白鵬、強いものは美しい。

THE TED TIMES 2022-13「白鵬」 4/15 編集長 大沢達男

 

白鵬、強いものは美しい。

 

1、美

操上和美(くりがみかずみ)の撮った白鵬が美しい。

白鵬翔 さざれ石の巌ー大横綱の軌跡』(SWITCH 特別編集号)は、「強いもの」は「美しい」と教えてくれる、見事な写真集です。

操上はファッション・フォトグラファーですが、女性ではない男性を撮る写真家です。

映画の世界で、ジョン・ウェンインを撮ったジョン・フォードや、三船敏郎を撮った黒澤明と同じです。

操上は、矢沢永吉高倉健を撮りました。

男を撮るのが上手い操上は写真界のクロサワです。

白鵬は45回の幕内最高優勝を成し遂げました。それは、大鵬の32回、千代の富士の31回、朝青龍の25回、北の湖の24回を、はるかに上回るものです。

白鵬は史上最強です。その史上最強が写真になっています。

スピードを象徴する上半身、鋭い投げを打つ下半身、そして相撲の将来を見つめる目、白鵬の強さの全てを操上は一枚の写真にしました。

 

2、横綱

相撲の強さは、スピード、パワー(力)、テクニック(技)で決まりますが、長年相撲を見てきた素人考えからすると、そのなかで一番重要なのはスピードだと思えます。

スピードで一番印象に残るのは大鵬です。それも全盛期ではなく、関脇、大関の頃の立ち合いの鋭さが印象に残っています。早いと言うより「せっかち」のようにすら見えました。

千代の富士の「左まえみつ」を取る速さも素晴らしかった。朝青龍の次から次への動きの速さ、そして押し相撲の北の湖の相撲の速さも忘れられません。

白鵬はそのなかでも一番動きが速かった。おそらく最後の出場になった2021年7月の名古屋場所でも、幕内力士の中で最速の動きを見せていたのではないでしょうか。

次は投げの強さです。土俵のど真ん中で、上手投げをうち、相手を転がします。これは日本の相撲取りにはできないことでした。

初代若乃花が上手投げの名手でしたが、白鵬のような投げではありませんでした。

白鵬の投げに匹敵するのは朝青龍、そしてモンゴルの出身者だけです。モンゴル相撲は明らかに大相撲を変えています。

そして白鵬が強いのは勝負に執念です。

「張り差し」、「カチ上げ」が横綱らしくないと、批判を受けましたが、勝負への執念からです。

最後の名古屋場所14日目の正代戦で見せた、仕切り線を遠く離れた土俵際近くでの立ち合いも、すべては勝負への執念です。

ケガと体力の衰えた白鵬は手段を選びませんでした。なぜなら、横綱は負けたら引退だからです。

横綱は常に引退を考えていなければならない」という、横綱になったときに大鵬からもらった、アドバイスがありました。

有名な長時間の準備運動、繰り返される四股、しっかりした稽古、すべて相撲への執念です。

 

3、木鶏(もくけい)

白鵬は武道の「後の先(ごのせん)」の理想を求めていました。

武道に先制攻撃はありません。攻められてきてはじめて返す。「返し技(かえしわざ)」が基本です。

そして双葉山にならって「木鶏(もくけい)」を理想としました。

木鶏とは争うとしないこと、敵に対して全く動じないことです。

闘鶏の訓練で、ほかの鶏が鳴いても反応を見せない、木で作った人形にような強い鶏になることです。

双葉山が70連勝のかかった相撲で敗れ、「いまだ木鶏たりえず」、と語ったことで有名になりました。

さらに白鵬は言います。「型を作り、型を壊し、型を持たない」。

「後の先」、「木鶏」、「型を持たない」。全ては武道の真髄です。そんなことを口にする相撲取りは白鵬以外の誰がいるでしょうか。

2014年九州場所の優勝で、それまでの史上最多だった大鵬の32回に並んだ時優勝インタヴューで、白鵬はなんと明治天皇への感謝の気持ちを述べました。

優勝はこの国の魂と相撲の神様が認めてくれたこと、そして大相撲がここまで繁栄しているのは明治天皇大久保利通のおかげであるとしました。

ちょんまげ、大銀杏(おおいちょう)が今でもの残っているは、断髪令がでたとき、力士だけは例外にしたからです。

その通りです。大相撲は天皇賜杯のために15日間戦い、天皇陛下にお褒めいただくために闘っています。

加えて白鵬は言います。

自分の誕生日は、東日本大震災と同じ3月11日、運命を感じる、と。

そして実際に被災地を訪れ、四股を踏み余震を抑えました。

写真集『白鵬翔 さざれ石の巌ー大横綱の軌跡』には、仕切りをする姿、横綱の綱打ち式(撮影は操上ではない)、2021年7月名古屋場所の全取組(これも撮影は操上ではない)、普段の着物姿、最後は紋付姿で結ばれています。

しめ縄とは神社にあるしめ縄と同じです。蛇の交尾です。自然、森林の象徴です。

しめ縄は神域、あの世、常世(とこよ)と、俗世、この世、現世(うつしよ)を隔てるものです。横綱だけが締めることを許されていて、四股は悪を踏み潰し追い払うものです。

写真家・操上和美が撮った写真集『白鵬翔 さざれ石の巌ー大横綱の軌跡』には、神事に仕える神々しいまでに美しい、相撲取り白鵬の姿があります。傑作です。