『人新世の「資本論」』を読む。

TED TIMES 2021-13「人新世」 3/24 編集長 大沢達男

           

『人新世の「資本論」』を読む。

 

1、佐藤優池上彰

『人新世の「資本論」』(斎藤幸平 集英社新書)は、『資本論』以降のマルクス研究です。著者の斉藤幸平が、1987年生まれの34歳の若者であることが、「売り」です。

斎藤は、アメリカの大学で学び、ドイツの大学で修士と博士過程の修めました。ヨーロッパのマルクス研究の最前線が盛り込まれています(と、考えられます。もちろんマルクス研究がヨーロッパの経済学研究で主流であるかどうかは、わかりませんが)。

斎藤の論考は魅力的ですが、それより驚いたのは、いまの日本のジャーナリズムで中心にいる佐藤優池上彰の反応です。

<斉藤氏が提唱する総人口の3.5%の人々が街頭に出て異議申し立てをすれば資本主義が崩れるという単純な構造ではないと思う。(中略)現下の日本で必要とされるのは、国家と社会の圧力で簡単に潰されてしまう運動に従事するよりも、啓蒙主義的理性を駆使することによって資本主義の限界を知ることだ(後略)>(佐藤優 『文藝春秋2021.4』 p.367 「ベストセラーで読む日本の近現代史」 )

佐藤優の言わんとすることは、今の資本主義の世の中はだめだ、うまい方法でぶち壊せ、です。

<前衛党が中心となって、暴力も辞さず国家から権力を奪取して、社会を一気にひっくり返すような”革命”ではなく(中略)手近なところから少しずつでもできることがあるのではないか>(池上彰 同p.177 「マルクス資本論』が人類を救う」)。

池上彰も同じです。資本主義に代わる社会を求めています。しかし暴力はいかん、手近なところから、漸進的に変えて行こう。佐藤優と同じです。うまい方法でぶち壊せです。

2、斎藤幸平

斎藤幸平の主張を10のキーワードにしました。

1)人新世(ひとしんせい=Anthropocene)・・・産業革命以降の地球が新たな時代に突入したと考える地質学的な時代区分。気候危機の時代。

2)グローバル・サウス・・・グローバル化によって被害を受ける領域と住民。以前の南北問題。先進国の豊かさの犠牲になっている地域と国(p.24)。たとえば、ファスト・ファションの洋服を作っているのは、劣悪な条件で働くバングラデシュの労働者、原料の綿花を栽培しているのは40°Cの酷暑で働くインドの貧しい農民である(p.28)。対してグローバル・ノースは帝国的生活様式、大量生産・大量消費の社会。

3)グリーン・ニューディール・・・再生可能エネルギーや電気自動車のために大型財政支出公共投資を行い、雇用を生み、景気を刺激し持続可能な緑の経済へ移行する。緑のケインズ主義、「気候ケインズ主義」ともいわれる。しかしデカップリングがある。緑の経済成長と気温上昇1.5°C未満を同時に達成できない。経済成長と環境負荷のデカップリング(切り離し、分離)は困難である。

4)EV(電気自動車)・・・リチウムの生産国はチリ。地下水を汲み上げリチウムを採取する。エビを餌にするフラミンゴが減少する、住民の飲料水が不足している。コバルトの6割はコンゴ民主共和国産。奴隷労働、児童労働が蔓延している。

5)Z世代・・・1990年代後半から2000年代に生まれた人々。デジタル・ネイティブ、グローバル市民。環境意識が強く資本主義に批判的で社会主義を肯定する。サンダースや左翼ポピュリズムを支えた(p.122)。

6)コモン・・・「共」。マルクス再解釈の鍵。アメリカ型新自由主義ソ連型国有化に対峙する「第3の道」。水や電力、住居、医療、教育を公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す(p.141)。地球をコモンとして管理する(p.142)。

7)アソシエーション・・・労働者の自発的な相互扶助(アソシエーション)がコモンを実現する。マルクス共産主義社会主義よりもアソシエーション(共通の目的を持った人たちの組織)を使った(p.144)。

8)マルクス・・・マルクス進歩史観には生産力至上主義とヨーロッパ中心主義があったが(p.153)、最晩年に目指したコミュニズムは、平等で持続可能な脱成長型の経済だった(p.195)。

9)ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)・・・電力や水だけでなく生産手段をコモンにしていく必要がある。資本家や株主ではなく、労働者が共同出資して、生産手段を共同所有し、共同管理する組織。どのような仕事をし、どのような方針で実施するかを、労働者が話し合い、主体的に決めていく(p.261)。

10)フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)・・・国家に対しても、グローバル企業に対しても恐れずに、住民のために行動することを目指す都市(p.328)。バルセロナの「気候非常事態宣言」は「気候正義(Climate Justice)」の実践を呼びかける。気候変動を起こしたのは先進国の富裕層で被害を受けているのはグローバル・サウスと将来世代である。この不公平を解消すべきである(p.336)。

もう一つ「食糧主権」もある。農業を自分たちの手に取り戻し、自分たちで自治管理すること(p.339)。アフリカ最大の農産物輸出国家・南アフリカでは、飢餓率が26%である(p.342)。

3、産業社会

問題提起1) 「悪の資本主義論」は、古臭い、やめた方がいい。

J.K.ガルブレイスは、資本主義社会の代わりに、その著『新しい産業国家(The New Industrial State)』に見られるように「産業社会」を使いました。ガルブレイスは当時のソ連も米国も同じ産業社会の問題を抱えていると考えました。

ソ連邦の崩壊をいち早く予言した日本の社会学者・小室直樹も「産業社会」を資本主義社会と社会主義社会の上位概念として使いました(『ソヴィエト帝国の崩壊』 小室直樹 光文社 p.52)。

産業化(Industrialization)とは、生産技術の進歩とそれに伴う社会発展です。

「悪の資本主義論」では、中国のロシアも、議論からこぼれ落ちてしまいます。

それどころか「悪の資本主義論」は40年前に終わっています。「1848年の共産党宣言に、マルクスエンゲルスが、プロレタリア革命によって実施すべしとして書いている十項目の政策のほとんどが、今日の日本の政治経済体制の中で、法制化されてしまっている」(読売新聞 1984年の元旦の社説)のです。

問題提起2)進歩史観(歴史法則)をとったら、マルクス理論には何も残らない。

マルクスニュートンの天体運動法則、ダーウィンの進化論のような理論体系を経済学でも作ろうと考えました。マルクスは、労働が生んだ商品の剰余価値を資本家が搾取する矛盾から説き始め、それが資本制生産様式の矛盾になり、革命が起きる、歴史法則を発見しました。非常に美しい体系です。

資本論』は、自然法則、価値法則、剰余価値の法則・・・法則のオンパレードです。

不合理な行動をする人間社会に天体法則のような法則はありませんが。進歩史観(歴史法則)をとったらマルクス主義ではなくなります。

問題提起3)新自由主義の自由競争に学ぶべき。

新自由主義は民主主義や自治管理へのアンチテーゼから生まれています。

斎藤は、<生産手段を共同で所有し民主的に管理する>と、マルクス主義の未来をバラ色に描きますが、その失敗を私たちはすでに知っています。

しかも、私たちは日常的に、自治活動や組合活動で、その困難を知っています。問題解決には自由競争が必要です。

<誰かのカネを誰かに使うことは、全ての人を腐敗させる。使う人は神に近い権力を持ったと考える。もらう人は幼児に似た依存心を持つようになる。道徳的構造を究極的には腐らせる>(『選択の自由』 p.189の要約 ミルトン・フリードマン)

フリードマンの指摘は重要です。フリードマンは、官僚機構、社会保障を、ことごとく否定します。開かれた市場と自由競争を簡単に否定することはできません。

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結論。宇野弘蔵派のマルキスト佐藤優と労農派のマルキスト池上彰(『いまを生きる「資本論」』 佐藤優 新潮社)は、斉藤幸平を新しいヒーローと期待しますが、あくまでもマルクス主義のヒーローでしかありません。

社会主義社会の特権階級(ノーメンクラツーラ)に着目した小室直樹は、産業社会の特徴として、「1)労働力が、特定の目的のために、合理的に組織化されていること、2)労働の行動様式(エトス=筆者注:やる気)が確立していること」(『ソヴィエト帝国の崩壊』 p.53)をあげました。

問題は産業社会が生み出した矛盾を産業社会がどう乗り越えるかです。