TED TIMES 2020-65「スパイの妻」 12/14 編集長大沢達男
残念ですが、映画『スパイの妻』に、私は賛成できません。
Kさん。映画『スパイの妻』をおすすめいただき、ありがとうございました。
「文句なしにいい映画。あなたの意見もぜひ聞きたい」と、お電話を受けた翌日に、早速見てきました。
睡眠不足で、いつものように居眠りするんではないかと、心配しましたが、全編を完璧に見ることができました。
多分、何か引きつけるものが、あったのでしょう。
しかし映画に対する私の評価は否定的。なぜKさんが、この映画を評価したのかを、考えてみました。
<帝国陸軍の非人道的な犯罪を告発しようとした、主人公の優作の国家権力を恐れない行動>に共感したのではないでしょうか。
帝国陸軍の犯罪とは、映画でははっきりと明示されていませんが、731部隊(石井部隊)による医学的な人体実験です。
Kさん。Kさんが所属していた新聞社では、従軍慰安婦(最近否定されましたが)、南京事件、731部隊は、帝国陸軍の犯罪として常識でしょうが、これは極めて党派的な見解でしかありません。
とくに南京事件の30万人虐殺については否定的。これが現代史の常識です。
コントラバーシャル(議論が多い)な事件を題材に劇映画をつくっても、党派性をもった映画にしかなりません。
もし731部隊をテーマを映画したいなら、事実をとことんまで追い詰めたドキュメンタリー映画をつくるべきです。
たとえば、『FAKE』(森達也 2016)があります。
覚えていらっしゃいますか。聴覚障害者でありながら交響曲を作ったという佐村河内守(さむらこうちまもる)を。このドキュメンタリーは、この男を主人公に人権侵害、障害者差別、ギリギリのところまで追い込み、迫真の映画にしています。
あるいは、ホロコースト描いた『シンドラーのリスト』(スピルバーグ 1993)でもいいでしょう。
しかし・・・私の見解はこの映画の観客に受け入れられないでしょう。
私の入場券は59番、半分以上の座席は埋まっていました。ヒット作だからです。
しかもベネティアの国際映画祭は銀賞を与えています。日本のファシストに抵抗した市民を描いた勇気への賞賛・・・。
会場に集まった裕福な老人たちは、Kさんの会社の新聞の愛読者である、とふみました
Kさん、映画のテーマには否定的ですが、映画技術的には大いに評価できる映画だと、思いました。だから私は居眠りしなかった。
この映画には日本映画の最高の頭脳集まっています。
まず1940年代の日本の街を描いたシーンに驚きました。
美術がいいです。衣装がいいです。驚くべきリアリティです。アクチュアリティというのでしょうか。過去が躍動していました。
つぎにキャメラ(業界人はカメラではなく、キャメラといいます)がいい。どのカットにも緊張感が溢れています。編集もいいです。
ただ残念なのは神戸港の引きの絵(カット)がないこと、CG用にあと1000万円の予算が欲しかったところです。
引きの絵があれば、全く違った印象の映画になっていたと思います。
映画のエンディングで、はしけに乗って主人公の優作がバイバイと手振るシーン。神戸港の全景のシーンが欲しい。あれでは監督自身が現実にサヨナラしているようにみえます。
そして注目すべきはシナリオのスタッフに濱口竜介が入っていること。プロットの基本は、濱口のアイディアです。
濱口(1978~)は東大の文学部卒、芸大大学院映像研究科卒のスーパーエリートです。
商業映画へのデビュー作『寝ても覚めても』(2018年)を、新宿テアトルで満員、しかも若者に囲まれて見たのを、いまでも鮮烈に覚えています。
なぜKさんが誘ってくれるまで、『スパイの妻』を見に行かなかったか。実は、黒沢清監督(1955~)が苦手だからです。
『ドッペルゲンガー』(2003年)ほかを見ていますが、印象に残っていません。ほんとのことを言うと、濱口監督の『寝ても覚めても』も、好きではありません。
問題は、MA(映像と音のミックス)です。画と音の融合で映像は生まれ、映画になります。お手本はジャン・リュック・ゴダールの『ゴダールの映画史』(1988年 4時間26分)です。
ゴダールはこのわけのわからない長編で、可能な限りの映像表現と可能な限りの音響表現を、追求しています。
『スパイの妻』も『寝ても覚めても』も、その点で不満でした。うまく映像が撮れてるだけ、じゃん。
Kさん、やはり最初の問題に戻ります。
映画を見終わったあと偶然、仕事仲間の若い女性(といっても、30代の後半)のスタイリストから、電話がかかってきました。
木村拓哉さん、矢沢永吉さん、いまをときめく日本のスターと仕事をしている女性です。
私「いまさ、友だちにすすめられて、映画見てきたんだけどさ」 スタイリスト「なんの映画?」
「なんかさ、昔の陸軍が悪さしたとか、しないとかの、映画でさ」 「それって、つらくない?昔の日本軍の話なんかにどーでもよくない?」
「蒼井優(あおいゆう)ちゃんと、東出昌大(ひがしでまさひろ)さんが出ているんだけさ」 「優ちゃんは見てもいいけど・・・」
「今日これから、下北で一杯どう?」 「これから仕事、明日ならいいけど」
私は卑怯です。相手によって話をころっと変えます(もちろん相手が分かる話をするために)。ですが、女性スタイリストに話したことは、私の本音の一部です。
「反」戦前、反「帝国陸軍」、反「戦争」、アンチの思想が嫌い、リベラルな思想が嫌いです。批判ばかりで提案がない。
歴史人口学者のエマニュエル・トッドが面白いことを言っています。米大統領選挙でバイデンが勝ったけど、米国は苦労する、というものです。
アンチ・トランプ、アンチ・コロナ、そしてアンチ・人種差別で、当選したバイデンのリベラルな主張には、政策がないからです(『文藝春秋』2021.1)。
映画館で出口調査をすれば、『スパイの妻』に集まった観客は、圧倒的にバイデンの支持者でしょう。
まあこの辺の話は、やめにしましょう。もちろん従軍慰安婦、南京事件、731部隊のことも、どうでもいい老人のケンカになるばかりです。
Kさん、変なことを思い出しました。
先日、Kさんの新聞と同じ系列のテレビ局のTさんと、2時間ほど面談しましたよね。
そのときTさんは、自分が所属する系列の新聞、つまりKさんが務めていた新聞の論調について、一切触れませんでしたね。
あれ、なにかありますね。なんでしょうか。容易に口をわらないでしょう。こんど聞き出します。
血を呼びますよ。老人のケンカの予感。なぜ、なぜ、なぜ。
乱文、乱筆、お許しください。
2020.12.14 大沢達男
K.A.様