「村上春樹がダメというヘミングェイが、いいと思う僕がダメなのか?

クリエーティブ・ビジネス塾21「老人と海」(2017.5.22)塾長・大沢達男

村上春樹がダメというヘミングェイが、いいと思う僕がダメなのか?」

1、村上春樹
「戦後になって、ヘミングウェイの文学的評価が徐々に低下する(あるいはその課題評価が是正される)一方で何人かの文芸評論家を中心とする、フィッツジェラルドのドラマティックな再評価運動が起こり、その結果今ではその文学的名声はほとんど揺るぎないものになっている」(『グレート・ギャツビースコット・フィッツジェラルド 村上春樹訳 「訳者あとがき」 p.350 中央公論新社)。
グレート・ギャツビー』を読んでも、『ロンググッドバイ』を読んでも、頓珍漢(とんちんかん)。いまや評価の低い『老人と海』でどうやら感動、というような感性では小説の世界で戦えないのでしょうか。
2、ヘミングウェイ
○"And the best fisherman is you." "No.1 know others better.""Que va," the boy said. "There are many good fisherman and some great ones. But there is only you."
(『THE OLD MAN AND THE SEA』p.20講談社Ruby Books 以下翻訳は大沢 「ジッちゃんが一番の漁師だ」「一番はもっといい漁師を知っているさ」「とんでもない」ボーイは言った。「いい漁師もいるし偉い漁師だっているけど、ジッちゃんは特別だ」)
○But the old man always thought of her as a feminine and as something that gave or withheld great favours, and if she did wild or wicked things it was because she could not help them. The moon affects her as it dose a woman, he thought.(p.26 老人は、いつも海を女と同じと考え、とてつもない恵みを与えてくれたり、くれなかったりする、と考えていました。海が荒々しく難破させるのは、海が力を制御できないからだ。月は海に影響している、女を司っているように、と考えた)
○During the night two porpoises came around the boat and he could hear them rolling blowing. He could tell the difference between the blowing noise the male made sighing blow of the female.”They are good," he said. "They play and make jokes and love one another. They are our brothers like the flying fish.(p.43 夜に二匹のイルカが船の回りにやって来た。老人はイルカが泳ぎ呼吸するのを聞いた。 老人はオスの息とメスの息の違いに気がついた。「君たちはいいね」老人は言った。「君たちは遊びながら愛し合っている。君たちはトビウオのように僕たちの仲間さ」)
○"The fish is my friend too," he said aloud. "I have never seen or heard such a fish. But I must kill him. I am glad we do not have to try to kill the stars."(p.68 「魚もまた友達だ」老身は大きな声で言った。「こんな魚は聞いたことも見たこともない。だけど殺さなければならない。星を殺さななくてもいいのはありがたいが」)
○"The ocean is very big and a skiff is small and heard to see," the old man said. He notice how pleasant it was to have someone to talk to instead of speaking only to himself and to the sea. "I miss you," he said.(p.114 「海はバカでかい。船は小さくて見えない」老人は言った。老人は、独り言を言ったり海に話しかけるのではなく、話し相手がいることがどんなに素敵なことかに、気がついていた。「淋しかった」と、老人はボーイに告白した。)
3、福田恆存
老人と海』(ヘミングウェイ福田恆存訳 新潮社)の最後に、福田恆存が「『老人と海』の背景」というあとがきを書いています。もちろん村上春樹もこの文章を読んでいるでしょう。
ヨーロッパ文学は時間の文学、過去を描いている。個性は歴史の集積体。先祖は貴族、僧侶、軍人、教師・・・それによってそれぞれの人格が形成され、個人と個人の対立と葛藤がある。
対してアメリカ文学は、空間の文学、未来を描いている。国家、家庭、個人に歴史がない。みんな故郷で食いつめて新天地にやって来た。西へ西へと領土を拡げ、鉄道を敷き、道路を建設してきた。
この文章が書かれたのは1979年。20年後には米国に同時多発テロ攻撃が仕掛けられる。西欧社会の崩壊です。福田の文章は、福田の意志とは反対、西欧社会が育んだ小説の終わりを、予言しています。
思想や倫理ではなく、非情に暴力や反道徳を描くハードボイルドは、金と拳銃と頭脳で人生に勝利するストーリーです。村上春樹は、ハードボイルドをベースに新しい世界読み物を発明している、これが結論です。