TED TIMES 2020-59 「ソフィア・コッポラ」 10/26 編集長大沢達男
映画『オン・ザ・ロック』を撮れる、ソフィア・コッポラがうらやましい。
1、少女たちの映画
映画を見終わって、これほど満足したことはありません。観客に満足したのです。女性ばかり、それもごく普通の、20代後半から30~40代の女性ばかりでした。驚くべきことです。
いつも映画を見終わってがっかりします。老人たちでいっぱい(もちろん、私もそうなんですが)、老人たちが暇つぶしに集まる映画を見て何になる。終わっている。始まらない。絶望感に襲われるからです。
ですから若い女性に囲まれたとき、胸がドキドキ、きっと明日がある映画を見たに違いない。
見たのは『オン・ザ・ロック』(アメリカ 2020年 ソフィア・コッポラ監督)です。夫が浮気しているかいないか、どうでもいいようなテーマの映画です。もし私がこの企画を映画会社に持ち込んだら、門前払いを食い、二度とプレゼンのチャンスをもらえなくなるような、企画です。だいいち面白くない、そして映画は実際に何も起こらない。テロリストも、麻薬ディーラーも、犯罪者も登場しない。激しいセックス描写も、アクションも、奇想天外のCG映像もない。マンハッタンを舞台にして、日常を描いた映画です。
ソフィア・コッポラだから撮れる映画です。そして集まった観客、品のいい女性たち、「ガーリー(girly)・カルチャー」を支える女たちを、満足させる佳作でした。
2、マンハッタン生活
1)マティーニ・・・夫の浮気現場を抑えようと、主人公のローラ(ラシダ・ジョーンズ、クイシー・ジョーンズの娘)とローラの父フェリックス(ビル・マーレイ)は、ニューヨークの様々なレストラン、バーを訪れます。マンハッタンには詳しいつもりですが残念ながらどこだかわからない。どこも素敵です。そして飲むのはマティーニ。ジンとベルモットのカクテル。オリーブがひと粒入ったやつです。007のジェームス・ボンドはウォッカ・ベースのマティーニでした。パパのフェリックスはストレート・アップ。オン・ザ・ロックスではなく、カクテルグラスで飲んでいます。ジンはボンベイ・サファイア。ほかに、ウィスキーとベルモットの「マンハッタン」もニューヨークでは欠かせませんが、ともかくマティーニを飲みたくなります。
2)父・フェリックスの話・・・「男はすべての女を妊娠させたいと思っている」。男の浮気の原因を娘に向かって説明するシーンがあります。また私の友人からこんな話も聞きました。男は毎日1000万匹の精子を作っている。しかし女性はたった400個の卵子を持って生まれてくるだけ。浮気とかそんな甘っちょろいものではない、遺伝子に精子をばらまけ、って書いてあるんだ。それで人類は生き延びてきた。フェリックスと同じ話です。多分、父のフランシス・フォード・コッポラから聞いた話をもとに、ソフィアがフェリックスのセリフを書いたのでしょう。リアリティがあります。
3)アルファロメオ・・・浮気容疑者を追跡のためにパパは真っ赤なアルファロメオのコンバーティブルを用意します。カッコーいいけどオンボロです。容疑者を追って疾走します。そして信号無視で捕まります。そこからがイタリア系、コッポラ家そのままです。取り調べの警察官が知人の子供であることがわかります。ニューヨークのイタリア社会です。無罪放免。さらにおまけが。アルファロメオはエンジンがかかりません、そこで警察官二人に押しがけをしてもらい、バイバイ。
3、ガーリー・カルチャー
ソフィア・コッポラは1971年生まれです。生まれてすぐに、父のフランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッド・ファーザー』(1972年)に赤ちゃん役で出演しています。そして『ゴッド・ファーザーPART III』(1990年)では、主役マイケルの娘として出演しています。『ゴッド・ファーザー』は、一面で、ソフィアのために作られたような映画です。『PART III』でスチル・カメラを構えた時のワンカットが忘れられません。めっちゃサマになっている。それもそのはず、ソフィアはフォトグラファーでもあります。
私が映画監督としての、ソフィアを知ったのは『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)です。でも彼女の天才を世界に知らしめたのは、『Somewhere』(2010年)、ヴェネティア国際映画祭金獅子賞です。別れた夫が、妻から娘を預かり、暮す物語です。ソフィアは、幼い頃の思い出から、映画を構想しました。今作もきっとどこかコッポラ家の私小説のテイストがあるのでしょう。だから、リッチでおしゃれで芸術的です。
さて、東京・原宿に「MILK FED.」、ソフィアが創業したアパレル・ブランドのお店があります。少女趣味でもない、セックス・アピールでもない、ガーリー・カルチャーの最前線、明日を探しに行きましょう。