THE TED TIMES 2025-15「パブロ・ピカソ」 4/10 編集長 大沢達男
香港の美術館で再確認、絵画はピカソで終わりました。
1、天才
つい昨日のようでしたが、あれからもう20年以上経ちます。
上野の森美術館でピカソ展(「ピカソ天才の誕生 バルセロナピカソ美術館展」 2002年)が開かれてからです。
<ピカソに幼児画はない>と、言われた少年時代のピカソの作品展です。
「妙なことだが、私は子供のデッサンを一度も描いたことがない。決してね。どんな幼い時でもだ」(バルムラン『ピカソは語る』)。
その言葉通りです。
上野の森美術館「ピカソ展」の冒頭には、「ヘラクレス」がありました(カタログでは冒頭ですが、展示ではエンディングだったかも?)。
ハダカのヘラクレスが足を広げて立ち、真っ直ぐの伸びた左手を体の正面で右にクロスさせ、右手を大きく右上方に掲げ、顔は左方向を見ています。
紙に黒鉛で描かれた線画の作品です。
上手く描けている、とかそういう問題ではありません。
強い意志を持ったヘラクレスがそこにいます。
背景には螺旋状の薄い線が周りを囲み、人物をショウアップしています。
いたずら描きではありません。作品。パブロ・ピカソ(1881~1973)9歳の仕事です。
美術館を訪れた者はだれもがこの一作でノックアウトされたはずです。
会場には「ヘラクレス」に続いて、石膏トルソの習作、石膏像の習作などピカソ10代前半の作品が展示されていました。
だれもが学生時代に描いた経験のある石膏です。
いずれも彼我(ピカソと自ら)の絶望的な差に驚嘆したはずです。
2、香港M+ミュージアム
その憧れのピカソに、これまた憧れの香港のM+(エムプラス)ミュージアムで、再会することができました。
「ピカソーアジアとの対話」展(2025.3.15~7.13)です。
ピカソの作品とピカソの影響を受けたアジアのアーティスト作品展です
申し訳ありませんが、私はピカソの作品だけに集中し、アジアのアーティスト作品をなるべく見ないようにして、会場を歩きました。
ピカソが、とんでもないパフォーマンスを、やっていました。
絵筆を持ち、巨大な映像のスクリーンのキャンバスに、一筆書きのようにして絵を描くのです。
失敗も訂正も許されない。しかしピカソは考える暇もなく、流れるようにして作品を仕上げていきます。
イッパン・ピープル目当てのショー、素人受けするパフォーマンスですが、改めてその線の美しさ構成力の確かさに驚かされます。
実は・・・、M+「ピカソ展」の最高傑作は、ピカソではありませんでした。
森村泰昌でした。
「ピカソ展」最後に、ピカソがグローブのような大きな両手をテーブルの置いて、こちらを見つめています。
グローブは実はパン。
この写真は展覧会の初めにも飾ってありました。
<なんでまた、同じものが???>
と思って見ていると、実はピカソを演じているのは森村泰昌でした。
森村は、M+の隣の会場で、「仮面の舞踏 森村泰昌 シンディ・シャーマン」展をやっている最中です。
だれもがニッコリ笑顔で「ピカソ展」を後にする仕組みになっていました。
3、香港美術館(Hong Kong Museum of Art)
M+(エムプラス)は西九龍でちょっと不便ですが、香港美術館は繁華街のツイムサーツイから歩いていけるところにあります。
フランスのオランジェリー美術館とオルセー美術館からの作品が大挙展示されていました。
セザンヌの「リンゴとビスケット」、ルノワールの「りんごと梨」など、本でしか見たことがない作品の本物に出会いました。
セザンヌの「三浴女」、ルノワールの「ピアノを弾く少女」もありました。
まず第一に、ひとつひとつの絵画に物凄い力が込められているのを感じます。キャンバスにエネルギーが閉じ込めらています
つぎに、同じりんごを描いても、セザンヌとルノワールの違いがわかります。セザンヌは色彩を殺し、ルノワールは色彩が乱舞させています。
そして、ピカソはセザンヌから多くを学んでいる・・・と思いました。
この展覧会でも最後にドラマが待っていました。
セザンヌとルノワールに影響を受けた画家としてパブロ・ピカソが登場します。
私たちは笑ってしまいます。
ピカソの力を思い知らされます。
縦長の大きな長方形に裸の男が首をうなだれて閉じ込められています。
アースカラーから紫がかった単色で描かれています。
これは絵画ではありません。写生でもありません。
セザンヌがルノワールが彼らがなんと言おうとも単なる写生です。
対して、ピカソは観念のヴィジュアライゼーション・・・・・・芸術です。
世界を代表する現代アーティストの村上隆の言葉がよぎります。
<ピカソで絵画の歴史は終わった>。