映画『ポトフ』は、「料理のフランス革命」を描いたから、すごいんです。

THE TED TIMES 2024-33「ポトフ」 8/19編集長 大沢達男

 

映画『ポトフ』は、「料理のフランス革命」を描いたから、すごいんです。

 

1、映画『ポトフ』

私は2023年のベスト・ムービーに『ポロフ』(トラン・アン・ユン監督 フランス 2023年)を選びました。

まず巧みなカメラワーク、次にその色彩、そして音楽をつけない・・・映画を発明しているから、さらに美食家ドダンと天才料理人ウージェニーの絆と愛の描き方が気に入ったからです。

しかしいまになって「フランス料理の精神史」(橋本周子関西学院大学准教授 日経7/3~7/31全4回)を読み、私は映画『ポトフ』を全く理解していないと、気がつきました。

映画『ポトフ』は、「料理のフランス革命」を描いていたからです。

『ポトフ』がベスト・ムービーであること撤回するつもりはありませんが、このことを橋本准教授に従って説明します。

 

2、フランス料理

1)グルマンティー

グルマンティーズ(仏:gourmandise)とは「おいしいもの」、「おいしいものずき」という意味です。

ちなみに、「ガストロノミー」(仏:gastronomie 英:gastoromy)とは美食学、食事を文化や芸術の域までに理論展開することです。

「グルメ」(仏・英:gourmet)とは、古くはワイン鑑定家、現在では食通、美食家のことです。

グルマンティーズはもともと「大食」を意味し、中世のフランス、ヨーロッパでは「大罪」の一つでした。

「グラ」はラテン語の「喉」です。

しかしおいしいものを食べたいという欲求を抑えることは難しい。ですから食欲を解放する祝祭がありました。

そして中世から近代への時代と共に、グルマンティーズは「罪」ではなくなり、ポジティブな美食の意味に変わっていきます(橋本 日経7/3)。

2)砂糖

『旅サラダ』という日本の各地のおいしいもの巡りをするテレビ番組を見ていればわかりますが、おいしいものは「あぶらがのってる」あるいは「あまい」と表現されます。

タレントさんが、お刺身を食べて「あぶらがのってますね」、果物を食べて「あまい」とほめるようにです。

このことを橋本准教授は<野菜や米、なんであれおいしいと感じればその味わいを「甘い」と表現してしまうほど人間は甘みに弱い>(日経7/10)と表現しています。

むかしのヨーロッパにあった甘味は、果実やハチミツだけで、砂糖はありませんでした。11世紀の半ば以降砂糖が、十字軍によって原産地・南太平洋からアラブ地域を経由して、ヨーロッパに持ち込まれます。

衝撃でした。

はじめ砂糖は、消化薬、風邪薬、目に効く万能薬、そのうちワインに混ぜ「イポクラス」、そしてフランス菓子の「ドラジュ」になり、王侯貴族の食卓に薬的なものとして流行るようになります。

砂糖を使った食べ物は食事の最後に、中世では「イシュー(出口)」と呼ばれ、今日の「デザート」になります。

背徳的な甘さ、これが中世の密やかな砂糖の喜びでした。

3)ルイ14世フランス革命

「大膳式」があります。国王がたくさんの人の前で、大量に驚くほどの量を食事をする、見世物です。

ルイ14世は、4種類のスープ、キジ1羽、ヤマウズラ1羽、サラダ山盛り、煮込んだヒツジ肉、ハム2切れ、パティスリー、コンフィチュール山盛り1皿を一人で食べた、と伝えられています(橋本 日経7/17)。

しかし時代はまだ「大食い=いけないこと」でした。

そこで開発されたのがテーブルマナーです。

フォークは17世紀にイタリアからフランスに輸入、料理の配置法、給仕の方法、会食者の座席の配置などが決められていきます。

1789年のフランス革命で、食べるの主役は王侯貴族から、市民に変わります。

貴族お抱えの料理人は職を失い、街に出て店を開くようになり、レストランという外食産業が始まります。

そして「ミシュランガイド」の先駆のような「美食家図鑑」が出版され、新興富裕層が、グルメガイドを手に、不慣れなテーブルマナーで、ご馳走にありつくようになります。

そして快く、楽しく生きるために食べることの哲学を説いた『美味礼讃』(ブリヤ・サヴァラン)が生まれることになります(橋本 日経7/24)。

グラマンティーズは罪ではなくなります。

 

3、料理のフランス革命

以上はフランス料理の歴史です。ホテルのレストランの高級フレンチのコース料理です。ミシュランを飾るレストランのフランス料理です。

映画『ポトフ』はこれに反乱を起こしました。

美食家ドダンは、ユーラシア皇太子の晩餐会での料理にうんざりし、「ポトフ」で皇太子をおもてなしすることを思いつきます。

「ポトフ」は王侯貴族のフランス料理ではない、もう一つの古くからあるフランス料理でした。

「ポトフ」(仏:pot-au-feu=火にかけられた鍋)は、野菜と肉の煮込み、名もない当たり前の食事でした。

「ポトフ」は17世紀のピーテル・ブリューゲル(子)の「農家の訪問」という絵画に描かれている大きな鍋料理です(日経7/31)。

「ポトフ」は、だれにも真似ができない、その土地に根ざすものだけが作り、味わうことができる、フランス国民のアイデンティティーでした(橋本 日経7/31)。

バルティーユ牢獄でアンシャン・レジームを倒したのが1789年のフランス革命なら、美食家ドダンは、中世以来の農村の料理「ポトフ」で19世紀末のうんざりする王侯貴族のフランス料理を、打ち倒しました。

映画『ポトフ』は、「料理のフランス革命」を描いた映画でした。もちろん「政治の革命」のように「料理の革命」は成功しませんでしたが、特筆すべき「反乱」になりました。

カンヌ国際映画祭での監督賞に輝くトラン・アン・ユン監督の映画『ポトフ』を、私だけでなく、日本映画界も理解できませんでした。