誤解されてきた、アダム・スミス。

コンテンツ・ビジネス塾「アダム・スミス」(2009-06) 2/10塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、経済学
09年元旦の新聞各社の社説は、日本経済新聞だけを除いて、不況の元凶は市場経済の行き過ぎであると非難しました。そして朝日新聞を先頭に、(政府の)社会政策の重要性を力説しました。
1)アダム・スミス
市場とは何であるのか。アダム・スミスに聞けと経済学は教えてきました。
「ひとりひとりが利己心にもとづいた利益追求行動をしていれば、「見えざる手」(=価格調整メカニズム)によって、社会全体の経済的利益につながり、社会は発展していく」。
「政府は市場の規制を撤廃し、競争を促進し、高い成長率を実現し、豊かで強い国を作るべだ」。
2)ジョン・メイナード・ケインズ
スミスに対抗するのがケインズケインズ経済学は、1930年代の世界不況のとき誕生しました。「市場経済は放置しておけば失業や経済的な停滞に陥る。政府による積極的な財政政策、金融政策が必要である」。
3)カール・マルクス
資本主義から社会主義へ。マルクスが予言してように歴史は動かず、さらにソ連邦の崩壊で資本主義か社会主義かの論争は終わりました。しかし社会主義的な考え方は、日本の知識人に大きな影響を与え続けています。市場か規制かの問題では、亡霊のようにその姿をあらわします。
以上が経済学のラフなスケッチです(『はじめての経済学』伊藤元重 日経文庫)。ところが、ここにきてアダム・スミスの「市場」に対する所論が正確に伝えれていない、という衝撃的な研究が登場しました。『アダム・スミス』(堂目貞生 中公新書)が、それです。
2、『道徳感情論』
スミスは『道徳感情論』と『国富論』の2冊の著作を残しました。堂目(どうめ)大阪大学大学院教授は、『国富論』だけでなく、『道徳感情論』をじっくり読むことで、新しい研究を完成させました。
1)神の代理人(胸中の公平な観察者)
私たちは他人に認められたいと思い行動しますが、称賛されたり、非難されたりします。善かれと思った行動でも世間から非難される場合もあります。そこで私たちは、自分とは別に、心の中に神の代理人(胸中の公平な観察者)を存在させ、その判断を仰ぐことになります。
2)賢人(wise man)と弱い人(weak man)
自らの行動に対する、世間の評判は裁判でいえば第一審です。大切にしなければならないのは、第二審、つまり神の代理人(胸中の公平な観察者)の判断です。賢人は第二審を大切にします。弱い人は第一審、世間の評判ばかりに耳を奪われてしまいます。
3)正義と慈恵
私たちの行動の法則は、まず神の代理人に非難されることを行わない、正義を行うことです。もうひとつは、神の代理人が称賛することを行う、慈恵を行うことになります。つまり利己心や自愛心だけの行動では、平静な心を得ることができないからです。
「利己心に基づいた自由な利益追求活動が社会の調和をもたらす」。いままで、アダム・スミスの言説として伝えられてきたことは、誤りと言ってよいでしょう。スミスは、非難されない正義、称賛される慈恵、つまり「喜んでもらう喜び」を行うことが、市場経済の活動であり、社会を豊かにするものであると言ったのです。近江商人の「三方よし」、「売り手よし、買い手よし、世間よし」と同じです。
3、アメリカの独立
アダム・スミスはイギリスの人です。『道徳感情論』の初版は1759年、『国富論』の初版は1776年に出版されています。アメリカがイギリスの植民地から独立していく、混乱の時に出版された本です。
もちろんスミスは植民地への課税、植民地の支配そのものも否定しました。そしてアメリカの繁栄を予言しました。スミスは幸福とは対して、tranquility(平静)とenjoyment(享楽)と定義しました。それは「安らぎ」と「喜び」です。私たちは再び、「市場」をスミスから学ぶべき、ではないでしょうか。