最強の映画、伊勢谷友介『セイジ』への疑問。

ビジネス塾9「伊勢谷友介」(2012.3.6)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事からホットな話題をとりあげました。2)新しい仕事のアイディが生まれます。3)就活の武器になります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、最強の映画
映画『セイジ』を上映している東京・新宿のテアトル新宿には、20代〜30代の若者が集まっていました。ちょっと最近の映画館では見ない光景です。アニメやアメリカ映画は小中学生や親子連れ、日本映画は団塊の世代のおじさんおばさん、映画館は若者が集まるところではなくってきています。
『セイジ』に集まったのは単なる若者ではありませんでした。男女比は3:7。オタク系でも、ヤンキー系でも、ミーハー系でもなく、強いていえばロハス系。スタイリッシュな美男美女ばかりでした。
映画は観客で決まります。始まる前から最強の映画であると想像させました。もちろん最強という意味は、クリエーティブ、創造性という意味においてです。
2、伊勢谷友介
原作『セイジ』は(辻内智貴 光文社文庫)はかつてのベストセラー。卒業を控えた大学生が夏休みに自転車で旅に出て、緑深いドライブインのマスター「セイジ」のキャラクターにひかれて、そこに居座る話。作者によれば「『虚無』と虚無を拒む『意味』の希求とが、一つの心の中でキシみあって飛び散った一個の火花のような」物語です(前掲書 あとがき P.231)。
監督は伊勢谷友介は、芸大美術学部修士課程卒業。学生時代に俳優デビューし、映画『十三人の刺客』、『あしたのジョー』、NHK大河ドラマ『竜馬伝』に出演しているハンサムです。監督はこれが2作目です。俳優津川雅彦がその才能を見込んだように、みんなが期待するヒーローです。
主演の西島秀俊森山未来。西島は北野武監督の『Dolls ドールズ』以来の名演、森山は『世界の中心で、愛をさけぶ』以来の好演。カメラは板倉陽子で今回がデビュー作。揺るぎのないフレームワークで、伊勢谷監督の美意識を支えています。そして渋谷慶一郎の音楽がいい。画像は音楽ついてはじめて映像になりますが、渋谷は板倉の撮った画像を詩情にあふれた映像にしました。
映画『セイジ 陸の魚』は、最強の原作と監督、最強のキャストとスタッフ、そして最強の観客で、史上最強の映画になるはずでした。
3、流れない感動の涙
原作を読んだとき、涙を流しました。呆然としてしばらく何もできなくなりました。感動しました。映画が終わったとき、身震いしました。恐ろしい物語を見たと思いました。それは感動とは別でした。
この映画に反対します。
まずこの映画は映像にできないことをテーマにしたのではいかという疑問が生まれました。黒澤明は、映画では主義主張をテーマにできない、映画は観客を泣かす、笑わす、怒らせることしかできない、と言いました。黒沢映画はともかく、耳を傾けるべき言葉です。
「セイジ君はね、陸の魚なのよ。(中略)環境に適した生き物じゃ無いのよ。(中略)陸の魚、放っとけば、死ぬわ」(前掲書 P.82)
「セイジ、教えてれ。人間は何の為に、生まれてくるんだ」(前掲書 P.100)
そしてセイジ自身も言います。「人間はよぉ(中略)なんだか、せっないなあ、オィ」
(前掲書 P.77~78)
虚無や人生の無意味を考えることを文学は書きますが、映画は描けません。思想や観念はロゴス(言葉)ですが、映像はパトス(情緒)です。
さらにセイジのキャラクター設定に疑問が生まれてきます。
小説にセイジの好きな音楽がつまったカセットテープの話が出てきます。なにが録音されていたか。プレスリー、ピインクフロイド、トロイメライ、村田秀雄、バッハ、コルトレーンサム・クックザ・ピーナッツボブ・ディラン、南部牛追い歌。(前掲書 P.32)。セイジは、典型的な日本のヒッピー、フーテンです。映画に出てくるような沈黙の哲学者ではありません。ハッピーで、笑いが絶えない、けど心に闇を抱えている。いうなれば、セイジは映画『イージーライダー』のキャプテンアメリカです。
最強のスタッフは不可能に挑戦しました。でもそれは間違いでした。原作にあった感動はなくなりました。違った感動もまた生まれませんでした。最強のリベンジを期待します。