「坂本龍一が人生の音楽になるだろうか?」

クリエーティブ・ビジネス塾18「音楽」(2017.5.1)塾長・大沢達男

坂本龍一が人生の音楽になるだろうか?」

1、坂本龍一
坂本は僕より10年近く年下ですが、僕たちの近所の、僕たちの時代のヒーローです。
坂本は都立新宿高校出身、僕はお隣の都立青山高校出身です。新宿高校は青山より「できる」のですが、
場所は新宿駅の南口近く新宿の繁華街に隣接、対して「青山」は神宮外苑のまさしく青山、だから「新宿」は「できる」けど不良ぽい、「青山」は育ちのいいお坊ちゃまの雰囲気がありました。
僕が「教授」と築地の音響スタジオで一緒になったのは、1980年頃の「黒のクレール」(大貫妙子)の仕事です。坂本はアレンジャー、ピアニストとして登場し、既存の作曲家やいわゆる「ニュー・ミュージック」系の人とは違う、圧倒的な仕事をしていました。坂本は田舎ではない、都会の人、僕たちのヒーローでした。
坂本龍一と聞くと、なんとなくじっとしていられません。しかも青山高校のそばで、展覧会開かれているのであるというなら。そんなわけで、「Ryuichi Sakamoto/asnyc 坂本龍一/設置音楽展」(ワタリウム美術館4/4~5/28)に行ってきました。
展覧会はワタリウム美術館の地下1Fから4Fで開かれていました。といっても各フロアーのスペースはわずか。タイトルは「async」。何と発音するのか、何を意味するのか、どこにも解説はありませんでした。"asylum"は避難所、”nc"はなんとなく”nyc=new york city"を連想させます。”async"とはニューヨークの隠れ家なのでしょうか。
音楽は「音楽」ではありませんでした。メロディ、ハーモニー、リズムがありません。波の音のように押し寄せる「雑音」の大きな低音のパウンドケーキがあり、その上「弦」の不規則なメロディのホイップクリームが乗せられ、さらにその上に「鈴の音」のようなサクランボが散りばめられているような構成です。
2、人生の5曲、最後の1曲。
雑誌「ブルータス」(20174/15 マガジンハウス)が、坂本の「設置音楽展」に合わせて、「はじまりの音楽」という特集を組みました。「人生の5曲、最後の1曲。」を33人の人が選んでいます。
これが面白い。それぞれのセンスがわかるだけでない。自分なら何を選ぶか、を考えてしまうからです。
石破茂(60歳 衆議院議員)・・・14歳「17歳」/南沙織、16歳「交響曲第7番」/ベートーヴェン、21歳「やさしい悪魔」/キャンディーズ、22歳「アメリカン・フィーリング」/サーカス、51歳「威風堂々」/エドワード・エルガー、最後の1曲「レクイエム」/フォーレ
村井邦彦(72歳 作曲家)・・・5歳「ドイツ国家」/Franz Joseph Haydn、10歳「Buttons And Bows」/Dinah Shore、12歳「That Old Feeling」/Chet Baker、19歳「I concentrate on you」/Frank Sinatra & Antonio Carlos Jobin、68歳「春の祭典」/Stravinsky、最後の1曲 なし
○島津由行(58歳 スタイリスト)・・・10歳「Baby It's You」/The Beatles、10歳「Land of 1000 Dances」/The Walker Brothers、12歳「Immigrant Songs」/Led Zeppelin、14歳「The Dark Side Of The Moon」/Pink Floyd、16歳「Superstition」/Beck, Bogert & Appice、最後の1曲「LOVE」/John Lennon
3、モーツアルト
さて、「async」をどう評価すべきでしょうか。
第1に、エロがありません。これは坂本龍一の音楽の根本的な欠陥です。坂本とは思春期に先輩の女性に愛されその女性に自殺されています。以来、坂本のエロスは閉じられたままです。坂本の音楽はロゴス(論理)が勝ちすぎています。頭でっかちです。
第2に、権威主義的です。坂本は偉大な作曲家であろうとし過ぎます。「できる」学校の出身だからです。
たかが音楽です。ファウストになって、上から目線で、音楽を作る必要はありません。
第3に、坂本の音楽は、下品です。「僕は中学生でドビュッシーの『雲』を聴いていた時、(略)ブローニュの森を覆っていた雲が暗く垂れ込めた空がありありと見えていた。(中略)ドビュッシーがその森をゆっくり散策して、空を見上げて、そして、遠くのパリの中心部の喧騒が微かに聞こえてきて・・・」(前掲「ブルータス」特別付録)。こうした音楽とのかかわり方はいやです。音楽は、何かの風景を描いたり、何かの感情を表現するものではありません。音の連なりが悲しいのです。悲しみをなぞった音は、音楽ではありません。
僕たちのヒーローの最近はいやです。「async」は理屈っぽく、邪心がある。人生の1曲になり得ません。