『パーフェクト・デイズ』、東京をこんなに美しく撮った映画はありません。

THE TED TIMES 2023-51「パーフェクト・デイズ」 12/26 編集長 大沢達男

 

『パーフェクト・デイズ』、東京をこんなに美しく撮った映画はありません。

 

1、小津安二郎

映画『パーフェクト・デイズ』は、主人公の中山の部屋をカメラが低い位置から撮るシーンから始まります。

カメラはパンしたり、ズームしたりせず、フィックスされたままです。

ヴィム・ヴェンダース監督は日本での撮影だからローアングルでカメラを動かさない小津安二郎に敬意を評している、と思いながら観ていました。

ところが映画の半ばで、小津監督の映画「麦秋」と全く同じカットが出てきたので、驚きは確信に変わりました。

公園で二人の女性が、同じ動作でベンチに腰掛けるシーン。

これは『麦秋』のエンディングで、二人の女性が浜辺に座って話すシーン、そのときの動作と全く同じタイミングで撮影されています。

明らかです。ヴィム・ヴェンダース監督は小津安二郎監督を意識しています。

私は知りませんでした。ヴェンダース監督は、小津映画のカマラマン厚田雄春のアングルファインダーを自宅に持っているほどの小津安二郎のファンだったのです。

日本で撮るから気を使っていたのではありません。小津への尊敬を込めた映画だったのです。

 

2、THE TOKYO TOILET

『パーフェクト・デイズ』は、公衆トイレの清掃員・中山の物語です。

公衆トイレとは、東京・渋谷の公共プロジェクトで、著名な建築家が設計した17ヶ所のユニークでクリーンな「THE TOKYO TOILET」のことです。

主人公中山の仕事は、そこを日に3度、掃除して回ることです。

朝5時15分に起きて、布団を畳んで歯を磨き、「THE TOKYO TOILET」の作業着に着替えて、缶コーヒーを飲んで軽ワゴンで乗って出かけていきます。

仕事が終わったら、銭湯に行き、浅草の地下鉄駅のそばの地下道の飲み屋で飲み、時々馴染みスナックに行き、部屋に帰り、布団を敷いて本を読んで寝る生活、その繰り返しです。何も変わりません。何も起こりません。

ただ変わっているのは、中山が部屋でいくつも植木を育ている、水をあげるのが日課になっていること。

つぎに軽ワゴンにはカセットテープがあり、中山は懐かしのポップスを聴きながら、仕事場に向かうこと。

たとえば映画の冒頭ではアニマルズの「朝日の当たる家」がかかります。

そしてもうひとつ、中山がオリンパスのフィルム撮影のコンパクトカメラを持ち歩いていること。

中山は、光と影に敏感です。木漏れ日のある木々に向かってシャッターを切ります。

映画では単調な毎日だけ、アクション、サスペンス、エロテロ、何も起こりません。

主人公の中山は無口、いや主人公からセリフを奪った映画です。映像で全てを語る、映画の発明への挑戦があります。

何も起こらない、でも見ていたい、だから革命的、心がときめきます。

目を見張るのは、軽ワゴンで移動する時の東京の美しさです。

高速道路から見た川沿いにある幾何的な街並み、朝の光で見事な曲線の高速道路の輝き、ビルの間に見え隠れする東京スカイツリー、そして浅草の地下道。

まさしくロードムービー。いままで日本人はだれもこんなに美しい東京を撮ることは出来ませんでした。

愛(いと)おしい、懐(なつ)かしい、そして美しい。東京が好きになる映画です。

 

3、柳井康治、高崎卓馬、役所広司

「THE TOKYO TOILET」を企画、プロデュースしたのは、柳井康治(1977年生まれ、横浜市立大学卒)は、柳井正の次男でファーストリテイリングユニクロ)の役員です。

もちろんこれは個人プロジェクトです。柳井康治は、映画『パーフェクト・デイズ』のプロデューサーでもあります。新しい日本人の出現です。

そして脚本をヴイム・ヴェンダースと共に書いたのは高崎卓馬(1959年生まれ、早大卒、電通)です。高崎なくしてこの映画は成立しませんでした。古本屋のおかみの鋭い評論、映画のエンディング近くでの「影は重なると濃くなる」のセリフ、すべて高崎の力によるものでしょう。

電通出身ですが、軽薄短小ではなく、スケールの大きな新しい日本人です。

柳生康治と高崎卓馬に敬意を表します。

さて主人公の中山を演じた役所広司(1956年生まれ 元千代田区「役所」土木「工事」課勤務)をどう評価すべきでしょうか。

第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞。映画の最後3分は運転する主人公中山のアップだけでした。

小津映画の原節子は、映画『麦秋』の笑顔で、アルカイク・スマイルと呼ばれ、神話の女性の再来とされ、永遠となりました。

役所広司は新たなアダムの誕生になったでしょか。

役所の笑顔は永遠です。しかし、早朝に起きて、植物に水を与え、軽ワゴンで出掛け、音楽を聴き、トイレの掃除をして、木漏れ日をカメラに収め、仕事が終わり、銭湯に入り、一杯飲んで、帰り、本を読んで眠る。

トイレの清掃員の1日が「パーフェクト・デイズ」と言えるでしょうか。

強く言えば、インテリや金持ちの肉体労働者への憧憬(いや軽蔑かもしれない)、に過ぎない。

人生は人間関係、国は国際関係、それらを捨象しての人生論や国家論は、所詮、夢物語。大人の童話に終わります。

役所広司に責任はありませんが、新しいアダムの誕生とは言えません。

End