またまた年末の大逆転、映画『ポトフ』が、今年の私の好きな洋画のNo. 1になりました。

THE TED TIMES 2023-49「ポトフ」 12/23 編集長 大沢達男

 

またまた年末の大逆転、映画『ポトフ』が、今年の私の好きな洋画のNo. 1になりました。

 

1、田園交響曲

野原に長くテーブルを並べ、30人ぐらいの人が食事をするシーンがあります。

左手の奥にシャトーが見え、その前で10人ぐらいの子供たちが遊んでいます。

たぶんお庭なんでしょう。

芝生の緑、樹々の緑、鳥の鳴き声、そして青空、あたりには陽の光が溢れています。

食事をしている人はみな、白を基調にした正装で、カメラはロングで全体を写したり、アップで人物に寄ったり、淡い光の映像が連続します。

そこで映画の主人公である美食家ドダン(ブノア・マジメル)と料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノッシュ)が結婚を発表します。

映画の中のひとつのクライマックス・シーンです。

映画『ポトフ』は、ルノアール、マネ、モネなどの印象派のタッチを持った映画です。

かと思うと、室内での料理のシーンでは、渋い色調のレンブラント・カラーで撮影されています。

アップでの野菜、肉、鶏肉、スープなっどの食材、銅製の鍋、皿、暖炉の火。

そして手持ちカメラで料理人の動きが追跡されます。

一糸乱れぬ深い色調のカメラワークは奇跡というほかはありません。

映画『ポトフ』の映像は、バロックです。

戸外での映像は印象派、室内での映像はバロック

全ての映像が一切の音楽を拒否し続けます。

鳥の鳴き声、動物の遠吠え、煮炊きの音、調理器具の音、物音だけで映画は構成されています。

トラン・アン・ユン監督は、『青いパパイアの香り』、『夏至』で、類い稀な筆致の水彩画のような映像を発明しました。

今回は監督が油絵具を持ちました。

映画『ポトフ』の豊かな色彩の映像は、ベートーベンの『田園交響曲』です。

 

2、ガストロノミー( Gastronomie 美食)

美食は、美術と音楽と並ぶ、フランスの芸術です。

<私には外交官より料理人が必要である>と、ある政治家が言ったように、フランスの美食の伝統は、1623年のヴェルサイユ宮殿の創建から始まり、400年の歴史をもっています

主人公のドダンはその歴史から生まれた美食家で、おなじくウージェニーはドダンお抱えの料理人です。

残念ながら、日本人の私には、料理を論じることができません。

グリーンピースのヴルーテ」、「牡蠣のキャビアミモザエッグ添え」、「若鶏のドゥミドゥイエ風」・・・映画のタイトルである「ポトフ」という単語を聞いても、「舌」が反応しません。

パリにはCMロケで数回訪れています。

ジュリエット・ビノッシュより2歳若いソフィー・マルソーの撮影です。

フランス人スタッフと一緒に仕事を食事をしていますから、たんなる旅行者ではありません。

いまでも覚えているのは、カナール(canal=鴨)とソル(sole=舌平目)。

白ワインは、アルザスリースリング。赤ワインは、ボルドーカベルネソーヴィニヨン。映画で描かれたブルゴーニュに特別の思い入れはありません。

でも美食家ドダンの映画の中の台詞には本能的にあこがれます。

「この料理には、陸と海の合奏(アンサンブル)がある。」

いつかこんなことを言ってみたい。

映画『ポトフ』が好きです。そして今年の洋画No. 1に選びました。

 

3、ジュリエット・ビノッシュ

映画に若干15歳の少女美食家ポーリーヌ(ポニー・シャニョー・ラポワール)が出てきます。

楽家モーツアルトのような、絶対音感(絶対味覚)を持った美食家の天才です。

ポーリーヌの存在が、この映画に好感を持てる理由の一つです。

美食家は自分が快楽に浸るだけではありません。伝統をまもり、未来を作ることに熱心です。

ドダンとウージェニーは、自らの持っている感覚と技術を、次の世代のポーリーヌに伝えようとしています。

フランス人は偉いなと思います。

ドダンが新しい料理人を見つけたときに、ちゃんと若いポーリーヌを連れて行くではありませんか(脚本がいいのです)。

ポーリーヌ役のポニー・ラポワールは、ウージェニー役のジュリエット・ビノッシュの若い頃を想像させます。

ジュリエットが『汚れた血』でブレイクしたのは22歳の時でした。

ポニー・ラポワールもジュリエットのように未来のフランス映画を担う人になっていくのでしょうか。

そして忘れてはいけません。

この映画の最高殊勲選手(演技者)はジュリエット・ビノッシュです。

ジュリエットは『汚れた血』のときから、いわゆる美人女優ではありませんでした。

どこにでもいそうで、どこにもいない、なつかしい感じの女の子でした。

今回は料理人でもアーティザン(職人)の料理人を演じました。

無駄な動きがありません。座っている時、上体が動きません。優れたスポーツ選手のすぐれたフォームを思わせます。

かっこいいです。トラン監督が言っています。

ジュリエットが撮影現場に入ってくるその場が一変する。

冒頭で触れた草原での食事、結婚発表のシーンに戻ります。

ドダンとウージェニーは、20年も前から、一緒に暮らし、料理を楽しんいるのに、結婚していませんでした。

印象的なのは、二人だけのシーンからは色彩が奪われています。まるでムンクやビュッフェの絵画のよう、不条理。

美食家と料理人は、夫婦であり得るのか、恋人同士なのか、あるいは単なる仕事仲間なのか・・・。

指揮者と女性ヴァイオリニスト、作曲家と女性歌手、映画監督と女優。

恋人? 夫婦? いやいや、やっぱり単なる仕事仲間!!。

この映画はこの永遠の問いに答えています。

それは長年パートナーと映画を製作してきたトラン監督の問題でもあるからです。

美食家ドダンと料理人ウージェニーは、二人の力でいい仕事をしました。それでいいです。

映画『ポトフ』では、エンディングに、たったひとつの音楽が使われています。

オペラ『タイス』からのメロディー、それに涙しながら、今年は終ります。

トレヴィアン、ジュリエット。

私の今年の洋画No. 1は、『ポトフ』。

私の世界No. 1映画監督は、トラン・アン・ユンになりました。

 

End