うまく説明できませんが、『ハマのドン』は、好きになれません。

THE TED TIMES 2023-18「ハマのドン」 5/10 編集長 大沢達男

 

うまく説明できませんが、『ハマのドン』は、好きになれません。

 

1、団塊の世代

映画『ハマのドン』(監督:松原文枝 制作:テレビ朝日)の映画館を訪れ、驚いたことが3つありました。

まずガラガラじゃなかった。上映30分前、新宿ピカデリーに着いたのですが、残り席わずかの表示に、あせりました。

結局上映開始時にはほぼ満席。平日の火曜日の午後1時半にしては、異常な集客です。

次に客層。老人ばかり。70歳以上の団塊の世代、2~3割が女性、女性が多い。2人組、3人組、グループはほぼいない、バラバラが映画館に集まっていました。

そして三つ目。これは映画が終わってからですが、拍手が起こりました。まばらですが、「えっ?」、ほんと驚きました。

横浜にバクチ場はいらない。つぎの世代にカジノを残してはいけない。政府権力に市民が勝った。権力は必ず腐敗する。

映画『ハマのドン』がテーマした藤木幸夫の主張に、仕事もしていない暇なジーさんバーさんが賛成し、立ち上がったのです。

団塊の世代が日本をダメにしている。

胸の中にフューッと風が吹いて、昼下がりの新宿、晴天の下で私は孤立しました。

 

2、IRリゾート

映画は「横浜にバクチ場はいらない」の藤木幸夫のひと声で始まります。

IRリゾートの候補地である山下埠頭は沖仲仕たち労働者の血と汗と魂の場所である、そこをバクチ場にすることは許せない。

市民をバクチ依存症にし、家庭を崩壊させ、不幸に追いやるバクチ場建設を阻止する。

さらにバクチ場は市の財政を豊にするというが、そんなものはまやかしである。

藤木の言に説得力はありますが、だれもが抱く疑問に対して映画は答えてくれません。

IR(Integrated Resort = 統合型)リゾートとは、海外からの観光客を呼ぶための施設です。

国際会議場、ホテル、ショッピングモール、劇場、映画館、レストラン、アミューズメントパークなどがある観光集客施設です。

そのなかに観光客のためのカジノ(バクチ場)もあるというだけです。

市民をバクチ依存症にするというのは、飛躍がありすぎやしませんか、というのが疑問です。

私は香港の映画スターであるイーキン・チェン(鄭伊健)のコンサートスタッフとしてマカオベネチアン・ホテルを数回訪れ、合計で2週間滞在しています。

コンサートはリハーサルを含めて夕方から深夜ですので、昼は時間があります。

ホテルの一階はすべてカジノ、24時間やっています。

だけど一度もギャンプルをやったことがありません(余談ですが、私には全く博才がありません。私の友人にはギャンブルの天才が二人います。1人は100万円のロレックスを腕にしています。1人はオーストラリアに別荘を持っています。みんなカジノでの戦利品です)。

私が同行している香港人も、コンサート・スタッフは20~30人ですが、カジノの話など聞いたことがありません(ご主人のイーキンが超マジメだからでしょう)。

スタッフは準備の仕事があるせいもありますが、ショッピングその他のエンターテイメントがあるからです。

カジノは、旅行客が楽しむためのもので、市民はいません。

ラスべガスにも2度ほど行ったことがあります。ここでもマカオと事情は同じでしょう。市民がバクチを楽しんでいるわけではありません。

ツーリストがエルヴィス・プレスリーのショウやションピングと同じようにギャンブルを楽しんでいるだけです。

聞くところによると近年ラスヴェガスは、ファミリー・エンターテイメントの色彩を、さらに強くしているということです。

IRリゾート=市民ギャンブル依存症は、飛躍がありすぎます。

IRリゾート導入を決めている大阪府は、愚者の選択を、しているとでもいうのでしょうか。

ま、素人のIRリゾート論議はこの程度にして、映画の話に戻りましょう。

 

3、テレビ朝日

まず松原文枝監督。TBSならともかくテレビ朝日のドキュメンタリーなんて・・・。私の偏見を松原監督は完全にひっくり返しました。

MA(Multi Audio)、いわゆるダビング。映像に言葉と音楽をつける作業がうまい。センスがいいです。

余談ながら、男心に男が惚れて・・・♫(『名月赤城山』 東海林太郎)と歌い出す、亀井静香も面白い(典型的な東大出身者のお酒の酔い方)。

さて問題は、映画の問題意識の持ち方、シナリオ、映画のテーマです。

『ハマのドン』は、バクチ反対、IRリゾート反対、国の政策を粉砕した横浜市民の勝利、と一直線に進んでいきます。

1)まずIRリゾートは悪と決めつけています。IRリゾート建設の意義は一切論じられません。

望むべくもありませんが、お台場にカジノを政策に掲げた石原慎太郎(1932年生まれ)の姿がよぎりました。

藤本幸夫(1930年生まれ)とカジノ論議をして欲しかった。

2)つぎに映画は立憲民主党を支持していることを隠しています。

横浜市長選で、IRリゾート反対の山中竹春を擁立したのは、立憲民主党江田憲司です。それを藤本幸夫が支持しての当選です。

立憲の江田は登場しません。あたかも藤木幸夫が擁立したかのように思えます。

3)そして映画は、藤木幸夫を英雄として描いているだけで、「実力者」として描いていません。

藤木幸夫は、海運会社を経営するだけでなく、横浜港ハーバーリゾート協会会長、横浜FM会長、横浜スタジアム会長など様々な要職にある「権力者」以上の「実力者」です。

だけでなく先代の藤木幸太郎は、田岡一雄の山口組そして東京の稲川会と関係のあった元博徒です。

私は大黒埠頭で15年間も港湾管理業務で働いていた友人に訊きました。「藤木企業の藤木さんってどんな人?」

彼は私の質問に何も答えず、指先で自らの頬を斜めに切るだけの仕草をしました。

友人の証言が事実かどうかはともかく、間違いなく藤木は「権力者」以上の「実力者」です。

映画『ハマのドン』は、「特定の個人や勢力のために取材・報道」をしており、「あらゆる権力を監視し不正と闘い」の実行していません(引用先は後述)。

IRリゾート反対の横浜市民の署名は19万人分集まりました。だれが署名したか。

間違いありません。映画を見に来ていたと同じ団塊の世代です。

団塊の世代の判断に間違っています。ジーさんバーさんの判断はボケています。

民主主義を機能不全を元博徒のハマのドンが動かした。

こんなことが映画のテーマになりうるでしょうか。

 

4、横浜

私が初めて横浜に行ったは、横浜市立大学に入学し、東京・成城から京急金沢八景まで通学を始めた時です。

横浜駅に降りて驚きました。女の人はみな真っ赤な口紅を塗っていました(と、思いました)。

そして「横浜に行くじゃん!」「みんな真っ赤な口紅塗っているじゃん!」。ジャン言葉で話していました。

カルチャー・ショックがありました。バタ臭い、それが横浜でした。

しょうがありません。本牧・根岸の横浜には1000世帯以上の駐留軍の家族が住んでいました(1983年返還)。

横浜には、PX(post exchange = 駐留軍の売店)から流れてくる食料品と衣料品、そしてアメリカ音楽に溢れていました。

GS時代の代表的なR&Bのバンド「ゴールデン・カップス」は横浜で生まれたグループでした。

ナベプロ渡辺晋ホリプロの堀武夫も、日本のポップミュージックの先駆者たちは、皆米軍キャンプの演奏者でした。

横浜から日本のポップミュージックの歴史は始まります。バタ臭い戦後文化の始まりは横浜からです。

IRリゾート・横浜と聞いてまず浮かぶのはカジノではありません。音楽です。IRリゾート・横浜には巨大なコンサートホールが建設され、世界のミュージシャンが集まります。

つぎに映画です。横浜には東京芸術大学の大学院映像研究科のキャンパスがあります。IRリゾート・横浜には国際的なフィルム・フェティバルがふさわしい。映画は横浜を起点に世界へ発信されるようになります。

そしてIRリゾート・横浜のシンボルマークは葛飾北斎富嶽三十六景「神奈川沖浪裏』になります。北斎はIRリゾート・横浜のためにこの絵を描いたかのようです。

これでこそ、山下埠頭で汗と血を流した、先輩たちの霊に報いることになります。

横浜は世界に胸をはれる横浜になります。IRリゾート・横浜で、横浜はもっと横浜になります。

 

5、ヤクザ映画

映画『ハマのドン』(監督:松原文枝 制作:テレビ朝日)ヤクザ映画ではありませんが、藤木幸夫の「仁義」(やさしいこと、正しいこと)を描いたものです。

でもなぜか『ハマのドン』は気に食わない。本能的に拒否するものがあります。

それは何か?なにが嫌なのか?

映画制作の背後にある思想です。

「あらゆる権力と闘い」、「民主国家の完成と世界平和の確立」し、「独立性や中立性に疑問を持たれるような行動を取らない」(朝日新聞記者行動基準よりの抜粋)、これと同じような立場から映画は制作されています

先ほど引用した「特定の個人や勢力のために取材・報道」と「あらゆる権力を監視し不正と闘い」も同じ朝日の記者行動基準からです。

「民主」、「平和」などという抽象的な理念的な言葉が力を持つ時代は終わりました。説得力を持つのは具体的な問題解決案です。

さらに言論機関が中立である、そんな時代も終わりました。中立では具体的な主張も提案できません。

これは、GHQ製の「自由、平等」に洗脳された、団塊の世代の「平和と民主主義」の主張と同じものです。「造反有理」から何も生まれませんでした。

藤木幸夫は「ハマを青い目に渡すわけにはいかん」と立ち上がりました。

しかしそのまえに藤木の表現を借りるなら、日本は日本国憲法で、「日本の心を青い目に売り渡して」います。

ヤクザ映画に市民権を与えたのは、三島由紀夫です。

三島由紀夫が1969年3月の『映画芸術』誌上で、『総長賭博』(監督:山下耕作 脚本:笠原和夫 主演:鶴田浩二 1968年東映)を絶賛してからです。

そして『網走番外地』(監督:石井輝男)や『仁儀なき戦い』(監督:深作欣二)を見ることが若者の教養の一部になり、映画界の優れた才能は、光を浴びるようになります。

ヤクザ映画とは、近代と前近代の戦い、理性と情念の戦い、民主主義と歴史と伝統の戦いです。

『総長賭博』の笠原和夫、『アウトレイジ』の北野武、『孤狼の血』の白石和彌は、藤木幸夫を描くでしょうか。考えられません。

それは藤木一族が博徒を否定する、近代主義のエリートだからです。その近代主義の藤木に平和と民主主義の団塊の世代が拍手を送りました。

誤解を招かないように言っておきますが。藤本幸夫は映画の主人公ではありません。実在の人物です。敬称を略していますが、私が偉そうの論評できるような方ではありません。

『ハマのドン』。私はこの映画の前で拍手もできずに孤立しています。

何もわかっていない若造は、以後口を閉ざします。

 

(end)