時代が森山大道を生んだ。森山大道が時代を作った。

TED TIMES 2021-21「森山大道」 5/21 編集長 大沢達男

           

時代が森山大道を生んだ。森山大道が時代を作った。

 

1、間違い

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』(監督・撮影・編集 岩間玄)のなかで、森山大道の台詞がありました。

『写真を撮り始めたのは、ナカヒラ(中平)がいたからだ』。

ーえっ?ナカダイラ(中平)じゃないの。

そして、私はいままでとんでもない間違いをしていたことに、気がつきます。中平卓馬(なかひらたくま 1938~2015)と中平穂積(なかだいらほづみ 1936~)をごっちゃにしていた。もちろん私が初めから知っていたのは、中平穂積でした。

1961年に新宿に、1963年に渋谷にジャズ喫茶「DIG」をオープンし、1966年に渡米し、ジョン・コルトレーンやマイルス・デヴィスを撮影した、伝説のカメラマンでした。

新宿の「DIG」は現在の「DUG」になり、渋谷の「DIG」は「BLACK HORK」になり、現在は影も形もありません。とくに渋谷「DIG」なんて、知っている人はほとんどいません。私の人生の数少ない「誇りの一つ」です。

中平(なかだいら)さんは、日大芸術学部写真学科出身(日芸)です。日芸出身のデザイナーから噂を聞いていました。ですから、中平卓馬(ナカヒラ)さんの名前を聞いた時も、なんとなく、中平(ナカダイラ)さんを想像していました。つまり中平卓馬の作品を見ていなかった。はずかしい。

2、アレ、ボケ、ブレ

『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』は、1967年の『ニッポン劇場』をパリで復刻出版する制作秘話をドキュメンタリーにした映画です。なぜ復刻するのか。森山大道の写真は、アレ、ボケ、ブレといわれますが、いまではこんな写真を撮ることが、できないからです。

映画は当時の雰囲気を再現するための印刷技術の戦いが描かれますが、実はその前に、写真撮影と写真現像の秘話があってしかるべきでした。

「ぼくの好きな印画紙はもう売ってないもの・・・」の森山の言葉が印象的です。

アレ、ボケ、ブレは、撮影技術より現像技術の方が、ウエイトが高いのではないでしょうか。

写真家の奈良原一高さんに撮影現場で聞いた話があります。「荒木くん(天才アラーキー)は現像がうまいのよね」、「現象ってね、引き伸ばし機のレンズが命なんですよ」。

自分の現像室がない、自分できる技術を持たない、私には衝撃的な言葉でした。

アレ、ボケ、ブレ、のほとんどは現像室で演出されるのではないでしょうか。アレは増感現像で、ボケはレンズで、現像の時に、いかなるようにも演出できます。それにあった印画紙もあります。

『ニッポン劇場』の1967年とは、全学連の羽田闘争で京大生山崎博昭が死んだ年です。時代は、アレ、社会は、ボケ、未来はブレていました。森山大道は時代を撮りました。森山の写真は時代が産んだものでした。

3、『On the Road』

映画に登場する森山大道の衣装で気になります。「On the Road Jack Kerouac」とプリントされたTシャツ。 『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック青山南訳)は、ビートジェネレーションの作品で、その後のヒッピームーブメント、ロックミュージックに大きな影響を与えました。テーマはセックス、ドラック、そして道、自分探しの旅です。

単なるTシャツですから、目くじらをたてるようことではありませんが、森山がケルアックのメッセージを纏(まと)っていることに、違和感を持ちました。森山大道(1938~)は、大阪・池田生まれ、平安高校二部中退で写真家のアシスタントになった、写真職人です。エリートでもエスタブリッシュメントでもありません。つぎに、森山から音楽は聞こえてきません。さらに、言っちゃ悪いが、森山は女の子がキャーキャー言うようなハンサムではありません。

ジャック・ケルアック(1922~1969)、コロンビア大学中退のハンサムなお坊ちゃん。アイビー・リーグのエリートでありながら、放浪を繰り返しまし、ビートジェネレーションの旗手になりました。

森山はケルアックではありません。冗談でも、ケルアックのTシャツの着るべきではありません。森山大道は、時代によってその才能を開花させた、写真職人だからです。