N-ONEで、日本の青春が再開する。

クリエーティブ・ビジネス塾45「N-ONE」(2012.11.14)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、青春再び
経済成長が始まり、ロック・ミュージックが流行し、戦争をできない若者たちが大学にバリケードを築く。日本の社会が青春真っただ中にあったころに、ヒットしたクルマがあります。1967年から1972年に売られたホンダ「N360」、「Nコロ」と親しまれた軽四輪自動車です。
当時、金がない東京の若者たちはテントを持って、伊豆半島の海に遊びに出掛けていました。浜辺にテントを張り、野宿をしました。当時は許されていました。サーフィンをする者はいませんでした。日本の若者たちはサーフィンという遊びがあることすら知りませんでした。そんな中で、金回りがよくおしゃれな若者たちは、買ったばかりの「N360」に乗って海に遊びにきていました。そしてテントが張ってあるビーチを走り回っていました。そんなことも許されていました。
まだガキだったテントの中の若者たちはよだれを流して、走り回る「N360」をこっそり眺めていました。そしてだれも口には出しませんでしたが、だれもが思っていました。いーなー・・・!!。ボクもいつかクルマを買うんだ。そして彼女を連れて、海をめざして夜通し走るんだ。
ホンダ「N360」は青春の象徴でした。そしてクルマを作っているホンダという自動車会社は日本の社会の青春の象徴でした。「N360」から40年、そのDNAを持つ軽自動車「N-ONE」が、再び日本の若者と社会に青春をプレゼントしようとしています。
2、軽自動車
軽自動車とは、日本独特の自動車のジャンルです。660cc以下(軽二輪車は125~25cc)、全長3.48m以下、全幅1.48m以下、全高2.00m以下の定員4名のクルマです。1955年発売の「スズキ・スズライト」、1958年の「スバル・360」、そして1967年の「ホンダ・N360」が軽自動車の時代を切り開きます。しかし経済成長によってクルマは大型化します。ホンダもこの軽自動車から小型車(660〜2000ccc)の生産にシフトしていきます。
そしていま、自動車市場は一変しています。1)長引く円高で自動車は輸出するほど赤字が増えるようになる。2)国内では軽vs小型で軽自動車の比率が増える(現在40%でほぼ同じ)。そして3)国内工場は国内市場で自立しなければならなくなる。軽自動車のルネサンスです。軽自動車では歴史があるダイハツ、スズキに続いて、ホンダが本格参入します。2011年に「N BOX」を投入、5ヶ月連続軽首位のヒット作になります。さらに2012年11月に「N-ONE」を発表、事前予約で「N BOX」を上回る予約を獲得しています。ホンダは11年から12年で軽自動車生産を倍増させました。さらに15年までに5車種の軽自動車の投入を予定しています(日経11/6)。ホンダは本気です。
3、本田宗一郎
日本の若者と経済に青春をもたらした「N360」は、レーシングカーのような高性能エンジンを搭載していました。このクルマはロックンロールでした。いつもアクセルいっぱい、エンジンをぶん回して走るクルマでした。
作ったのはホンダの創業者、本田宗一郎(1906~1991)です。
ホンダはまずオートバイメーカーとして世界に挑戦します。世界のレースに挑戦し、連戦連勝、世界チャンピオンのバイクメーカーになります。そして4輪車でも。まず1964年に自動車の世界最高峰F1レースに参戦、翌年に早くも初優勝を飾ります。頂点は1988年、エンジンだけを供給したマクラーレン・ホンダは、16戦15勝というほぼ完璧な成績を残します。伝説の天才ドライバー、アイルトン・セナがホンダを運転していた時代です。
F1での勝利がいかに至難の業か、世界一の自動車メーカートヨタは、2002年から2009年までF1に挑戦しましたが、ついに1勝もあげることができませんた。トヨタは素晴らしいメーカーです。トヨタがダメなのではありません。ホンダの強さが異常なのです。
「N-ONE」はカッコいい。これは若者のクルマだ。たしかに「N360」の面影がある。しかし品が良すぎる。ロックンロールまではしていない。期待は2014年に発表予定の軽のスポーツカーです。おしゃれな若者たちに青春を、そして日本経済に青春を、ホンダの活躍に目が離せません。