ケプラーは天球を壊した。だからすごい。

クリエーティブ・ビジネス塾13「セレンディピティ」(2013.4.8)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、ケプラー
地球は、幾重ものもクリスタルの天球に、囲まれている。太陽、月、星は、その天球に貼付けられ、地球の周りを回っている。アリストテレス以来の人間が考える宇宙観を打ち破ったのがヨハネス・ケプラー(1571~1630)です。ケプラーは、ガラスの天球を粉粉に打ち砕きました。ケプラーの法則とは、1)惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。2)惑星と太陽を結ぶ直線が単位時間に描く面積は、一定である。3)惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。この3つの法則により、古代ギリシャ以来の常識は覆され、ニュートン以降の近代科学が始まります。
小説『ケプラー疑惑』(J.ギルダー・A.ギルダー著 山越幸江訳)があります。ケプラーの大発見は、観測や証拠に基づくアポステオリ(後天的)な推論から導かれたものではなく、本質的直感に基づくアプリオリ(先天的)な推論によってえられたものでした(前掲P.110)。しかし小説では、ケプラーは理論の裏付けが欲しくなり、先輩の天文学者のティコ・ブラーエの天体観測の結果を狙う。歴史はブラーエの業績にもっと注目すべきだ。さらに、ケプラーはブラーエの命を狙い、観測データを手に入れようとしたと、ケプラーに疑惑を目の投げかけるストーリーが展開されます。
2、神の論理
若いケプラーの考えた宇宙モデルがあります。それは天球とそれに内接する正多面体からなるものです。まず土星の天球がその中に立方体が、その中に内接する木星の天球がその中に正四面体が、その中に火星の天球がその中に正八面体が、その中に地球の天球がその中に正十二面体が、その中に金星の天球がそのなかに正二十面体が、その中に水星があるというものです。5つしか存在しない正立体と6つの惑星(当時はそう考えられていた)の関係。ケプラーはこの美しい発見に感動します。天文学とは神御自身の考えに参与するものでした。「幾何学は神の御心のうちにあって永遠に輝いている」と考えました(前掲P.106〜P.110参照)。
しかしケプラー神秘主義者ではありませんでした。その証拠に小説は、「宇宙についてもっとも理解できないのは、宇宙が理解できるということだ」というアインシュタインの言葉を紹介しています。
これが自然科学です。ロゴス(論理)とは神の言葉でした。神の意図は自然にありました。理性を通じて、神と対話することが、自然科学でした(橋爪大三郎『ふしぎなキリスト教講談社P.314)。
3、セレンディピティ
なぜケプラーは、2000年近く続いた人類の常識を打ち破ることができたのでしょうか。『ケプラー疑惑』は、ブラーエの天体観測のデータがあったから、と説明しますが、それでは「アプリオリ」に発想したという説明にはなりません。問題は、セレンディピティ(偶然に発見する能力)がなぜケプラーに働いたかです。発見は、ロゴスではなく、パトス(情緒)とエロス(本能)によるものと考えられます。
第1に、ケプラープロテスタントの信仰を持っていました。宗教戦争でたえず追放され職を失う可能性がありました。追いつめられて生きていました。第2に、魔女裁判がありました。叔母は魔女として火刑にされ、母親も6年にわたる魔女裁判にかけられています。「魔法使いの女は、これを生かしおいてはならない」(出エジプト記22章18節)。ケプラーの身辺には生命の危険が絶えずありました。第3に、ケプラーはゲイでした。思春期には男子ばかりの神学校にいました。同性のクラスメートとの恋愛がありました。ケプラーはひと味違う官能の喜びを知っていました。
人間は、ヒトの脳(大脳新皮質)、ウマの脳(大脳旧皮質)、ワニの脳(大脳古皮質)を使って生きています。新皮質はロゴス、旧皮質はパトス、古皮質はエロスです。セレンディピティには、ロゴスだけでなく、パトス(情緒)さらにはエロス(本能)の働きが関与しています。プロテスタントとして監視され、母親が魔女としてにらまれ、他方でケプラー自身はゲイとして官能を開花させていた。ケプラーの人類史を変える大発見の秘密はここにあります。大脳の機能が総動員されるときに、セレンディピティが訪れアプリオリに発想でき、大発見がなされるのではないでしょうか。
医師失格の「ジャマナカ」・山中伸弥教授や嫌われ者のヨハネス・ケプラーだけが、神の御心を理解します。小説『ケプラー疑惑』には、最大のリスペクトを払いながらも、「疑惑」があります。