クリエーティブ・ビジネス塾15「グリゴーロ」(2015.4.8)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。
1、愛
コンサート開演予定の20分前でした。まだ客席は会場に入る人でごった返しています。もちろん演奏開始の準備を告げる1ベルも鳴っていません。一人の青年がステージの現れ、ウロウロし始めます。黒のVネックのTシャツ、黒のジーンズ、照明か音響の係の人のよう。しかしその青年はステージに中央にドンと置かれたピアノに座り、ピアノの音を確かめ始めます。調律の人なのでしょうか。やがてその青年はメロディを弾き始め、ハミングで歌い始めます。ジャズのようなナンバー、でも確かな音楽、音楽になっている音楽です。
5分位弾いていたでしょうか。青年はピアノのイスから立ち上がり、ステージの中央に出てきて「こんばんは」と、慣れない日本語のあいさつをします。そして客席から拍手、初めて観客はこの人が本日の主役であると確信します。そして主役はステージのいちばん前に来て、足を客席に投げ出し、座り込み話し始めます。初め英語で、そして途中からイタリア語。ヴィトッリオ・グリゴーロは、音楽への愛、音楽への情熱を、観客に向かってぶちまけました。音楽はコミュニケーション、自己犠牲、献身。そしてオペラ歌手はステージに出てきたら、武士と同じように戦わなければならない。客席は瞬く間に、完全にグリゴーロの世界に支配されます。
パヴァロッティの再来、世界で大絶賛の天才テノール歌手「ヴィットリオ・グリゴーロの公開声楽レッスン」は(4月7日 昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワ)こうして始まりました。
2、発声
レッスンを受けたのは昭和音楽大学の大学院生と藤原歌劇団団員、セミプロとプロの6人です。
1)リラックス・・・レッスンを受ける歌手は驚かされます。きっちりとスーツを着てネクタイを締めてきたのに、ジャケットを脱げと、つぎにネクタイも、さらにワイシャツも脱げ。タンクトップ一枚にさせられてしまいます。歌手以上に観客も度肝を抜かれます。リラックスして歌うのです。
2)歌の意味・・・歌おうとすると、歌うな読め、どんな意味のことが書いてあるか理解しろ。朗読をさせられます。そして歌う。ダメだし。そんなオペラ歌手のように堂々と歌ってどうなる。いま主人公は悲しんだ、どうしたらいいんだ、悩んでいる。それを表現しなければ、歌にならない。グリゴーロは、ステージの上でうつむくように座り込みうなだれます。そしてわずかな光を見上げるようにして歌い始めます。
3)ボディランゲージ・・・歌手はバレリーナのようにステージでの動きすべてで観客に語りかけなければならない。愛の思いを伝えたたい、だけどどんなに手を伸ばしても指先が届かない。思いを伝えるためには、どうしても触れ合いたい。だから歌手は観客に向かって思い切り手を差し伸べるのです。そして愛を獲得したら、力一杯抱きあうのです。グリゴーロは、レッスン歌手の男性を力一杯抱きしめます。
4)発声練習・・・まず口を開けること、「オ」の発音の口のかたち、思い切り大きく開けるのです。そして語尾を伸ばすときには必ず「オ」のかたちで伸ばす(鏡の前でやってみると、ノドをよく開ける、ことだと分かります)。そして顔の何処に響かせるか。眉間のあたりにしきりに手を当て、響きを確認していました。観客は厳しい発声練習に驚きます。セミプロやプロなのに発声ができてないのです。
5)才能・・・『「ロメオとジュリエット」より”目覚めよ君!”』を歌った歌手がいました。グリゴーロははっきりと、君にこの歌は合っていない、と断定しました。歌手は小太りで禿げ上がっていました。史上最高の悲恋物語の主人公ロメオとはとほど遠い印象・・・。君には「アイーダ」のような曲のほうがいい。
3、情熱
予定の20分以上前から、コンサートは始まりました。そして終わったのは9時30分を過ぎていまいた。主催者は通訳を通して、休憩を取ることを促しました。しかしグリゴーロは休みなしにレッスンを継続しました。
観客にはどうぞ遠慮をせずにお手洗いに言ってくださいとジョークを交えながら。
3時間歌いっぱなし、発声練習のたびにお手本を示します。そして2曲は、ほぼ完璧に歌いました。入場料は1500円、3日あとの東京オペラシティのコンサートは15,000円から18,500円というのに。観客はとんでもない幸運に恵まれました。そして真の感動をしていました。何に感動したのでしょう。声がいい、ハンサム、演技がうまい、豊か表現力、そんなことではありません。音楽への愛と情熱です。自己犠牲、献身。音楽であれ、アートであれ、仕事であれ。グリゴーロの愛と情熱に負けてはならない。観客はそう思いながら家路についたのです。胸を熱くしながら・・・。