「『ロング・グッドバイ』が、最高の小説だろうか?』

クリエーティブ・ビジネス塾19「ロング・グッドバイ」(2017.5.8)塾長・大沢達男

「『ロング・グッドバイ』が、最高の小説だろうか?」

1、億万長者
ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳 早川書房)は、きっと大人のディズニーランドのような物語のでしょう。
まずマネーというファンタジーがあります。億万長者の娘が残酷に殺害される。夫が姿を隠した、当然のように彼が犯人として追われる。小説は、広大な邸宅、富裕層だけのコミュニティへ、私たちを案内します。しかし犯人捜査は、父親の億万長者の権力の影響で、闇の中に入ってしまう。
つぎにエロとテロのフロンティアがあります。富裕層の優雅な生活。僕たちが知らない酒とクルマのうんちく(蘊蓄)があり、富裕層のただれた性の世界が描かれます。思いもよらぬ社会的に地位があるふたりの性的な関係。そして狂気と暴力。ドラッグとピストルへ僕たちを誘惑します。
そして推理というアドヴェンチャーがあります。舞台はロス・アンゼルスのカリフォルニア。いまから100年ちょっと前、1848年にメキシコ領からアメリカ領になった所です。容疑者はメキシコへ。いまはメキシコから危ない人が国境を越えてやってきますが、昔は逆にみんなメキシコへ逃げました。小説は殺害された娘の夫を容疑者として展開しますが、最後にハラハラドキドキのどんでん返しを用意しています。
村上春樹は、『ロング・グッドバイ』を『グレート・ギャツビー』とともに、最高の小説に持ち上げています。
2、名文
○'San Francisco' I said mechanically. 'I call it Frisco' he said.(「サンフランシスコ」と私は機械的に口にした。「俺はフリスコと呼ぶ」と彼は言った。以下すべて村上春樹訳)
○They say lust make a man old, keeps a lady young. (放蕩は男を老けさせるが、女を若く保たせると人は言う。)
○I closed the office and started off in the direction of Victor's to drink a gimlet, as Terry had asked me to in his letter. I changed my mind. I wasn't sentimental enough. l went to Lowry's and had a martini and some prime ribs and Yorkshire pudding instead.(私はオフィスのドアを閉め、<ヴィクターズ>に向かいかけた。テリーが手紙に書いてきたとおり、そこでギムレットを飲もうかと思ったのだ。しかし途中で気持ちが変わった。日が悪い。そういう気分じゃない。かわりに<ローリーズ>に行ってマティーニを飲み、プライム・リブとヨークシャー・プディングを食べた。)
○・・・and as elaborate a waste of human intelligence as you could find anywhere an advertising agency.(人間の知性の精緻きわまりない浪費。それは広告業界以外の場所ではまじお目にかかれない種類のものだ。)
3、レイモンド・チャンドラー
Raymond Chandler(1988~1959)は探偵小説、推理小説家。「フィリップ・マーロウ」という私立探偵のヒーローを生み出したハードボイルド(非情な私立探偵を主人公にした推理小説)作家です。
ロング・グッドバイ』が登場したのは1953年です。日本では『長いお別れ』(清水俊二訳)として紹介されています。チャンドラーは日本人に大きな影響を与えています。
まずカクテルの「ギムレット」。ジンライムですが、大人になりかけの若者たちは、ガールフレンドを前にして、必ずこのカクテルを注文しました。自らがプレーボーイの代表であるかのように。ワインもウイスキーももちろんジンの味も知らずに、いきなりギムレット。日本の若者はみんなおばかさんでした。
そしてプライムリブの「ローリーズ」。CMロケ隊はロスアンゼルスに行くと、必ず「ローリーズ」をスーツ姿で訪れました。おいしいけど、肉がとてつもなくでかい。食べきれない。でも食べる。でないとかっこ悪い。しかもバッドワイザー飲んで、ケーキまで食べて。死にそうになって。本当におばかさんでした。
最後に「フリスコ」。サンフランシスコに行って、知ったかぶりして「フリスコ」は言わない方がいい。住んでいる人を侮蔑することなるから。「シスコ」もあまりよくない(「サンフラン」は無難なようです)。
僕たちは思わぬところでレイモンド・チャンドラーのダンディズムの影響を受けています。それは認めます。でもそれって、いま思うと「おばかさん」でした。
最後に、村上春樹さんに質問します。ホントに『ロング・グッドバイ』ですか。あなたの小説の方がずっと上、もちろん『グレート・ギャツビー』よりも、あなたの方がずっといい、と思うのですが。