クリエーティブ・ビジネス塾44「精神分析学」(2012.11.7)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。
1、昨夜(ゆうべ)の夢
あなたは、昨夜見た夢を、友だちに話しことがありませんか。
「ピストルを持った男に追いかけられたの。息せき切って階段を上って逃げ、部屋に入り、やっとのことでカギをかけた。カギ穴から男を覗いたら、変な奴。男はベンチに座って泣いて、涙を流していたの。ほんと恐かった」
この話を精神分析医が聞いたら、あなたは性交の夢を見たと判断します。ピストルは男性器、階段は性交、カギは男性、涙は射精です(『フロイト』小此木啓吾 P.50~P.51参照 講談社学術文庫)。
夢では本当のあなたが顔を出します。ふだん真面目なあなたは一生懸命勉強しています。みんなのお手本です。しかし忍耐強いあなたの陰で、抑圧されているあなたがあります。
それは夢の中に現れます。そして抑圧があまりに強くなり、不満をかかえきれなくなると、あなたは爆発し、現実のあなたを変えてしまいます。身体が不調になったり、異常な性衝動を持ったり、奇妙な行動を起こすようになります。そして精神分析医による治療が必要になります。これがジーグムント・フロイト(1856~1938)が始めた精神分析学です。
2、フロイト
『危険なメソッド』(デビット・クローネンバーグ監督、2011年イギリス、ドイツ、カナダ、スイス合作)は、患者(クライアント)と医者(セラピスト)が、恋仲になる映画です。歴史に残る精神分析医カール・グスタフ・ユングとジーグムント・フロイトが登場する実話物語です。
フロイトの精神分析学は、「無意識を発見」しました。フロイトの影響を受けた医者のユングは、精神分裂病(現在では統合失調症とよばれる)で病院にきた患者に、悩みを聞く「対話療法」で接します。夢の中に精神の異常を解くカギがないか。患者の抑圧された意識が無意識の中に隠されていないか、何日も時間をかけて探り出します。
フロイトはなぜ夢に注目したか。それは「現実原則」によって「快感原則」が抑圧されるからです。不快を避け快を求める本能は、現実の支配に順応しなければならない。夢では抑圧から解放された無意識が現れるからです。フロイトはこの理論をさらに発展させ、「エロス(生の本能)とタナトス(死の本能)」を展開します。エロスとはものごとを組織づけ、まとめ上げ、大きく発展させる力。タナトスとはものごとを解体し、分解し、無に帰そうとする働きです(前掲P.78)。
タナトス(死の本能)、この言葉に衝撃を受けませんか。私たちは生きたいだけでなく、死にたがっています。作りたいだけでなく、壊したがっています。私たちはなぜスカル(頭蓋骨)のペンダイントやマフラーをするのでしょうか。なぜピアス、タトゥーの自傷をするのでしょうか。
3、ユング
カール・グスタフ・ユング(1875~1961)は、はじめフロイトの後継者として注目されますが、理論的な対立でたもとを分かちます。そして個人的無意識よりさらに深いところにある「集合的無意識」の理論を打ち立てます。さらにユングは易経や禅の東洋思想にも関心を持ち、1960年代のアメリカに登場したヒッピーの教祖のひとりにあげられるようになります。
スティーブ・ジョブズが若い頃に心酔した「Turn on Tune in and Drop out.(麻薬でラリって、意識を集中して、産業社会におさらばしよう)」のスローガンは、無意識を開放し、集団的無意識でコミュニティをつくることを主張しています。iPhoneの狙いは「意識を解放する」ためのツールです。
映画の最後で、ユングを演じる主人公が言います。
「許しがたいことをしながら、人は生きて行く」。人は現実原則に従いながらも快楽原則を追求します。そしてまたその快楽原則には、エロス(生の本能)だけでなくタナトス(死の本能)もあるのですから、私たちは許しがたいことを数多くします。
今の精神医学や脳科学では、精神分析は過去のものになっています。認知行動療法や薬物療法にとって代られています。でも世紀末のウィーンで生まれた『危険なメソッド』(精神分析学)は面白い。お嬢さん気をつけて、無闇に昨夜(ゆうべ)見た夢の話をするのは、危険です。