ツイギーにおしゃれを学ぼう。

ビジネス塾6「ツイギー」(2012.2.8)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事からホットな話題をとりあげました。2)新しい仕事のアイディが生まれます。3)就活の武器になります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、ツイギー(1949~)
ツイギー(Twiggy)は17才のイギリス人、1967年(昭和42年)に日本にやってきて。日本人を熱狂させました。前年にもイギリスからビートルズが来日し、日本人は熱狂しました。でも、このふたつの熱狂はミーハーな日本人としては、意味のあるバカ騒ぎでした。なぜなら、ビートルズは音楽で、ツイギーはファッションで、21世紀の今でも、日本だけでなく世界に大きな影響を与えているからです。
ツイギーとは何者か。いまでいうスーパーモデルでした。人々はなぜ熱狂したのか。
169センチ41キロ、ツイギー(Twiggy=小枝)と呼ばれた細身のボディで、膝上20~30センチの「ミニスカート」をはき、大きな瞳と「ボブカット」で日本人を魅了しました。
2、ミニスカート
「ミニスカートの日」を知っていますか。10月18日、それはツイギーが日本に来日した日です。ツイギーは、膝下が主流の世界のスカートの常識に、革命を起こしたのです。
ミニスカートは1960年代のロンドンのストリートファッションから生まれました。やがて、イギリスのデザイナーであるマリー・クワントやアンドレ・クレージュが作品で取り上げ、大流行になります。でもミニスカートを世界に広げたのは、ツイギーでした。
しかしこの流行は1970年代の初頭には終わります。世の中はアメリカのヒッピーファッションの影響で、ジーンズもしくはロングスカートの時代になります。
その後ミニスカートが流行るのは、80年代後半のバブル期です。ディスコの集まったイケイケの女性たちは、「超ミニ」、「マイクロミニ」。ワンレングスとボデイコンシャスの時代でした。
JK(女子高校生)はちょっと違った動きをしました。90年代(平成の始め)初期までは、スカートは長いほどカッコいいとされていました。「スケバン」のツッパリブームです。しかし90年代後半からはスカートは短いほどカッコいいとされるようになりました。いまでは放課後の私鉄の駅のホームで、ウエスト部分を折って、ミニスカスタイルにしているJKを見かけます。
3、ボブカット(Bob Cut)
ボブカットを流行らせたのもツイギー。ボブとはショートヘアのことです。
ツイギーが育ったロンドンで60年代に、ボブカットをアレンジし新しいヘアスタイルを始めたのが、ヴィダル・サスーン(Vidal Sassoon 1928~)です。現在、ヴィダルサスーンは、P&G(プロクター&ギャンブル)のシャンプーやコンディショナーのブランド名になっている、世界を代表するヘアドレッサー(美容師)です。
話はさらに一歩先まで行きます。そのヴィダルサスーンに師事し、70年代にロンドンで学んだのが、日本のスーパー美容師、川島文夫です。
昨年放送されたNHKディープピープル。スーパー美容師、川島文夫・新井唯夫、宮村浩気』(10/3)を覚えていますか。あの番組に登場していたのが「川島文夫」です。川島はロンドンで最先端のカット技術を学び、日本に伝えました。日本のカット技術の礎(いしずえ)を築いた先駆者です。
「この秋イチオシのヘアスタイル」で、3人のスーパー美容師が競演した時の川島が印象的でした。宮村はヘアアイロンの「巻き髪スタイル」、新井は「アップスタイル」のセットヘアを作りました。対して川島は20分の制限時間のほとんどをカットに使いました。
「切りながらデザインを創る」、「『いいカット』とは、一度切れば6週間、洗いっぱなしでヘアスタイルが決まる」、「毛のクセや毛質、生え方、頭の形、すべて計算した上で、カットでヘアスタイルを作る」。川島は初対面の客でもその人の欠点を指摘し、やりたくない髪型を聞くそうです。日本のおもてなしとはひと味違います。
長さ14センチ、ややこぶりのミニシザーでカットする、川島の仕事はスピーディーで、ビートルズ、ツイギー・・・ロンドンの狂気と反抗と退廃、ストリートの香りがあります。
”From the moment I got up from the chair , my life changed."「(髪をショートにして)イスから立ち上がった瞬間から、私の人生は変わったの」(『TWIGGY』P.114 マーブルトロン)。