篠山紀信とキャパから、写真を考える。

クリエーティブ・ビジネス塾50「篠山紀信」(2012.12.31)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、篠山紀信
篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN』が全国を巡回しています(東京展は東京オペラシティアートギャラリー 10/3~12/24)。
篠山紀信は、もう50年もの間、日本を代表するカメラマンであり続けています。山口百恵松田聖子などの芸能人を撮り「激写」という言葉で有名になり、1991年に16歳の宮沢りえのヌード写真集『Santa fe』を年間のベストセラーにしました。2~3年前は青山墓地などでヌード撮影をした公然わいせつ罪で話題になり、最近作ではAKB48の写真が話題を呼びました。
ビートルズのジョンとヨーコのキスの写真を覚えていますね、先日亡くなられた中村勘三郎のお葬式で使われた、故人が微笑しながら両手を合わせている写真も知っていますね。ともに篠山紀信の仕事です。篠山は単なる写真家ではありません。時代のトップランナーとして走り続けてきました。
水着の山口百恵、全身入れ墨の男たち、大相撲の全力士・行司・親方、豊島園のプールサイドの人々、裸の宮沢りえ座頭市勝新太郎が、3~4mの巨大写真になって、並べられています。大迫力、しかし見終わったあとに、奇妙な思いに捕われました。写真展に篠山紀信がいない。そして写真とは何なのか。疑問だけが残りました。
2、ロバート・キャパ
プロの写真家が好きな写真家にロバート・キャパがいます。スペインの人民戦争に取材した『崩れ落ちる兵士』や、第二次世界大戦ノルマンディ上陸作戦を取材した『波の中の兵士』を撮った写真家です。ともにカメラが発明され以来の最も有名な写真のひとつといわれています。人類が撮った写真の代表作です。キャパは戦場のカメラマン、命をかけた現場のカメラマンでした。
『キャパの十字架』(沢木耕太郎 文芸春秋2003.1)は、その傑作『崩れ落ちる兵士』に疑問を突きつけるノンフィクションです。
写真は、本当の戦闘で撮ったものなのか。本当に兵士が撃たれたものなのか。そもそも写真は、ロバート・キャパが本人が撮ったものなのか。そして、噂は正しかった。と物語を展開していきます。
では、キャパの写真家としてのキャリアは否定されるか、キャパは世紀の食わせ者として写真の歴史から抹殺されるか。沢木耕太郎は、そんなことを一切言いません。どのような事実があろうともキャパはキャパのままである。沢木は、写真の疑義を論じますが、写真家キャパに対しては何の疑義も提出していません。
『崩れ落ちる兵士』は、共和国の兵士である。その兵士が反乱軍によって撃たれる。写真は、共和国の悲劇的な運命を予感している。写真はその悲しい真実を撮っている。だから歴史に残る写真になっている。『波の中の兵士』は、連合国軍の兵士である。民主主義の国から来た兵士が、ファッシズムと戦うために海を乗り越えようとしている。自由の力はもろい、しかし確実の独裁者を追いつめて行く。これが人類の真実の力だ。
そもそもロバート・キャパは偽名です。本名は「エンドレ・フリードマン」。プタペストで生まれたユダヤ系のハンガリー人です(前掲 P.416)。ロバート・キャパは事実の名前と違いますが、ロバート・キャパが残した仕事は真実です。キャパは真実の人でした。キャパの写真には、真贋を越えて、キャパがいます。
うーむ、そうなんだ。つまり写真は「真」実を「写」すから写真であり、写真はただボケーッと事「実」を「写」す写実ではない。キャパは戦場の写真家として、戦争の真実を写した。
3、無私の精神
篠山紀信の写真には篠山紀信が写っていません。「完璧に被写体の『こう見られたい』願望をrealize(理解/実現)した写真」(小説家平野啓一郎 日経12/13)です。
篠山紀信はお寺の住職の子供ととして生まれています。篠山の写真には強烈な個性がありますが、わがままな個性はありません。それは無私の精神です。その人だけを撮っているから、その人の真実だけを写しているからです。写真は「真」を写す。同じように「美」や「善」を写します。