『風立ちぬ』はすばらしい。しかしこの先の宮崎駿はむずかしい。

クリエーティブ・ビジネス塾28「宮崎駿」(2013.8.1)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、アンチ・ジブリ
宮崎駿のファンではありませんでした。そのことを恥じていました、時代に取り残されるようで、人には言えませんでした。なぜファンでなかったのか。宮崎駿の画が嫌い、そして宮崎本人が何となく分別臭く、いい人ぶっているのに反発していました。
もちろん宮崎駿の実力は充分に知っていました。『アルプスの少女ハイジ』はいい。とくに、『カリオストロの城』の物語の設計図を見たときには打ちのめされました。建築家ル・コルビジェ安藤忠雄のスケッチに全く負けていない。美しい線で、世界が設計され、物語の構造が、一枚の紙にデザインされている、まさしく天才の仕事。しかし宮崎駿を生理的に認めたくありませんでした。
新作『風立ちぬ』は、この宮崎駿に対する思いを訂正しなければならない、作品です。はじめて宮崎の長編アニメを隅から隅まで理解でき、そしてこれから宮崎駿の本格的な表現は始まると予感しました。「この先、宮崎さんは大変だぞ」。作家の半藤一利がつぶやきました(「『風立ちぬ』戦争と日本人」宮崎駿半藤一利 『文芸春秋』2013.8)。平和と民主主義のヒューマニスト宮崎駿は終わり、日本を愛する国粋主義者宮崎駿の戦いが始まります。
2、『風立ちぬ』へのオマージュ
風立ちぬ』は、雲がきれいな映画です。雲のシーンだけで感動できます。ドイツ人の映画監督レニ・リーフェンシュタールは、ドキュメンタリー映画史上の最高傑作といわれる『民族の祭典』で、雲を描き民族の情念を描くことに、成功しました。『風立ちぬ』の雲は、命の躍動だけなく、はかなさと憂い、美しくも悲しい日本人の情念を描いています。
つぎに主人公の堀越二郎がいい。薄いすみれ色(ラベンダー)のスーツを着て出てきます。雲の白、野の緑にうまくマッチしています。シェイプもかっこもいい。そして声。アニメーション、エヴァンゲリヨンの監督・庵野秀明。朴訥でロマンチックな日本男子を演じています。益荒男の誕生です。
第3に、『風立ちぬ』のストーリーがいい。零戦の設計者堀越二郎の実話と堀辰雄の小説『風立ちぬ』を融合させて作ったものですが、作為を感じません。物語が生まれています。美しく散っていく、日本の滅びの美学があります。
3、日本人
宮崎本人が自分の映画を試写室で見て泣いたシーンがあります。堀越二郎たち日本人技術者が、技術の先進国ドイツの飛行機工場を訪れたときに、ドイツ人に相手されなかった。宮崎は自らが造形した、同胞日本人の無念さを思い、泣きました。
宮崎の父は、飛行機工場を経営し、零戦の風防を作っていました。わずかに思い出が残る宮崎も兵器や飛行機のオタクになりました。兵器を愛し、日本人のために泣く。これって右翼、国粋主義者です。宮崎は戦闘機じゃない、美しい飛行機を作りたいのだ、と抗弁しますが・・・。
宮崎駿昭和16年生まれ、終戦のときに4歳。戦後の平和教育で育ちます。平和教育とは、占領軍による洗脳教育、日本人撲滅作戦です。宮崎は理性で平和を語りますが、情念は正反対の所にあります。美しい日本の自然、さらに祖国と同胞を思う日本人としての心情、そして(このことは決して口にしませんが)天皇の存在に思いを寄せています。この先の宮崎には、平和主義の似非的進歩的文化人の仮面を捨て去り、国粋主義者として素顔をハッキリさせる仕事が待っています。
ベルリン、ヴェネチア、カンヌ(2013年受賞予定)、世界の3大映画祭でグランプリに輝く世界の巨匠は、ある日突然、ウルトラ・ナショナリストに変身し、世界は騒然となります。なーに、驚くことはない。ジョーズE.T.のお子ちゃま映画を作ってきたスピルバーグ監督は突然『シンドラーのリスト』で、子どもたちを裏切ったのですから、トトロやポニョの宮崎駿監督が、『風立ちぬ』に続いてたとえば、「後鳥羽天皇(侍に反抗した最後の公達)」を作ってもおかしいはずがない。
「自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んでいこうとする者の目にだけだ」(『風立ちぬ堀辰雄 p.107)。それとも、宮崎はまだ死んでいこうとする者になったことがない、アニメが好きな育ちのよいお坊っちゃんにしか過ぎないのでしょうか。