クリエーティブ・ビジネス塾33「香港」(2017.8.14)塾長・大沢達男
「映画『十年』を作った香港の映画監督は、消されるのか?」
1、『十年』
居眠りをしながら、スクリーンを見ていました。やがて、次第に目を覚まさざるを、得なくなりました。そして最後には目をまんまるにあけて映画に魅了されていました。革命だ!革命が起きる。香港の人々は怒っている。中国は大きく変わる。熱い心のまま、映画館を出ました。新宿の街を歩いていたら、「あれは何だったんだ」、急に背筋が寒くなって。あわてて映画館にもどり、パンフレット『十年』を買いました。
第1話『エキストラ』(クォック・ジョン監督)・・・労働節(メーデー)の会場で、高額の報酬のためにテロリストの練習をしてきたふたりの若者が、騒ぎを起こす物語。最後に暗殺者の銃声が鳴り響く。
第2話『冬のセミ』(ウォン・フェイパン監督)・・・密室でのふたりの男女が、標本づくりに熱中していた。壊れた家のレンガ、街で集めた日用品。ある朝、男は自分を標本にしてくれと、女に頼む。
第3話『方言』(ジェヴォンズ・アウ監督)・・・広東語が禁止され「普通話」の普及政策がとられている。タクシー運転手は「普通話」ができないマークをクルマに貼られる。仕事がだんだん、できなくなる。
第4話『焼身自殺者』(キウィ・チョウ監督)・・・イギリス領事館の前でだれかが焼身自殺する。一国二制度の約束を守らなかった英政府に抗議するものだ。自殺はだれか。そしてまた焼身の犠牲者が出る。
第5話『地元産の卵』(ン・ガーリョン監督)・・・2025年香港最後の養鶏場が閉鎖される。食料品店では店先の「地元産の卵」の表示がよくないと、紅衛兵のような少年団に注意される。「地元産」は禁止用語だ。
映画『十年』は、5人の新鋭監督による5話のオムニバス映画です。香港の10年後を描きました。当初は単館上映でしたが、連日満席、「並んでも観られない」映画になり、上映館数が6館に、『スターウォーズ/フォースの覚醒』を撃破するほどの、ブームになりました。そして、2016年の香港のアカデミー賞「香港電影金像奨」で最優秀作品賞を受賞します。
『方言』ではナンセンスの言論弾圧に笑わされ、『焼身自殺者』で香港人の抵抗に涙し、そして『地元産の卵』で弾圧の全体主義に怒りを覚えました。しかし、しかし・・・・・・、いま中華人民共和国で映画『十年』を見ることができるのでしょうか。
2、中華人民共和国
「中央の権力に対するいかなる挑戦も絶対に許さない」。習近平国家主席は、7月1日の香港返還20年式典で演説しました。彼は演説中に笑顔を見せませんでした(日経7/2)。
「自由都市」香港は紅く染まっています。金融街・中環(セントラル)には中国本土の金融機関が相次いで進出、オフィスの賃料はロンドンやニューヨークの1.5倍に高騰しています。
香港の域内総生産(GDP)は1997年には中国の18%でしたが、15年には3%弱に低下しています。そして香港は物流の中継地としてコンテナ取扱量が世界1でしたが、世界5位に低下しています。深圳、広州に奪われました。キャセイパシフィック航空が赤字に転落しています。香港はハブとして世界と中国を結んできましたが、そのビジネスモデルは崩壊しました(日経7/1)。
香港独立論は国家主権への挑戦である。「一国二制度」もあくまでも「一国」が基本である。香港の地位は低下し、政治が介入してきました。国家主席が演説したその日、民主派は6万人規模のデモ行進を行いました。約束された50年間の「一国二制度」は風前の灯火になっています。
3、劉暁波
劉暁波氏が2017年7月13日に亡くなりました。
劉暁波氏は、1989年に天安門広場でハンストをし、2008年には共産党独裁の廃止を呼びかけた「08憲章」を起草し、2010年に獄中でノーベル平和賞を受賞しました。
「映画『十年』を見ましたか?あまりにも衝撃的ですよ。香港は独立するのでしょうか」
ある中国人の女性に聞きました。彼女は香港と日本の大学で学んだエリートです。平然と答えました。
彼女「独立があっても不思議じゃない。だって、中国はもともとひとつの国ではないから」
私「しかし香港の監督たちは勇気がありますね。完全に革命の映画ですよ」
彼女「ノーベル平和賞の劉暁波さん、殺されたんですよ!反政府的な本を扱う銅鐸湾(ワンチャイ)の本屋さんもみんな拉致されました。『十年』の映画監督も十年後には、みんな消えていますよ・・・」
映画は怖かった。しかし若い中国人の彼女の話は、もっと怖い。現実はもっと背筋が寒くなる。