素直と正直の才能、沢木耕太郎。

クリエーティブ・ビジネス塾9「沢木耕太郎」(2017.2.28)塾長・大沢達男

「素直と正直の才能、沢木耕太郎。」

1、同時代
沢木耕太郎は1947年、僕は1943年生まれ。沢木は都立南高校、横浜国立大学経済学部卒。僕は都立青山高校、横浜市立大学商学部卒。似ています。
沢木は、『若き実力者たち』、『敗れざる者たち』で70年代に僕たちの前に姿を現します。
音楽の小沢征爾、ゴルフの尾崎将司、将棋の中原誠。さらにはプロボクシングのカシアス内藤、野球の榎本喜八サラブレッドのイシノヒカルを取り上げ、評論しました。
こいつは、オレと同じように、何にでも首を突っ込む。しかも、本気、その目は確かだ。
僕は沢木に共感し、沢木は僕のライバルになりました。いつか沢木耕太郎をノックアウする。
2、『春に散る』
渋谷の本屋、啓文堂に平積みにされている『春に散る』(上下、沢木耕太郎 朝日新聞出版)を手に取りました。チクショウ、沢木は朝日に身を売っている。この小説は朝日新聞に2015年4月から2016年8月まで連載されたものでした。
深夜24時の小田急線の下り電車、上下2巻のエンディングを読み進めていました。読み終わり、呆然(ぼうぜん)。だれかが僕の異常に気がついたはずです。魂を揺すられ、グロッキーになっていました。
僕は沢木にノックアウトされ、電車の床に横たわっている自分を見つめていました。
1)サンドバッグ・・・まずストレートで相手の顔の正面の左右でワン、ツー、つぎはフックで顔の側面のこめかみから頬にかけてを狙うスリー、フォー、つぎはアッパーで顎を突き上げるファイブ、シックス、そしてフックかアッパーで相手の左右の脇腹をセブン、エイト。(下巻p.120)。
2)ジャブの三段打ち・・・ノーステップで一段目のジャブを。すぐに踏み込んで二段目のジャブを。そして、さらに半歩前に出て三段目のジャブを打つ(下巻p.164)。顔面にパンチを打つというより、相手の面の皮を引きはがそうという意識で腕も伸ばす。打つのではなく引く。伸ばしたらすぐに元に戻す(p.165)。
3)アッパー・・・ロープに背中を預け、ただ打たれるが、顔の前に構えた両腕の隙間から相手の動きを見る。相手がフックを打とうとするその瞬間、背中のロープの反動を使って鋭く一歩前に踏み出し、右のアッパーで相手の顎を打ち砕く(p.181)。
4)ボディフック・・・接近戦で相手が強烈なフックを打ってきた瞬間、体を沈めて、そのパンチをよけ、体を起こすと同時に一歩踏み込んで、相手の空を切ったパンチの側の脇腹にフックを叩き込む(p.276)。
5)クロスカウンター・・・意識的に左のガードを少し下げる。相手は大きく空いた左の顔面に向けて右のパンチを放ってくる。そこを下から、左手で覆いかぶせるようにして相手の右腕を殺しながらカウンターを打つ。そのパンチは下から出てくるため相手には見えない。見えないパンチの衝撃力は倍になる(p.363)。
3、人間性
沢木に会ったことはありません。身長は180センチを超えているという。しかも沢木は100mを11秒台で走ったという。負けています。
しかもハンサムです(僕も「デンツウのポール・ニューマン」と言われていました。実は「ボ」ール・ニューマンですが)。
沢木のプライベートは全く謎ですが、亡くなった藤圭子さんとの仲が取りざたされるほど(僕が仲良かったのはアン・ルイスさんです)。
沢木耕太郎の文章はいつも明解です。僕でも書けそうな気がします。しかし構想力となると別です。『春に散る』にノックアウトされたのは、沢木の構想力にです。
沢木はエキソントリックなことを書きません。書こうともしません。素直で正直です。しかし普通の積み重ねが、長編になると傑作になります。何がそうさせるのか。沢木の人間性です。素直で正直を貫き通したものだけが、人間の真実を描き切るのです。
僕に沢木のような人間性に輝きがあるのでしょうか。それが勝負です。まず素直に正直に打つことです。サンドバッグを、ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト、ときちんと打つことです。そしてインサイドアッパー、ボディフック、クロスカウンターを打つチャンスを狙うのです。
僕は今年中に、沢木耕太郎ノンタイトル戦を戦うために、リングに上がります。