追いつけないライバル、伊集院静。

クリエーティブ・ビジネス塾8「伊集院静」(2017.2.21)塾長・大沢達男

追いつけないライバル、伊集院静

1、同業者
伊集院静さんが、直木賞をもらったのは1992年ですから、それよりずっと以前のことです。
あるCMの演出家が、難しい漢字が連なるラブレターを書き、女の子を口説いている。似てますね、大沢さんに、と後輩に言われたことがありました。僕は大手の広告代理店のCMプランナー、同業者でした。
次のその人の思い出は、デビューして間もない80年代の松田聖子さんのコンサート。その構成をその人がしたという話です。もちろん武道館でもそのコンサートを僕は見ていました。こんな仕事をしたいな・・・。でも僕は代理店だし。
その人はやがて女優の夏目雅子さんと結婚し、有名人になります。そして夏目さんは闘病生活の末に亡くなります。支えたその人も、マスコミにたびたび登場しました。
そしてその人は92年に直木賞を受賞。僕は大手の広告代理店をやめ、フリーになっていました。僕もいつかいい仕事をして、いつかは有名になる。信じて疑っていませんでした。
その人伊集院静さんは、CM業界の人、そして運動、野球が好き、立教大学の野球部卒(僕も広告代理店の野球チームのエースでした)。伊集院さんは180センチ(僕は172センチ)。音楽も得意でした。近藤真彦の『愚か者』(伊達歩)を作詞しています。伊集院さんとゴルフをした友人が言いました。彼のパンツの脱ぎ方はかっこいい。色っぽい。脱ぎ慣れている。そして伊集院さんは、いつかは追い越さねばならぬ、僕のライバルになりました。
2、『東京クルーズ』
伊集院静の新作『東京クルーズ』(角川書店)が出ました。僕はライバルの位置を確かめるために、いかに戦うかの作戦を練るために、読みました。
そして僕は不覚にも、物語の終盤になって泣き崩れてしまい、読むことができなくってしまいました。ライバルに翻弄されてしまったのです。その日は誰もいない自宅でした。いつも本を読む渋谷のカフェではありませんでした。本読みながら泣き崩れる老人ほど、カフェに不似合いのものはない。なぜ泣いたのか。物語の中身には触れません。
<ライバル研究その1>「愛」を使わない。小説の前半に、伊集院さんとほぼ等身大の作家が登場します。そして作家の秘密をバラしています。まず、作家は「愛」という言葉を使わない。恋愛小説の中で「愛している」という言葉を使わない。つぎに、「奇跡」、「神さま」という言葉を使わない。そして現代小説の主人公や登場人物が携帯電話を使わない。聞いていて恥ずかしくなりました。僕の作った詞は「愛」と「夢」のオンパレードです。さらに「奇跡」、「神さま」を使わないのはもっと難しい。
<その2>私生活。小説に伊集院さんの私生活が散見されます。なんと仙台の自宅の愛犬のアイスくんノボくんが「実名」で登場します。そして小説には、キリスト教の関する記述があります。これは奥様の篠ひろ子さんが熱心なクリスチャンであるからです。
<その3>厳格な父親。これは、伊集院静の最大の強みであり、弱点。亡くなった父親の存在です。小説中にも出てきます。現在、伊集院さんはエッセイの「大人の流儀」を大ヒットさせていますが、厳格な父親のあってはじめて書けるのではないでしょうか。伊集院さんのお父様は「儒教教育」の韓国出身です。
3、勝利への方程式
いまは毎日、毎月、伊集院静を読んでいます。
毎日とは、日経朝刊の新聞連載小説『琥珀の夢ー小説、鳥井次郎と末裔 』です。サントリー物語です。伊集院さんはウイスキー飲みのプロ。これほどの書き手はいないでしょう。
毎月とは月間文芸春秋の「文字に美はありや」です。こちらは今月が最終回とありますから、あってもエピローグぐらいのものでしょう。満喫しました。何度こんな風に書けたらとマネしようとしたか。達筆の伊集院さんならでは傑作です。最終回は、ビートたけし古今亭志ん生立川談志、「困った人たちの、困った書」。結論は、「文字は人となりではなく、そのぬくもり」。伊集院さんも儒教的なまた困った結論を言う人です。身長で負けてる。離婚の回数で負けてる。しかも紫綬褒章受賞作家。ライバルは遠くに行ってしまったのでしょうか。僕が太刀打ちできる相手ではないのでしょうか。ライバルとどう戦えばいいのか。私淑する谷崎潤一郎先生に聞いてみます。谷崎を読めば、きっとヒントがあるはずです。