『HACK』(橘玲 幻冬舎)は、『007』(イアン・フレミング)、『ジャッカルの日』(フレデリック・ホーサイス)に、負けていません。     

THE TED TIMES 2025-47「HACK」 12/5 編集長 大沢達男

 

『HACK』(橘玲 幻冬舎)は、『007』(イアン・フレミング)、『ジャッカルの日』(フレデリック・ホーサイス)に、負けていません。      

 

1、北朝鮮

小説『HACK』のテーマは、北朝鮮によってネット上で詐取された500億円を、ハッカーの樹生(たつき)が取り戻す話です。

北朝鮮は、スイス製の超精密印刷機を購入して、1990年代に大規模な100ドル紙幣の偽造を始めた。・・・新札が登場すると。外貨獲得の手段はハッキングになり・・・数千人規模のサイバー軍を養成したとされる。もっとも有名なハッカー集団がラザルスで、・・・2016年には、バングラデシュ中央銀行のプリンターからサーバーに侵入し・・・主権国家中央銀行から8100万ドルが奪われた」(p.97)。

さらに小説が進むと、

「ラザルスなどの北朝鮮ハッカー集団は数兆円規模の暗号資産を保有している可能性がある」(p.326)。

北朝鮮のコンピュータには、日本の取引所から詐取した500億円だけでなく、すくなくとも合わせて2500億円を超える暗号資産が保管されていることになる」(p.355)。

樹生は以上のような巨額な金を、つまりハッキングなど様々な手段で、取り戻すことを日本の検察官から要請されます。

なぜなら、樹生は様々な犯罪集団にアクセスできる、当局からすればスレスレの、ハッカーだからです。

 

2、大麻、コンカフェ、売春

小説『HACK』は難しい国際情勢の小説ですが、さまざまにシーンで犯罪と風俗の描写がある、エンターテイメントです。

1)バンコック

樹生はタイ・バンコックで、ビットコインを使ったマネーロンダリングを、日本人から相談されます。

そのシーンの一部です。

「タイでは2022年に大麻が実質的に解禁され、バンコクには緑の大麻の葉をあしらった看板を掲げた店が雨後の筍(たけのこ)のように現われた」(p.9)。

「『ルフィが逮捕されてから、カンボジアも大変なんだって』沈没男が唐突に話を変えた。『炭治郎(たんじろう)から相談されてるんだ』/『炭治郎?』/『カンボジアのグループのトップだよ。あいつらみんな、自分の好きなマンガやアニメのキャラの名前をつけてるんだ』/

『ルフィを名乗る男がフィリピンの入管施設の収容所から指示を出し、闇バイトを使って高齢者の住む一戸建てを襲わせたとして、日本に強制送還された」(p.11~12)。

小説『HACK』には、なんとあの「ルフィ」が登場します。

2)新宿

樹生は、新宿でキャバクラを経営する友人から、店の売り上げを管理するシステム設計を頼まれます。そして歌舞伎町を訪れます。

ゴジラのオブジェがある映画館に通じる道の両脇にコスプレのような格好をしたミニスカート姿の女の子たちがずらりと並んでいた。みんな両手に手書きのボードをもっている。/『あの娘たちは?』と訊くと『コンカフェ』とアリサはこたえた。/『コンセプトカフェの略で、風営法に引っかからないように営業している風俗の店。キャバクラだと、18歳以上じゃないと雇ってくれないでしょ。高校生でもコンカフェなら働けるから、学校終わるとここで呼び込みやって、お客さん店に連れていくと歩合でお金がもらえるの」(p.155)。

小説『NACK』には、いわゆる「トー横キッズ」の街も登場します。

3)パッポン通り(バンコック)

小説後半ではベトナム戦争当時に米軍の歓楽街として発展したバンコック・パッポン通りが登場します。

「タイで売春は法律で売春が禁止されているが、客が店にバーファインという連れ出し料を払って、近くのホテルで「自由恋愛」するのは勝手だ(p.287)。

「パッポンの二本の通りの隣が日本人駐在員向けのカラオケ店が集まるタニヤで、こちらもどこからこんなに集まってきたのかというくら女たちであふれている」(p.287)。

小説『NACK』には、プライベートなツアーガイドがしてくれるような、親切な旅行案内があります。

 

3、暗号資産

風俗はこの程度でいいでしょう。これからが本番です。

1)暗号資産への課税

暗号資産を換金し、利益を出したら課税されます。しかし日本国の非居住者なら課税はされません。

樹生は、暗号資産を換金し香港の銀行に送ったことを、大使館の検察官から指摘されます。

税務当局は非居住者の金融情報を共有しています。樹生は香港の非居住者、だから日本の国税庁に資産情報が送られてきます。

マネーロンダリングをする人は十分な注意が必要です。

2)情報機関

日本には4つの情報機関があります。

警察庁警備局と警視庁公安部の警察の公安、公安調査庁を所管する検察の公安、自衛隊の防諜部隊を統合した情報保全隊、そして内閣情報調査室です。

問題は公安調査庁。国内担当の第1部は警察、外国担当の第2部は検察、これがことごとく対立している状況です(p.123)。

だから北朝鮮による拉致問題の解決がうまくいかないのでしょうか。

警視庁は2011年に生活安全部のサイバー犯罪対策室をサイバー犯罪対策科に格上げ、警視庁は2022年にサイバー警察局とサイバー特別捜査隊を発足させています(p.170)。

匿名・流動型犯罪グループ、通称「トクリュウ」の捜査のために「特殊詐欺連合捜査班」を発足させています(p.172)。

3)ワールドコイン

ワールドコインはChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマンが共同創業したプロジェクトです。

世界中80億人にベーシックインカムを提供していることを目指しています。

そのための暗号資産がワールドコインで、Orb(オーブ)と呼ばれる専用端末で虹彩(こうさい)を確認するIDが発行され、毎月1回、配当が受け取れます(p.211)。

ベーシックインカムは未来物語でしかありませんが、それが人類を幸せにするかは、別問題です。

 

4、現実

2025年9月3日北京で、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジミール・プーチン大統領北朝鮮金正恩総書記が、そろって写真に収まりました。

北朝鮮は、偽ドルを印刷しと暗号資産をハッキングする犯罪国家である、と糾弾するのが無意味に思えてきます。

中国もロシアも悪なのでしょうか。それでは経済交流も外交交渉できません。

その不可能を舞台にしているから、小説『NACK』は、面白いといえます。

最後の小説『NACK』を気に入ったもう一つの理由を上げておきます。

「90年代のロックで俺が許せるのは、あとはオアシスぐらいだな。あの兄弟はマンチェスターの労働者階級に生まれて、アル中の父親から暴力を受けて育ったんだ。お坊ちゃんのエリートに、ほんもののロックなんてできるわけないんだよ。そう思わない?」

なにげない登場人物にこの台詞を言わせる橘玲にロックンロール!。

つまり小説『HACK』は、大脳の新皮質(理性)、旧皮質(感性)、古皮質(野性)を揺さぶる小説で、2025年の収穫です。

 

End