クリエーティブ・ビジネス塾14「老人力」(2018.4.2)塾長・大沢達男
1、奇跡
「認知症で寝たきりだった高齢者を通訳を交えてケアすると、会話を始め、ベッドから車イスに移り、そして支えられて立ち上がる。目の当りにした施設職員らは『奇跡だ』『魔法みたい』と驚く」(日経3/12)。
高齢者をケアしたのは、フランスの体育学の専門家、イブ・ジネストさん(64)さんです。ジネストさんは、奇跡や魔法ではなく技術、人間は死ぬまで立って生きられると、説明します。ジネストさんが考案した「ユマニチュード」の哲学は、「ケアを必要とする人の人間らしさを尊重し続けること」、です。自分を認めてもらう喜びは認知症の高齢者の心にも響くのです。
このエピソードを聞いていて、やっぱりと思います。高齢者を認知症と決めつけていないか、老化を病気にして、老人を差別していないか、商売のネタにして、老人の人間性を無視していないか。そもそも英語の「Dementia」を「認知症」とネーミングしたのは間違いではないか。
2、認知症と健忘症
「 認知症」の症状とは、1)記憶障害(物事を覚えられなくなったり思い出せなくなったりする)、2)見当識障害(時間や場所、人との関係が分からなくなる)、3)理解・判断力障害(考えるスピードが遅くなる)、4)実行機能障害(計画や段取りを立てて行動できない)、です。
認知症は複数の原因で起きますが、4つの原因があり、その3分の2は「アルツハイマー型」です。脳内にアミロイドベータという異常なタンパク質やタウというタンパク質の塊が蓄積する特徴があり、脳が萎縮します。ほかの3つの原因は「脳血管性」、「レピー小体型」、「前頭側頭型」です。
気をつけなければいけないのは、「認知症」(アルツハイマー型)と「健忘症」(もの忘れ)の違いです。
認知症では、自分の体験した出来事の全体を忘れ、症状は進行し、日常生活に支障があり、自覚がありません。学習の能力はなくなり、日時の見当識がなく、怒りやすく意欲が低下します。対して健忘症は、もの忘れは一般的な知識などで、進化・悪化せず、日常生活に支障はなく、本人は自覚があります。学習能力は維持され、日時の見当識はあり、感情・意欲は保たれています(「認知症と闘う」日経3/12)。
認知症は病気で、健忘症は病気ではない、微妙です。だれがそれを理解できるのでしょうか。
「(認知症を)病気として診断せず、誰でも年を取ると生じる自然現象という理解が必要。自分が認知症になったときを考え、やさしい社会をつくるためにどうするかが大切だ。高齢者への差別的偏見もある。施設で虐待を受けている高齢者もいる。人間の尊厳を守る立場をぜひ貫いてほしい」(東京大名誉教授松下正明 日経3/26)。
我が意を得たり。松下先生は「認知症」という言葉が嫌いで、「痴呆」をいう言葉を選んで使っていらっしゃるようです。
3、老人力(1997年に赤瀬川原平らにより発見された)
1)老人力とは、ボケ老人のために開発された、新しい力のための言葉である。
2)老人力の特徴は、苦労の末に老人になることができた者だけが持つ、物を忘れる、体力な弱い、足取りがおぼつかない、などである。
3)老人力は、力を抜く力である。忘れることができる力でもある。
4)老人力は、「あーあ・・・・・・」の溜息であり、「どっこいしょ」に「あ」がつくことである。
5)老人力は日本独自のパワーである。お茶を飲むときの「・・・あ!・・・」という溜息である。
6)老人力を持ったカメラにライカがある。ボケ味が素晴らしい。シャッターを押すだけで、写真は撮れない。厳格で気品がある。老人力の乏しい人には、ライカの価値がわかりにくい。
7)老人力の基本は、まぁいっか。論理よりアバウト感覚、芸術より趣味、思想より嫌い、平等よりエコ贔屓。
8)老人力とは反努力の力である。自然主義、他力思想。自力、自主、自由、自分ではなく、他力を待つ。
9)老人力は、侘び寂びの日本文化である。味わいを生む力、古いが故の快さ、ボケ味、ダメな味わい。
10)老人力はもともと冗談であるが、だれもが聞いたとたんに理解して、冗談を保持したまま、冗談じゃない世界に突入していってしまう(以上は、『老人力』 赤瀬川原平 筑摩書房からの要約)。
フランス人のジネストさんの「奇跡」は、老人力を知っているから。東京大学の松下正明先生も「認知症」より老人力です。認知症にさようなら、老人力にこんにちは。