シリコンバレーの最新事情

コンテンツ・ビジネス塾「シリコンバレー」(2007-31)8/9塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

○カフェ・トリエステ(Cafe Trieste)
アップルのスティーブ・ジョブスは、2005年にスタンフォード大学の卒業式で、スピーチをしました。自らの学生時代のこと、アップルを追い出されたときのこと、そして最近生死を分かつような手術を受けたことなどを語り、ネットで大変話題になった名スピーチです。学生時代のスティーブはヒッピーでした。コーラのビンを拾い金をもらい。ハレ・クリシュナでタダ飯を食い、あちこちを泊まり歩いていました。ロック、Gパン、Tシャツ、スニーカーのヒッピー・ジェネレーションだったのです。
アップルの文化はその発生からして、IBMのビジネス文化とは違います。売上げ統計、在庫管理、損益計算とは無関係です。アップルは、いつも音楽、映画、詩、ファッションのとなりにありました。サイケデリック・ミュージックと同じように、アップルはデジタル・ドラックを楽しむためのものだったのです。1984年に作られ、IBM帝国打倒を宣言したマッキントッシュのCMは、その象徴でした。
2007年8月。私たちはかつてのヒッピー・カルチャーの名残りがある、サンフランシスコの喫茶店にいました。カフェ・トリエステ。室内には大きなテーブルを囲むようにして、30ほどの座席。外でも午後の光を浴びながら10数人の人がおしゃべりをしています。室内の壁には、ベージュ系一色で描かれた大きな風景画、他の壁にはイタリア人とおぼしき、たくさんのモノクロのポートレートが飾ってあります。話をしている人はまばら、本を読んだり、書き物をしたり、コンピューターを楽しんだりしていなす。ウーム。21世紀のヒッピーたちがいるなと、思ったものです。そして衝撃的な事実に気がつきます。ノートPCを楽しんでいた7人が、みんながみんな、リンゴのマークのマシーンを使っていたのです。サンフランシスコは、「スティーブ・チルドレン」 の街なのです。
○シェ・パニッセ(Chez Panisse)
ヒッピーが残したもうひとつのカルチャーに、いま流行のオーガニック・フーズ(有機栽培)があります。かつての反戦平和運動の拠点でありヒッピーのふるさと、UCB(カリフォルニア大学バークレー)に近いレストランに行ってみました。シェ・パニッセ。カリフォルニア・ヌーベル・キュジーヌ(カリフォルニア新料理)のカリスマといわれているところです。店内は、30席ほどの2つのスペースに別れていて、ランチに集まっていたのは、白やベージュのカジュアルでシックな身なりの女性たち、ワイシャツ姿のシニアに近いビジネスパースンたちでした。スタイリッシュで上品です。ウーム。彼らが20世紀のヒッピーだったのか。
料理でまず気がつくことは、アメリカ料理にありがちな「大盛り」ではないことです。サラダはほどよい盛りつけで出てきました。私たちは、ペンネとチキン。ペンネ(マカロニの親玉)はちょっとオイリー過ぎでしたが、チキンは薄い塩味でさっぱり、素晴らしいできばえでした。ナチュラル・アンド・ヘルシーのポリシーは、充分に貫かれています。でも支払いは、いかがなものでしょうか。グラス・ワインを1杯いただいて、2人でランチに100ドル。ちょっと高い。オーガニックに賛成でも、このプライスには反対です。つまり20世紀のヒッピーはすっかり金持ちになってきているのです。
○アップル(Apple)
クバチーノにあるアップル本社は、巨大なビルではありませんでした。緑に囲まれた大学のキャンパスのよう。ビルの一室では10数人の会議がまさに始まろうとしていました。緊張感が外にいる私たちにも伝わってきました。短パンTシャツのプログラマーが歩いています。カンパニー・ストアと名づけられた大きな売店に客は数人しかいませんでした。
「スティーブはいますか。彼にちょっとしたアドバイスがあるのですが。会えますかね。・・・。
時間がないのだったら、握手だけでもいいんですけど・・・」
みやげ物をいっぱいかかえて、私たちはショップの店員に、話しかけました。
「スティーブはこの敷地にはいると思いますけど、アポはちょっと・・・」
笑って答えました。「Stay Hungry ! Stay Foolish !」スタンフォードでのスピーチを、スティーブはこう締めくくりました。「いつまでもハングリーで、いつまでもおばかさんでね」。カフェ・トリエステは、おばかさんです。オーガニックのほうはどうなんでしょう。