか。もうひとつは免疫反応、別人の細胞が拒絶されずにうまく機能するかの問題です。
山中教授の新型万能細胞(iPS細胞)は、(患者の)手のひらの皮膚細胞から作られたものです。ドリーの初期化のアイディアを借りながら、倫理と免疫の両方の問題をクリアしています。研究者の注目を浴びただけでなく、ローマ法王庁などの宗教界からも評価されました。
3、研究のドラマ。
世界を駆け巡った新型万能細胞(iPS細胞)の開発成功のニュースにはドラマがありました。日本とアメリカの2つの国から同じニュースが発信されたからです。日本の山中教授そしてもうひとり、アメリカ・ウィスコンシン大学、ジェームズ・トムソン教授、ふたりは奇しくも同じ日にiPS細胞の開発成功の発表をしました。同着だったのです。山中教授「同着でよかったんだと思いますよ。このような研究に勝ったも負けたもありません・・・」トムソン教授「彼の仕事はとてもすぐれています。競争は確かにいいことですが、負けるのはつらいものですよ」
山中教授は神戸大医学部出身、ラグビーと柔道でケガだらけ、はじめは整形外科の先生でした。21世紀のブラック・ジャックの登場です。
*雑誌「ニュートン」2008.6 ニュートンプレス、「人工多能性幹細胞」(ウィキペディア)、「ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功」(京都大学ニュースリリース、ウェブ版)を参考にしました。