THE TED TIMES 2024-43「Blue Suede Shoes」 10/30 編集長 大沢達男
「消費は美徳」の新しい価値観のアメリカ人の登場が、ロックンロールを準備しました。
いま私の手元には、2枚の写真があります。
スーツを着て部屋の椅子に座る11歳の私、Gパン姿で路上に座る15歳の私です。
先日は、マムのグラディスとダディのバーノンが子供の頃、1920年代から30年代にかけて、のアメリカの話をしました。
黒人の移動と洪水と恐慌の激動の時代そしてジャズの誕生の時代でした。
今日は1940年代から50年代にかけて、私がチューペロとメンフィスにいた頃の少年時代のアメリカを振り返ります。
私の記憶はほんのわずか、こちら=天国に来て、ある偉い先生から教えていただいたことが中心になります。
偉い先生とはリースマン教授(1909~2002)です。
先生の『孤独な群衆』(1950年)は、本格的な社会学、社会心理学の本ですが、ベストセラーになって当時の事件になりました。
40年代から50年代のアメリカがまるで昨日のことかのように生き生きと描かれています。
当時をイメージしていただくために1曲聞いていただきます。
2、I’m so lonely I could cry 淋しくて 泣きそうだ
Hear that lonesome whip-poor-will 聴いてごらん 淋しい夜鷹の声を
He sounds too blue to fly 淋しくて 飛べない だってさ
The midnight train is whining low 夜汽車も めそめそ走ってる
I’m so lonesome I could cry 淋しくて 泣きそうだ
Did you ever see robin weep 見たことある 駒鳥の泣きを
When leaves began to die 落ち葉が 始まるとき
That means he’s lost the will to live 分かるんだ 奴は死ぬ気だ
I’m so lonely to could cry 淋しくて 泣きそうだ
The silence to a falling star 夜のしじまに 星が落ちていく
Lights up a purple sky キラリひかり 紫の空を
And as I wonder where you are ぼく想う 君がどこかを
I’m so lonely I cloud cry 淋しくて 泣きそうだ
I’m so lonely I could cry 淋しくて 泣きそうだ
3、新しいアメリカ人
「淋しくて 泣きそうだ」はカントリー・チャートにランクインしたハンク・ウイリアムズ(1923~1953)の1949年の曲です。
なんて素晴らしい歌でしょう。
自然との一体感は、石油と自動車の白人の歌とは思えません。花鳥風月と暮らしたインディアンの歌のようです。
私は1973年のハワイ公演で歌い、観客の拍手を浴びています。
本題に入ります。
私の少年時代、1940年代から50年代にかけて、「古き良きアメリカ人」に変わって「新しいアメリカ人」が登場していました。
新しいアメリカ人とは何か。
「質素と倹約」ではなく、「消費は美徳」の人たちです。
時代は急激に変わります。
かつてのアメリカ人のエネルギーは労働と生産に向かっていましたが、新しいアメリカ人は消費と廃棄のプロでした。
「他人(ひと)が自分をどう見ているか」を、気にする人々でした。
何を買ってる、何を食べてる、何を着ている、どんな生活をしている。
仲間からウケなければ満足できない人々です。
リースマン教授の『孤独な群衆』から、消費は美徳の人のデッサンをご紹介しましょう。
第1。小さな子供たちはテレビの型、自動車のデザイン、汽車の性能について熱心に議論していました。購買力を持っていないのに、消費者として立派な才能を身につけていました。
子供たちの発言は家庭の中で無視できないものなっていました。
第2。若い娘たちは、自分の恋人と友だちカップルのネッキング(首への抱擁、キッス)技術を、話題に議論するようになっていました。
第3。ティーンエイジャーでは、レコードのコレクションで、消費の競争をしていました(注:ロックではない。ヒルビリーやクラッシック)。
フム、フム、フム・・・時代の変貌は、エルヴィスの登場の時代が近づいている、のを感じさせます。
リースマン教授の「他人志向型」とは「新しい人」です。カッコと流行を気にし、何を買うかが生活の中心にある人です。新しい人は「遊ぶ人」です。
「内的指向型」とは「古い人」です。親を手本にする人、親によって教育された儀式・エチケットを守る人です。古い人は「働く人」です。
「伝統志向型」)とは「昔の人」です。家族・氏族中心の伝統的生活様式の人です。ルネッサンス、宗教改革、産業革命、以前の人です。昔の人は「祈る人」です。
私・エルヴィス・プレスリーは、ロックンローラーとして「遊ぶ人」の人気者になりましたが、私自身はアメリカ南部の「働く人」でした(情けない)。
さあ準備はできました。
次に「Blue Suede Shoes」を聞いていただきます。
1956年にカール・パーキンスによって作られ、1956年にエルヴィスもレコーディングしています。
ボクのカッコいい靴を踏まないでくれ。ボクを殴っても、ボクのクルマをかっぱらっても、ボクの家を燃やしても、ボクに何をしても許すから・・・
ボクのブルースエードシューズを踏まないでくれ「新しい人=遊ぶ人」を象徴する歌です。
4、Blue Suede Shoes
Well it’s one for the money two for the show. 一番はカネ 二番はショウ
Three to get ready now go, cat go 三番は準備 さあみんな行くぜい
But don’t you step on my blue suede shoes だけど ボクのブルースエードシューズだけは踏まないで
Well you can do anything but 何をしたっていい だけど
Lay off of my blue suede shoes ボクのブルースエードシューズを踏まないで
Well, you can knock me down, step in my face ボクを殴ってもいい 顔を踏みつけても
Slander my name all over the place ボクの名をけなしても あっちこっちで
Do anything that you want to do なんでもして やりたいことを
But uh-uh honey, lay off my shoes だけどねえキミ 靴から足をどけて
Don’t you step on my suede shoes ボクのブルースエードシューズを踏まないで
You can anything but lay off of my suede shoes なにをしてもいいけど ブルースエードシューズから足をどけて
Now let’s go cats(oh walk the dogs) さあ いくぜい みんな
You can burn my house, steal my car 家を燃やしてもいい 車をかっぱらっても
Drink my liquor from an old fruit-jar 酒を飲んでも ボクのボトルから
Do anything that you want to do 何をしても 好きなことを
But uh-uh baby, lay off of my shoes だけど ねえ キミ 靴から足をどけて
Don’t you step on my blue suede shoes 踏みつけないで ボクのブルースエードシューズを
You can anything but lay off of my suede shoes 何をしたっていいさ だけどボクの靴から足をどけて
Rock it ロックだ
Well it’s one for the money two for the show 一番は金 二番はショウ
Three to get ready now go, cat go 三番は準備 いいかみんな行くぜい
But don’t you step on my blue suede shoes だけど踏みつけないで ボクのブルースエードシューズを
Well you can do anything but lay off of my blue suede shoes なにをしてもいいけど ボクの靴から足をどけて
Go cat uh いくぜいみんな
Blue, blue suede shoes oh baby ブルーブルースエードシューズ ねえキミ
Blue, blue suede shoes uh ha ブルーブルースエードシューズ ウーハー
Blue, blue suede shoes oh baby ブルーブルースエードシューズ ねえキミ
Blue, blue suede shoes ブルーブルースエードシューズ
You do anything but lay off of my blue suede shoes なにをしてもいいけど ボクの靴から足をどけて
5、2枚の写真
2枚の写真を見返します。
1946年11歳、テューペロの私は、チェックの柄のスーツを着て、髪の毛をうまく分け、部屋の椅子に座っています。
とてもいい子に見えます。母の言いつけをよく守る子供に見えます。古い「働く人」の息子です。
1950年15歳、メンフィスの私は、道路の路肩に座っています。
Gパンにデニムのシャツ、帽子を被り、Gパンの裾をまくり上げ、チェックのソックスを見せています。
カッコつけています。もう自分のスタイルのファッションを楽しんでいます。新しい「遊ぶ人」になり切っています。
たった5年、田舎のテューペロから都会のメンフィスに移っただけなのに、私は古い「働く人」から新しい「遊ぶ人」に大きく変わっています。
普通だったら11歳の私が遊ぶ人で15歳の私が働く人に成長するはずなのに、1940~50年代はその価値観が逆転している、といってよいでしょう。
それは1949年の「I’m so lonely I could cry」と1956年の「Blue Suede Shoes」の対比です。
しかしアメリカ人の「白人中心」のリベラリズム(人権・自由・平等の自由主義)の思想は全く変わっていません。
驚くべきことですが、1950年に『孤独な群衆』を書き、世界的有名になったリースマン教授すらもレイシズム(人種差別主義者)に囚われています。
6、レイシズム(Racism=人種差別主義)
私は天国の図書館で、『孤独な群衆』を手に取ったのですが、理解できない(容認できない)記述にぶつかりました。
「アメリカ・インディアンは奴隷として役に立たなかった」、「日本人2世は高い教育を望む」、「中国人は、3世になっても洗濯屋や中華料理店を経営し続ける」(p.15)。
<インディアンは奴隷として役に立たたなかった?>。
冗談はやめてください。それは先住民が白人より自然を大切にする生き方を持っていたからです。
私、エルヴィス・プレスリーの母方の祖父母はチェロキー・インディアンです。
<日本人が高い教育を望む>。
日本人を未開人扱いすることをやめてください。
エルヴィスは、天国でキュウ・サカモトと知り合いました。
『スキヤキ』で1963年の6月に3週連続全米1位のヒットソングを飛ばしたシンガーです。
キュウ・サカモトは、日本がアメリカ人より10倍も長い歴史持つ国である、ことを教えてくれました。。
<中国人が洗濯屋と料理屋が好きだ>。
アヘン中毒であったような中国人に工業生産は向いていないと言いたいのでしょう。
エルヴィスはこちら=天国に来てから『Enter the Dragon(燃えよドラゴン)』(1973年)のブルース・リーにマーシャル・アーツを教わりました。
中国もアメリカよりはるかに長い文明を持つ国です。
アメリカの学者には「Racism(人種差別主義)」があります。
1940年代50年代のアメリカでは一流学者でも「白人は遺伝学的に優秀だ」が常識でした。
あとで触れますが、1960年代70年代になってこのレイシズムが、リベラリズム(人権、自由、平等)に亀裂をもたらし、アメリカ合衆国を分断させます。
ちょっと理屈っぽくなりましたが、お許しくだだい。
是非言っておきたかったのです。
私は黒人のように歌う歌手として登場しました。白人と黒人の壁を壊した歌手でした。
そして私の娘は黒人と結婚しています(注:エルヴィスの娘のリサ・マリー・プレスリーはマイケル・ジャクソンと結婚)。
レイシズム(人種差別)は許せません。