THE TED TIMES 2022-16「レオス・カラックス」 5/5編集長 大沢達男
世界を代表する映画監督、レオス・カラックス監督は、どのあたりに位置付けられるでしょうか。
1、『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983年)
レオス・カラックス(1960~)は、ヌーヴォー・ヴァーグ以後にフランス映画界の「新しい波」を作り、ジャン・リュック・ゴダールの再来と言われています。
ここでは「アレックス3部作」の、『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』、『ポンヌフの恋人』を見て、カラックス監督の歩みを振り返ります。
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『ボーイ・ミーツ・ガール』は、女に捨てられた男と、男に捨てられた女が出会う話です。
映画のテーマは、「人生生きるに値するか否か」、です。
映画は不安定に揺らめく夜景の中で、「ぼくらはこうしていまも孤独だ」、というわけのわからぬモノローグで始まり、主人公たちの自殺(?)で終わります。
映画は洒落たセリフのオンパレードです。
主人公のアレックス(ドニ・ラヴァン)を捨てた女は、「あなたの書いた下手な詩や絵を全部川に捨てる!!」、と残酷なことを言い、実際に行動を起こします。
アレックスと出会うミレーユは、男に捨てられるときに「愛はもうたくさんだ。一緒にいるともっと孤独になる」という捨て台詞をたたきつけられます。
父親はアレックスに電話で、「病気で死にそうになったら、バン!!と撃ってくれ」と、息子に頼みます。
するとアレックスは、「そのときまで生きているかどうか?」、と答えます。
あるパーティーである男性が言います「今日はぼくの37歳の誕生日だ。無意味な37年間。モーツァルトなら死んで2年も経っている。でも道はある。頭をぶち抜くんだ」。
また他の男性は「負け犬で終わりそうだ。チャンスはあったのに。なんとかやり直せないか」
そしてアレックスは、徴兵検査の時に「仲間と一緒だと眠れない」と訴えると、「軍隊は眠るところではない!」と返答されます(笑)。
映画はハサミでリストカットしようとするシーンが数回登場します。
まさに「人生生きるに値するか否か」です。
モノクロの映像技法は革命的です。手持ちキャメラの多用。極端なクローズアップがあります。かと思うと長回しの長いカットもあります。
時々現れる12コマ(半秒)程度の暗転(黒コマ)。明暗部がはっきりしたライティング印象的です。そして沈黙と音響。
ベルナール・ビュッフェの初期の絵画のような、緊張感のある映像です。
しかし「不毛」「不条理」「虚無」に、いまの私には、同意できるだけの生命力がありません。
私は堕落した人生を送っています。
2、『汚れた血』(1986年)
映画のテーマは「愛」です。男の女の恋愛です。
映画の冒頭に、スーパーが流れ、テーマが提示されます。
「彼は彼女の気持ちを尋ねた。返事はどっちつかずだ。男と女のやりとりだ。」
そして物語は、<愛のないセックスで伝染する「STBO」というウイルス>をめぐって展開されます。
主人公のアレックスは恋人と別れ、彼女を親友の男性にあげる、と言ってパリを離れ、「STBO」のウイルスを盗み大金を手に入れようとする犯罪グループに加わります。
アレックスはそこで、犯罪グループのボスと付き合っていあるアンナ(ジュリエット・ビノッシュ)という女性に、出会います。
アンナとアレックスは、これまでの恋愛の思い出話をします。
アンナは「昔の恋人とお互いの血を採血して飲んだ。心中しようと約束したが結局別れた」という話をします。
アレックスは、「バイクに恋人を乗せている時に走行中のバイクから恋人が飛び降りた」という話をします。
ミラーで私を見てくれなかったら愛していない証拠。それで彼女はバイクから飛び降りたのでした。
彼女は永遠を信じていた。アレックスを熱愛していたのでした。
やがて、知り合って間もないのですが、アレックスはアンナに惹かれます。
「寝る前にもう一度会いたい。もし君とすれ違ってしまったら、世界全体とすれ違うことになる」と口説きます。
犯罪グループは全員で移動中に歌う歌があります。
♫君と一緒ならいつでも死ねる。愛ほど死に似たゲームはなく。愛のない生など、死に等しいから♫
まさに、映画のテーマそのものです。
この映画の魅力は、ジュリエット・ビノッシュがデビューしていることです。
カラックス監督もよほど気にいっているのでしょう。
アップでの長いカットがふんだんに出てきます。ジュリエットはその期待に応えています。
いわゆる美人女優ではありません。クラスメートにいそうなかわい子ちゃんです。
映画はジュリエットが疾走するシーンで終わります。
アレックス役のドニ・ラヴァンもいいです。
ラヴァンは、デヴィッド・ボーイの『Modern Love』にあせて、疾走します。
映画はカラックス監督の初めてのカラー映画です。赤の使い方が印象的です。
コンテニュイティ(映像の連続性)を無視するかのような極端なクローズアップのカットがあります。
数コマから十数コマの暗転もあります。映画を発明しようとする意欲に満ち溢れた映画です。
ひとつ、気になっていることが、あります。
映画の前半で、アレックスと恋人のリーゼとのデートがあります。
森の中、大きな木の根元で、二人が全裸でいます。
印象派のマネの絵のように、フランス人は森の中で愛し合うのでしょうか。
3、『ポンヌフの恋人』(1991年)
映画のテーマは「愛の不在」です。
舞台は改装のために閉鎖されているポンヌフ橋で暮らす若い浮浪者、アレックスとミシェルの愛の物語です。
先輩格の浮浪者の先輩・ハンスが、ミシェルとの恋に落ちた若い浮浪者・アレックスに、説教します。
「お前は愛が欲しいのか。ここには愛などない。
ここで必要なのは、暖かいネグラだけ。愛などない。忘れろ」
さらの映画の冒頭のプロットでは、アレックスの恋人になるミシェルの初恋の物語が語れます。
「初恋だ。彼女は彼だけを描いた。彼は音楽を作った彼女のために。彼女は彼を捜すために家を出た」
そして二人の愛は、とんでもない悲劇で終わり、ミシェルとアレックスの愛が語られることになります。
アレックスとミシェルの素晴らしい愛のシーンがあります。
革命200年祝祭の晩です。パリの街にたくさんの花火が打ち上げれ、ポンヌフ橋からの眺めを彩ります。
ミシェル「バスティーユに行こう?」、アレックス「ここでいい!」。
そしてミシェルが欄干に乗って踊り始めます。
曲がメチャかっこいい。イギー・ポップ『Strong Girl』です。
ミシェルを演じるジュリエット・ビノッシュの踊りがステキ、というより、ジュリエットのスタイルがバツグン。
そして踊りの最後になると音楽はヨハン・シュトラウスになり、アレックスとミシェルがワルツを踊ります。
お洒落です。
この映画では、全2作に多用された数コマの暗転は、使われていません。
アレックスはミシュエルにクリスマスの晩の午前零時に、ポンヌフ橋で会おうと約束します。
そして実際に二人は、雪のポンヌフ橋で再会し、映画はエンディングの向かっていきます。
まるで安手の商業映画のよう、でも分かりやすくていい。
『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』、『ポンヌフの恋人』、以上のアレックス三部作のなかでは、『ポンヌフの恋人』がいちばん好きです。
4、世界を代表する今の映画監督
むかし<ゴダールはビタミン剤である>という話がありました。
ゴダールの映画を見ると、映画がいい悪いとかではなく、よーし俺もやってやるぞ、クリエーターが創造に対する勇気をもらえたからです。
レオス・カラックス監督はやはりゴダールの再来です。訳のわからないシークエンスがありますが映画を見ると、やる気になります。
最新作『アネット』を見て、やっぱりこの人だと、膝をポン!と叩きました。それで、レオス・カラックス監督をもう一度勉強したわけです。
さて、さて、・・・カラックス監督は世界を代表する映画監督の仲間入りをしたでしょうか。
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私の中でのダントツは中国のロウ・イエ監督です。
代表作は『天安門、恋人たち』です。
しかしロウ・イエ監督を知らない中国人は多い。なぜなら中国では上映禁止だからです。
ニューヨークから北京への飛行機で、隣に座ったNU(ニューヨーク大学)で映画を専攻する学生は、ロウ・イエ監督の映画をカナダで見た、言っていました。
やっかいなのは『天安門、恋人たち』のタイトルは原題とちがうことです。話が通じません。英語題名『Summer Place』を覚えていた方がいい。
ロウ監督の映画では70年代の日本映画のように、ハードなセックスシーンがふんだんにあります。ちょっと疲れます。
2番手は、ベトナムのトラン・アン・ユン監督です。
ヴェネチア国際映画祭での金獅子賞『シクロ』が代表作です。
ベトナム人にトラン監督を聞いても誰も知りません。監督がフランスを根城にしているせいかもしれません。
あるいは上映禁止なのか。よくわかりません。
みずみずしい映像が連続します。油絵ではなく水彩、見事です。
3番は、おなじみ『パラサイト』の韓国のポン・ジュノ監督です。
『殺人の追憶』を見てから好きになりました。監督の偉大さの詳細は省きます。
さらにソフィア・コッポラ監督です。最新作は『オン・ザ・ロック』です。
加えて北野武監督です。一番好きなのは『キッズ・リターン』です。
そして、レオス・カラックス監督でしょうか。
偉そうにランクづけして申し訳ありません。
あなたのランクづけと、誰かが、何かが、一致するとうれしいですね。
以上。