『黒衣の刺客』から学べること。

クリエーティブ・ビジネス塾37「中国崩壊」(2015.9.16)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、刺客
第68回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『黒衣の刺客』(ホウ・シャオシェン侯孝賢監督)が公開されています。さすが監督賞、フレーム、光と影、キャメラワーク、衣裳、音楽、そしてもちろん役者の演技も、全て完璧。息をのむほど美しい、切り取って持って帰りたいような映像が連続します。
しかし残念。話が分からない。原作は唐時代の小説。女の刺客が元許嫁(いいなずけ)だった男性を暗殺する物語です。なぜ分からないか。私たちは、中国文化の中心にある「刺客」が何であるかを、知らないからです(映画の宣伝は「シキャク」と読ませているが「シカク」の方がいい)。
まず刺客は「殺し屋」ではありません。殺し屋は金をもらって仕事として殺人をします。『ゴルゴ13』です。刺客は必ずしも金をもらっていません。また殺し屋は、殺人をしても生き残り、次の仕事の殺人を請け負うことができます。刺客は成功しても失敗しても生きて帰ることはありません。「壮士(そうし)ひとたび去って復(ま)た還(かえ)らず」。そして刺客は、社会の日陰者ではありません。中国の歴史にさんぜんと輝く「偉人」です。偉人が言いすぎならヒーローです。社会的な地位が高い。『史記』などにより、中国の歴史の中で、長く語り継がれています。
なぜ刺客は殺人をするのか。友のために人を殺します。友のために命を捨てて仇を討つのです。「士は己(おのれ)を知る者の為(ため)に死す」。中国では人間関係こそが最大の財産だからです(『小室直樹の中国原論』p.80~88 小室直樹 徳間書店)。壮士、国士の「士」とは、立派な男子のことです。意気盛んな男子は、友のため国のために、身を捨てます。
2、幇(ほう)
中国人の濃い人間関係の集団を「幇(ほう」と言います。「士は己を知るものの為に死す」の、己を知る者たちの集団。強い絆で結ばれた人間集団です。彼らは、身内の世界と外界とでは、違う価値基準で行動します。仕事でも商売でもお役所でも、人間関係には「幇(ほう)」が影響します。
中国人は、嘘つきだ、信用できない、裏切る、というのは、幇(ほう)の外の人間に対してです。しかし幇(ほう)の内の人間には、約束は絶対に守ります。死すら厭(いと)うことはありません。刺客の精神が生きています。「朋友(ほうゆう)に信あり」の「信」とは、絶対的な信頼です。商売は金と物のやり取りをするだけのことではない、人間と人間の付き合いであると、中国人は信じています。
義人(正義を守り他人のために尽くす人)になるため、幇(ほう)の中に入るために、何をすべきか。『刺客列伝』、『史記』、『三国志』をよく読み、中国人のタブーを身につける他はありません(前掲p.92~138)。
3、男子
「(中国について)・・・安定成長を持続し、国内消費が増え、権力は安定し、腐敗も減って行くーーーこういう素晴らしい未来だけは考えられない・・・カタストロフィーのシナリオも考えられる」(エマニュエル・トッド「幻想の大国を恐れるな」p.106『文芸春秋』2015.10)。エマニュエル・トッドとは、ヨーロッパに於けるドイツ帝国に警告を発した歴史人口学者で、かつてはソ連邦の崩壊も予言しました。
中国の経済成長は急減速を始めています。投資の伸びが15年ぶりの低水準にとどまっています(日経9/14夕刊)。人民元は切り下げ、輸出の後押しを狙っています。それがもとで世界の株式市場が大揺れに揺れています(日経8/13、8/25)。また政府は借金まみれです。政府債務残高(13年6月)は30兆2700億元、国内総生産GDP)の50%に達しています。債務の償還時期は迫り、中国経済は大打撃を受けます(日経8/19 内藤二郎大東文化大学副学長)。そして国有銀行や国有企業などの非効率性があります。しかし習近平政権はふたたび国有企業復活へ大きく舵を切っています。中国経済は、市場経済統制経済か、歴史的な分水嶺に立っています(日経8/20何隆富士通総研首席研究員)。
さらにエマニュエル・トッドは、アッと驚く、歴史人口学者らしい指摘をします。それは中国の男女の出生数の著しい差です。女子の出生100に対して男子は117。世界平均は男子105ないしは106。107を超えると不均衡。この数字は異常。つまり中国では女子を妊娠すると堕胎、ないしは出生しても届けない(前掲『文芸春秋』p.104)。中国は前近代的な父権主義社会。男女数の差は、社会構造に深刻な影響を及ぼします。そういえば『黒衣の刺客』の刺客はなんと女性。作者の狙いはわかりません。