残念、映画『ジョブズ』にはヒッピーが描かれていません。

クリエーティブ・ビジネス塾7「映画『ジョブズ』」(2016.2.10)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、時代は変わる
映画『スティーブ・ジョブズ』はiPhoneの発明で、時代を変えた人スティーブ・ジョブズの物語ですが、ジョブズは遠い過去の人になってしまった、時代は変わったと痛感させられる映画でもあります。
脚本アーロン・ソーキン(1961年生まれ)、監督ダニー・ボイル(1956年生まれ)が若すぎるからでしょうか。そんなことはありません。スティーブ・ジョブズは1955年生まれです。この映画は、ジョブズと同世代のクリエーターによって作られたものと言ってよい。なのに、なぜでしょう?
映画は、1)マッキントッシュ誕生、2)アップル追放とNeXT、3)iMacの誕生の3部から構成されています。貫くのは、1)娘のリサと父親スティーブの父と娘の物語、2)不可能可能にしてきた、スティーブの現実歪曲空間(RDF=Reality Distortion Field)、このふたつです。
父が認めなかった「リサの話」は、すべての観客の涙を誘います。さらにRDFでのスティーブは迫真です。アップルの協同創業者スティーブ・ウォズニアックをして、スティーブが帰ってきた、と言わしめました。
映画は失敗していません。まずスティーブ・ジョブズという「特異の天才」をうまく描いています。さらにその「異常な天才」が素直になり、娘との愛に目覚めて行く瞬間を描くことにも成功しています。いい映画です。
でもスティーブの時代は終わった。時代は変わってしまった。センチメンタルにならざるを得ません。
2、リサ
スティーブ・ジョブズは、ローレン・パウエルと結婚し3人がいます。そのまえに高校時代からつきあっていた女性クリスアン・ブレナンがいました。ふたりの間には、「リサ=リサ・ニコール・ブレナン」がいました。しかしスティーブは、父子鑑定の結果、94.41%の可能性で父であることが指摘されても、リサを認知しませんでした。またリサ母子は、スティーブから金をもらっていなかった。生活保護を受けていました。さらにスティーブは、アップルのパーソナル・コンピュータのなまえ「Lisa」が、「リサ」からではなく「Local Integrated Software Architecture」であると、言い張りました。映画はこれらのことを描き、スティーブを非難します(もちろん、ドラマの中での話)。
現実歪曲空間(RDF=Reality Distortion Field)のほうは、さらに深刻です。プレゼンテーションをまえに、スティーブはさまざまな人を怒鳴りつけます。RDFというと何やら神秘的に聞こえませが、要するの性格の悪さです。「Hello!」と言わないマックに、絶対に言わせるようにしろ!と命令する。協同創業のウォズニアックに対してすら、無能だと罵(ののし)る。そのたびにスタッフはこんな場所で働きたくない、イヤな思いをします。スティーブに愛想をつかします。
映画は、「リサ」と「現実歪曲空間=RDF」を、テーマにした。このこのことに異議があります。スティーブが生きた時代は、「セックス、ドラッグ、ロックンロール」の時代です。ヒッピーのグル(導師)には、フリーセックス、マントラ(説教)が許されていました。スティープは時代に誠実の生きただけです。映画は、何も生むことができない時代の論理で、創造の時代を批判していています。
3、スタンフォード
スタンフォードの卒業式でのスティーブのスピーチがあります。そこでスティーブは自分の人生を振り返っています。まず女子大生の私生児として生まれアップルを始めるまで、つぎにアップルを追われたこと、さらにがんを宣告されたときのこと。スティーブの秘密はその学生時代にあります。リード大学に入学しわずか半年で退学しますが、そのあとも大学生活というよりヒッピーライフをエンジョイします。友達の家を泊まり歩きディスカッションし、クリシュナ教のただ飯にありつき、コカコーラのビンを売り小遣い銭を作り、そして仏教徒としてネパールに旅行しています。こうしてスティーブはヒッピーのグルとして完成します。
スピーチの最後は、「Stay Hungry Stay Foolish(いつまでもハングリーで、いつまでもおバカさんでね)」。これは、70年代西海岸ヒッピーカルチャーのバイブル「ホールアースカタログ」に最終号の裏表紙に書かれたメッセージです。現実生活での成功と、近代知性の知識人を否定しています。産業文明批判、近代西欧理性批判、そして自然回帰の主張があります。
映画は家庭問題、職場の人間関係をテーマにしている。何とも悲しい。ロックミュージックとともに花開いた、ヒッピー思想が忘れ去られています。