コンテンツ・ビジネス塾「木村拓哉」(2007-36)9/11塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。
○「好きな男」で14年連続ナンバーワン。
マガジンハウスの女性雑誌「アンアン」は、木村拓哉を14年連続、好きな男ナンバーワンに選びました。それがどうした、と言われそうです。そんなもの信用できるか、どうせやらせだ、の声も聞こえてきます。たしかにあやしい(理由は省略)。しかし、3年や5年連続ならともかく、人気のある女性誌の14年連続となると無視できません。これは社会現象として、まじめに考えてもいいのではないか。しかも新作映画「ヒーロー」のビッグヒットで、木村拓哉の人気は上昇することがあっても、下降することは考えられない。平成の謎「木村拓哉」に挑戦すべき時がやってきたのです。
○国民的スター。
映画「ヒーロー」は、01年にヒットしたテレビドラマの続編です。中卒、Gパン検事が、悪と戦う物語です。今回は韓流のスター「イ・ビョンホン」が登場する韓国ロケシーンがある、というのでさらに話題を呼びました。私たちが映画を見たのは、公開2日目朝いちばん、おしゃれな街並で話題の新百合ケ丘の映画館でした。もちろん満席。チケットは前日に予約しなければならないほどの混雑ぶりです。客席を見てビックリします。みんないるのです。中学生、若者、おばあちゃんと小学生、OLさん、サラリーマン・・・。テレビを見ているお茶の間と同じです。家庭からそのまま、みんなで映画館に引っ越してきたのです。
集まる観客を予測したかのように、映画もテレビ的でした。勇気と冒険と友情に溢れたドラマに、観客は満足していました。木村拓哉の映画に満足し、新百合の市民は幸せな日曜日をスタートさせていたのです。しかし、映画は発明されていませんでした。「武士の一分」のときのような、光と影の遊びに酔うことはできません。注目すべきは映画のパンフレットです。「武士の一分」の山田洋次監督のように、「ヒーロー」の共演者が、木村拓哉を絶賛しているのです。
「木村君は、非常に礼儀正しく”和”を大事にする人。そして芝居では、存在感でぶつかってくる」(松本幸四郎)、「木村君の優れている点は、まず現場のなかでのたたずまい。(中略)人に与える影響が大きい。本当に、現代のヒーロー像でしょうね」(中井貴一)。ふたりとも、日本を代表する名優の息子であり、本人自身もすでにその地位に手にしている人間の言葉です。プロ中のプロが、自分に並び自分を越える存在として、木村拓哉を認めているのです。
○ヒーローのいない時代のヒーロー。
92年尾崎豊死去、93年「完全自殺マニュアル」、94年「女子高生はなぜ下着を売ったのか?」、95年地下鉄サリン事件、96年「ときめきメモリアル」発売、97年連続幼児誘拐殺人事件宮崎勤被告に死刑判決、97年神戸連続児童殺傷事件、98年モーニング娘。デビュー、99年2チャンネル開設、00年オウム真理教はアレフに(「『おたく』の精神史 大塚英志 講談社現代新書)。「自分探し」のヒーロー麻原彰晃も、「ITヴェンチャー」のヒーロー堀江貴文も、つぎつぎと時代の舞台から消え、いまは「下流社会」の時代。木村は決して時代のヒーローではなかった、という疑問がわいてきます。
時代を平成から昭和に広げて、考えてみます。1920年代生まれ三船敏郎、鶴田浩二。30年代生まれ石原裕次郎、高倉健。40年代生まれ津川雅彦、松田優作。50年代生まれ役所広司、岩城滉一。60年代生まれ佐藤浩市、真田広之。70年代生まれ木村拓哉、浅野忠信。70年代後半生まれ窪塚洋介、伊勢谷友介。わざと危ない人を並べたわけではありません。だいたいヒーローを演じた人は問題児ばかりです。木村拓哉どうでしょう。典型的な「オヤジ殺し」です。評判がいいのです。
俳優としてのかっこよさはどうでしょう。古典的な名著「『いき』の構造」(九鬼周造)は、「いき」(粋=すい)の条件として、「媚態(びたい)」、「意気地(いきぢ)」、「諦め(あきらめ)」の3つをあげています。媚態(sexy)とは色気があるか、色っぽいかです。意気地(dandy)とは、男伊達か、いなせかです。諦め(cool)とは、執着しない、垢抜けているかです。どうでしょう、木村拓哉は色気も男伊達も申し分ありません。しかし、垢抜けていますか。やるせないですか。危ないですか。
「ヒーローのいる時代は不幸せな時代だが、ヒーローのいない時代はもっと不幸せだ」(寺山修司)。木村拓哉をヒーローとは言えない。彼はヒーローのいない時代のヒーローなのかもしれません。