瀬戸内寂聴と村山由佳の才能とは何でしょうか。

クリエーティブ・ビジネス塾11「女のエロス」2012.3.27塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事のアイディアが生まれます。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに作る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、才能
「作家というものは一に才能、二に才能、三、四がなくて五に才能である」(「おんなが『性的逸脱』を描くとき」瀬戸内寂聴×村山由佳文芸春秋』P.200 文芸春秋)。
才能とは何か。二人の小説家の最もスキャンダラスな作品、『ダブル・ファンタジー』(上下 村山由佳 文春文庫)と『花芯』(瀬戸内寂聴 講談社文庫)を素材に考えてみます。
2、脊髄の痺れ(せきずいのしびれ)
『ダブル・ファンタジー』は、女性の脚本家が新しい創作世界を構築するためと、自分の性的欲望を満たすために、次々につき合う男性を変えていく話です。
作家として自立するするまでサポートしてくれた夫、業界のドンのような演出家、大学の先輩、精神科医で仏門に入った僧、俳優、金で買った出張ホスト。理屈としては芸術のためになのですが、実際はだれとのセックスが一番よかったのか、の話になっています。
大学の先輩とのシーンで素晴しい描写があります。
「肉が押し分けられてゆく悦びに脊髄が痺(しび)れ、脳は鮮やかに覚醒しながら、同時に催眠術にかかったようになる」(『ダブル・ファンタジー』下P.56 )
「精髄がしびれる」とはエロスの脳=脳幹が悦んでいること、「脳は鮮やかに覚醒しながら」とはパトスの脳=大脳辺縁系が感じていること、そして「催眠術にかかったように」とはロゴスの脳=大脳の前頭葉が働いていないことを意味しています。
そしてどうなるか。「せり上がる頂点、まっさかさまの墜落(中略)・・・深々と、達しきったところで、数秒か数十秒か、気を失っていたらしい」(前掲 下P.54)
ロゴスの大脳前頭葉、パトスの大脳辺縁系は死にます。女はエロスの脳幹だけで生きています。
3、失神
『花芯』は、不良少女が結婚し、子供を産み、他の男性を愛し、最後には欲望を満たすためだけに娼婦になる話です。作者の瀬戸内寂聴(当時は瀬戸内晴美)はこの作品で、「子宮小説」を書く、「子宮作家」の烙印を押され、5年間も文芸雑誌から干されたという、いわくつきの作品です。
「私はセックスの快感がどういうものか識った。それは(中略)子宮という内蔵を震わせ、子宮そのものが押さえきれないうめき声をもらす劇甚な感覚であった」(前掲 P.154)
「私の子宮はうめき声を押さえきれず、私は快楽の極に待つあの甘美な失神に、夜明けまでに二度もおちいった」(前掲 P.239)
エロスとは、失神、精神の断絶、死です。理性(ロゴス)と感性(パトス)の死です。そして小説家は、それでもなお理知の力で、エロスとパトス、エロスとロゴスを鋭く対立させます。
「肉体的に結ばれた時、私の恋は終わった」(前掲 P.208)
「一番美しい憧れを心にいだいた時(中略)悪徳の一つの行為と同じ行為に、身をゆだねなければならないのだろう」(前掲 P.218)
もし「子宮作家」なら、このみずみずしい少女のような感性(パトス)を何と説明するのでしょう。
(妊娠した姿を見て)「じぶんが女に生まれたのを呪いたくなる」(P.151)
「孤独は、そのころから、すでに私の皮膚にあった」(P.134)
主人公は現代の異邦人です。異邦人はパンク(チンピラ)です。パンクには、世間の常識を疑い、何にでもノーをつきつける反抗の論理(ロゴス)があります。
さらに小説は精緻な構造(ロゴス)を持ち、さまざまな感情のうねり(パトス)を描きます。
主人公に口づけをした英語教師には容赦なく死の罰が与えれます。父のオメカケさんは大切に描かれます。そして狂乱の恋愛未亡人は限りないやさしさで扱われます。どのプロットも鮮明で、大切に語り継がれるものです。
才能とはエロスです。理知を極限に使いながらも、ロゴスとパトスを突き抜ける、脊髄の痺れ、子宮のうめき声、脳幹だけの失神の世界を描けるかです。