キャパは女を撮れなかった。なぜなら・・・。

クリエーティブ・ビジネス塾9「キャパ」(2013.3.5)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、キャパはゲイだ。
なぜ戦場の写真がこんなに受けるのでしょう。兵士だけが人間なのでしょうか。『ロバート・キャパゲルダ・タローふたりの写真家』(横浜美術館 2013.1.26~3.24)を見ていてそう思いました。きっと人々は戦争が好きなのでしょう。平和主義者は、戦争を持ち望んで、戦場で写真を撮ることを夢見ている、のかもしれない。
キャパの名を世界的にした2枚の写真があります。一枚目は『崩れ落ちる兵士』(1936年)。スペインの内乱で共和国軍兵士が頭を撃ち抜かれ、倒れる一瞬を捉えた写真です。二枚目は『Dデイ』(1944年)。第二次世界大戦アメリカ軍がノルマンディー・オマハの上陸しようとする兵士を撮った写真です。ともに写真家が死んでいていもおかしくないほど、危険な写真です。
戦争の写真を撮るとは、軍人といっしょになって戦場に出ることです。戦争を戦うことです。戦いには男性しかいません。従って、写真家は男性を撮ります。キャパもそうです。女性を撮っていません。女性を撮れていません。キャパは同性の男性だけを愛したゲイです。
2、「カメラマン」はホモだ。
ロバート・キャパ(1913~1954)は、偽名です。本名はハンガリー生まれのユダヤ人、アンドレー・フリードマンです。1934年にアンドレーは、女性の写真家ゲルダ・タロー(1911~1937)とパリで出会います。公私ともに意気投合しふたりのは、アメリカ人のロバート・キャパという架空の写真家を作り上げ、作品を発表します。しかしゲルダは、スペイン内戦ですぐに死にます。その後アンドレーは、ロバート・キャパとして、写真を撮り続け20世紀を代表する写真家になります。
1942年夏キャパは、ヨーロッパ戦線を撮るために雑誌社に雇われ、アメリカからイギリスに渡ります。その船中での出来事。キャパは船長に、その名前から映画監督のフランク・キュプラと間違われます。キュプラは『素晴らしき哉、人生!』(1946年)を撮ったアメリカ映画を代表する映画監督です。そのとき、キャパのとった態度が印象的です。キャパは、船長の勘違いを訂正せずに、映画監督キュプラを演じ続け、ハリウッドのあれこれを、船長に話し続けます(『ちょっとピンぼけ』P.27 ロバート・キャパ 川添浩史/井上清一訳 文春文庫)。
イギリスに渡ったあと撮った『Dデイ』の写真の話はすごい。進撃前の午前3時に朝食がでる。ホット・ケーキ、ソーセージ、卵・・・でも緊張した胃は食べ物を受け付けない。朝日とともに上陸用舟艇が母船から海に下ろされる、たちまち水浸し、船は波に揺れ兵士たちは嘔吐を始める。もちろん銃の代わりにカメラを持ったキャパも一緒である。銃声が聞こえてくる。汚物だらけの舟底の身をちぢめる。明るくなってくる。兵士たちは腰まで水につかり銃を構えて上陸を開始する。ドイツの機関銃が弾丸を浴びせる。キャパは写真を撮りながらも、フィルムチェンジのときに無意識のうちに前線から逃げ出す。母船に戻り気を失い、先発部隊の唯一の生存者のとなりのベッドで、気がつきます(前掲 P.158~P.165)。「カメラマン」の仕事は兵士と何ら変わりません。「マン」、男だけの仕事です。
3、ホモは女を撮れない。
『崩れ落ちる兵士』は、ゲルダ・タローが撮った、キャパ(アンドレー・フリードマン)ではない。『キャパの十字架』(沢木耕太郎 文芸春秋)は、新説を提示し、それを実証しました。
キャパは、(『崩れ落ちる兵士』の写真について)「お前たちにはこの民兵が、敵弾に倒れるとき、どんな歌をどなっていたか、想像できるかい」。「クカラッチャ、クカラッチャ、と叫びつつ突進した・・・」と、語りました(『ちょっとピンぼけ』P.248)。この話は、船でキュプラを演じたように、嘘です。
キャパはゲルダ・タローが眠っている写真を残しましたが、恋人を撮れていません。そしてキャパは戦後、女優のイングリッド・バーグマンと恋に落ちます。しかしまたもや恋人を撮れませんでした。二枚の写真があります。一枚はロング、一枚は横向きの全身。ともに恋人の写真になっていません。恋人の瞳をキャパはしっかり撮っていません。ゲイのキャパは女を撮れませんでした。
(「ゲイ」や「ホモ」を差別しているのではない。仮面をかぶった「平和主義者」を批判している)