映画大国・中国の矛盾、映画『苦い銭』。

クリエーティブ・ビジネス塾9「苦い銭」(2018.2.26)塾長・大沢達男

映画大国・中国の矛盾、映画『苦い銭』。

1、中条昌平
フランス文学者で学習院大学教授の中条昌平(ちゅうじょうしょうへい)先生が、日経の映画欄でつけた4つ星に誘われて、『苦い銭』(監督ワン・ビン王兵 フランス・香港合作 2016) を見ました。
これがまた傑作でした。中条先生に感謝します。『苦い銭』はドキュメンタリー映画です。
舞台は湖洲市。上海から内陸へ150キロ、杭州から北に100キロにある、人口260万人の出稼ぎ労働者の街です。縫製工場が1万8000以上、そこでは田舎の雲南から出てきたばかりの少女シャオミン(16歳)、激しい夫婦喧嘩をするリンリン(25歳)とアルヅ(32歳)のカップル、酔っぱらいのホアン・レイ(45歳)、仕事が遅いと解雇されるファン・ビン(29歳)などが、働いています。
1日の賃金は、12時間以上の労働で70元(1190円)から150元(2550円)、粗末な食事、狭い部屋にベッドが並ぶ住居はタコ部屋のようです。
街では商品になる衣服を運ぶオート3輪車が走り回っています。昔の日本でも見かけなかったほどに、粗末な車です。街は汚い、いたるところにゴミが散乱している。そこにときどき、あたりまえのように我が物顔の高級車のメルセデス・ベンツが、ドカドカと走り込んできます。これが中国です。
2、前田佳孝
映画の魅力はカメラワークです。
まず冒頭の列車のシーンに驚かされます。超満員の長距離列車で移動するまだ15歳の少女、シャオミンを撮っています。すし詰めの車内にどうやってカメラが入り込めるのかわかりません。狭くて寝苦しいがそれでも眠るシャオミン、集団就職のような車内の様子がよくわかります。
つぎにカメラは女工たちの日常を映します。部屋の中を動き回ればそれを追いかけ、部屋を出れば廊下へ階段へとカメラはついて行きます。何のこと変わりませんが言い争いがあればそれを撮ります。ミシンを踏みの仕事にも付き合わされます。
そして映画は、リンリンとアルヅの夫婦喧嘩を描きます。アルヅが妻のリンリンを怒鳴りつけ罵ります。髪や首筋を掴み、引き摺り廻します。ドメスティックバイオレンスです。はっきり言って、ヤバい!。
さらにカメラは突然、映画の中の登場人物に突然話しかけます。勤めを解雇されたファン・ビンに、<なぜ解雇された>と問いただします。また逆に登場人物がカメラに向かって話しかけます。夫にいじめられたリンリンがカメラに向かって<ついて来て!>とリクエストします。
ワン・ビンから言われたのは、”1日5時間、最低でも3時間撮れ””まずはフィックスで動かずに撮り続けろ””何も起こらないと思ってもどこで変化するかもしれないから、粘り強く撮れ”>
これは映画製作に5人のカメラマンの一人として加わった前田佳孝の証言です(『苦い銭』パンフレットp.15)。フィックスが基本、それがモーションピクチャー(動く映像)です。
苦い銭』は、2016年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門で脚本賞ヒューマンライツ賞を受賞しています。これは撮影技術と膨大な素材をうまく構成した編集技術の与えられたものでしょう。
3、ロウ・イエ
中国には優れた映画あります。まず『10年』(2015年)香港の若手5人の監督による、5つの短編映画です。中国政府を激しく批判しています。つぎはロウ・イエ監督です。反政府運動の学生を描いた『天安門、恋人たち』(2006年)が代表作。中国のゴダールです。
中国は経済成長を続けています。ベンツは言うに及ばず、フェラーリのようなスーパーカーも中国市場をあてにしています。そして地上でも宇宙空間でもサイバー空間でも、中国は世界最大の軍事大国になろうとしています。同じように映画でも中国は映画大国です。しかし不思議です。『苦い銭』、『十年』、『天安門、恋人たち』を、中国人は見ることができない、中国政府が上映を禁止しているからです。
<資本は、ただ生きた労働の吸収によってのみ、吸血鬼のように活気づき、またそれを多く吸収すればするほど、またまた活気づく>(『マルクス資本論(二)』(エンゲルス向坂逸郎訳p.96 岩波文庫)。
「働けど、働けど」というキャッチコピーのついた『苦い銭』は、まさしくマルクスが指摘した矛盾そのものを描いています。中条(ちゅうじょう)先生!この映画は、<中国の底知れない現実>(日経2/2夕刊)ではなく、<共産主義の矛盾>を描いているのではありませんか。